第29話「今晩のヨミの配信及び新作の進捗」

「さて……見ないわけにはいかないよなあ……」


 学校から帰りPCの電源を入れる。ディスプレイが無機質な光を放ちはじめる。いつもの画面を見ながらブラウザを起動してヨミ・アーカイブのチャンネルを開く。そこには俺の作品レビューを夜八時から始めると枠が取られていた。どうやら今日は生配信でやるようだ。そう、よりにもよって俺の作品のレビューをするのだ。


 新作をさっさとレビューさせてやりたいところなのだが、そちらはまだまだ進んでいない。というわけでおそらく今朝公開した続編のレビューだろう。自分の作品がフリー素材の如く扱われるのはなんだか不思議な気分だ。


 今朝アップロードしたものは伏線の回収も何もしていない日常回なのでさすがに当たり障りのない感想しか浮かんでこないはずだ。当たり障りのない話が良いか悪いかはさておき、酷評はされないだろう……と思う。出来ることなら褒めてほしいと思うのは悪いことだろうか?


「お兄ちゃん、晩ご飯ですよー!」


「今行く」


 ドア越しに声がかかったので俺は部屋を出た。両親ともに社畜なので当然妹と二人きりの食事だ。今日はなんだろうか?


 キッチンにつくと皿に盛られたご飯と焼かれた肉が置いてあった。


「作ってくれたのか?」


 良子に問いかけるとドヤ顔で頷いた。


「まあ焼いただけですけどね、お兄ちゃんが普段食べているものよりはマシでしょう?」


 そう言われるとぐうの音も出ない。確かに俺はあまりまともな食事を食べているとは言えない。だから良子がまともなご飯を作ってくれたのだろうか?


「良子、ありがと」


「はい、よく言えましたね。今日はレスバをするかもしれないので私もしっかり栄養を摂っておこうと思いましてね、お兄ちゃんの分を作るのもそう変わりませんからね」


 験を担ぐというよりは、肉でテンションを上げるといった方が正確だろうか? 良子は好戦的なまなざしで肉にかぶりついている。レスバをする可能性のある相手は津辺だろう。アイツは間違いなくヨミの生配信を見る。それは確信している。


 肉を食べ終わった良子は定食のようにフォークの背にご飯を載せて食べていった俺はのんびりと食べながら、出来ればヨミの配信に間に合わなかったという言い訳が欲しいなと思う。


 食事を終えた良子はふぅと息を吐いてお風呂に向かった。俺はどうすればいいのだろうなと思いながら、自室に戻って配信の画面を見た。開始まであと二時間、今頃ヨミは台本の作成でもしているのだろうか? まさか全部アドリブというわけではないだろう。あの性格の悪いヨミが思うままに喋ったら炎上するのは目に見えているからな。収録済みではなく生配信と言うだけで台本があろうとリスクがある。


「お兄ちゃん、お風呂空いたので早いとこ入っちゃってくださいねー」


 良子がお風呂から出たことを伝えてきたので、俺はシャワーを浴びることにした。さすがにシャワーを浴びていたからヨミの配信を見逃したというのは無理のある言い訳だろう。シャワーで皮膚がふやけてもまだまだ時間が足りないくらいだ。


 仕方なくシャワーを短時間ですませ自室に戻る。あとはヨミの配信が始まるのを待つばかりだ。せっかくなので待っている間に明日アップロードするものを書いておこう。どのみちヨミに目をつけられている以上どんなレビューが来ようとも方針を曲げるつもりはない。作品をレビュワーに合わせるなどというのは愚の骨頂だ。


 続編を入力する指はすいすいと動いていく。新作もこのくらい簡単に進んでくれると助かるのだがな。まあ世の中はままならないものである、そう都合よくはいってくれないものだ。


 配信開始まで残り十五分で一作書き上がった。何故こんなマラソンじみたことをしているかと少し疑問がよぎったがそれを深く考えると沼りそうだったので考えないようにした。書いたものを保存して、新作の方のファイルを開く。何か新しいアイデアでも降りてこないものだろうかと神頼みでもしたくなる。そのくらいさっぱりアイデアが出てこなかった。


『みんなー! はいしんがはっじまるよー!』


 集中していたので別窓で開いていたヨミ・アーカイブの音声に驚いてしまった。そのウインドウを開いてチャットの傾向とヨミの評価を確かめることにする。


『いやー、フリー素材を提供してくれるブンタさんは素晴らしい作者さんだよねー』


『フリー素材は草』

『でも権利者削除はしてないよな』

『内容はともかく検閲しないのは評価する』


 一応攻撃的なコメントは減りつつあった。そもそもヨミのレビューが権利者削除をされるので、削除申請をしない俺は貴重な存在だと判断されたのかもしれない。今のヨミならそれなりに受け入れられそうな気もするが、収益化が復活したらまた調子に乗るとピリピリしている人も少なくはない。


『ブンタさんは筆が速くて羨ましいですね、レビュー素材の提供ありがとうございます』


 ヨミのアバターがぺこりと頭を下げた。コイツは俺の作品をボロクソに言っていた時代のことは忘れたつもりなのだろうか? 少々図々しいのではないかと思うぞ。


『さて、それでは今日の作品ページを見ていきましょうか』


 始まった。キツいことを言われることも覚悟はしておこう。番外編だからといってレビューの手を抜かないのは知っている。コイツは強い意志を持っているのだ。口調は柔らかいものの嘘はつかない、攻撃的なことを言わなくなっただけで言及されなかった箇所はつまり言及出来なかった箇所というわけである。


『ブンタさんも新作出してくれないかな? あんまり続編ばかりレビューしてると繰り返しの多いコンテンツ扱いされちゃったりするかもね』


『チキンレーサーの鑑』

『コイツいっつも同じ素材使ってるな』

『何度でも使えるSDGs小説』

『味のなくならないガム』


 くそぅ……新作だって出せるものなら出したいんだよ! こっちだって書けるならガンガン書いてるっての! なかなか進まないから苦労しているんじゃないか!


 そうして日常回のレビューは始まった。パロディやオマージュを多めにしたギャグ回なので滑っていると大変辛い、なんとかその辺を誤魔化して伝えて欲しいものだ。


『まあ……うん……好きな人は好きだと思いますよ』


 お前は嫌いであると宣言された俺の悲しみと言ったらない。ヨミの反応から察したのかチャット欄で叩きが始まる。ヨミは『作者さんに罪はないですよ、叩かないであげてください』と言っているが、全く読まれていないのだろうか。


 そこへグッドマン、要するに良子が突撃をした。『名作を褒めないレビュアーのクズ』などと強い言葉を使い出した。案の定信者に総攻撃を受ける。津辺のアカウントであるノーブルは必死に場を納めようとしてくれていた。ヨミが叩くなと言ったからだろう、それでも十分有り難い援軍だった。


『ヨミちゃんの言うことも聞けない司書たちは無能』


『誰が無能だオラァ!』


『無能ですね』


 チャット欄は泥沼の様相だ。俺はなんとなく作品ページを開いてアクセス解析を見て見た。ヨミの配信時刻から急激に伸びている。俺の更新告知より遙かに伸びているのは正直言って悔しい。しかし一方で伸びてくれたのは嬉しいという気持ちもある。なんとも複雑な気分だった。


『司書くん! 喧嘩はダメだよ!』


 ヨミに叱責されてチャット欄が静かになった。信者同士での争いより配信者の発言の方がはるかに強いようだ。


『はい、というわけで本日もブンタさんの新作紹介でした! 楽しんでもらえたかな?』


『最高だった』

『ヨミちゃんしか勝たん』

『強い(精神)』


『じゃあ今日の配信はここまで! また見てねー!』


 そうして配信は終わった。俺はアクセス数を見て、この配信が良かったのか悪かったのかは判断がつきかねたのだった。

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