第14話「ヨミ・アーカイブ、きわどいラインを攻める」

 ヨミ・アーカイブのサブチャンネルを監視対象として登録していたのだが、思うように登録者は伸びていないようでようやく四桁に届いたところだった。観察対象がどのようなレビューをあげるか調査していたのだが、今のところ無難な動画しかアップロードしていない。いつもの毒舌レビューはなりを潜め、ゲーム実況など荒れない動画を上げていた。


 ゲーム実況といっても自慢の毒舌はなりを潜め、ワイワイ騒ぎながら流行のゲームをプレイしている様子を流していた。だからこそかもしれないのだが、登録者が伸び悩んでいるようなので監視対象から外しても問題無いかもしれないなと思っていた。さすがにしばらくはサブチャンネルでおとなしく信者相手に他愛ないコンテンツを提供していくのだろう。それを邪魔するつもりはない。企業勢ではないので自由に出来るゲームもあるのだろう、出来ればそれを最大限生かしてその路線でがんばってほしいと思う。観察は終わったのでベッドに飛び込んで寝た。


 翌日、昨日遅くまでヨミ・アーカイブのチャンネルを観察していたので遅刻ギリギリに起きる羽目になってしまった。バターを塗ったトーストをエナドリで胃に流し込むという味を無視した朝食を食べて急いで登校の準備を持って家を出た。両親どころか良子ですらもう投稿した後に目を覚ましたので大急ぎで朝食を済ませなければならなかった。


 ジャム付トーストとエナドリという甘々朝食を食べてから駆け足で学校に向かうと、いい感じに朝食で得た当分を消費するような感覚を覚えた。はっきり言って甘すぎて目が覚めるだけのあまり美味しくない朝食だった。


 味の方はさておき目は覚めたのでなんとか間に合った校門を通って教室に駆け込む。今日も無事遅刻することがなかったのは良かったことだ。隣で突っ伏している夜見子を無視して席に着いた。誰にでも眠たい時くらいあるのだろう、それにしても眠そうにしている夜見子だったが俺が教室に入ってすぐ予鈴が鳴る止めを冷まして身体を起こした。


「遅刻ギリギリね」


 そう夜見子は言っていたが、予鈴が鳴るまで爆睡していたやつに言われたくはないものだと思った。というか平日に特別なこともなかったのになんでコイツはこんなに眠そうにしているんだ? まさか俺みたいに観察していたわけでもあるまいに。なお、当然のことだがヨミ・アーカイブ信者の津辺はガッツリ見ていたようで寝不足だったのだろう、夜見子は起きたが、津辺は教師が入ってきて声をかけられるまで爆睡していた。


 そして平和な授業が進んでいき昼休みになると落ち込んだ顔で津辺のやつが俺のところへ来た。


「聞いてくれよ並、ヨミちゃんがさあ……」


「随分と治安の良いサブチャンネルだったな」


 俺は先手を打った。好きにすればいいのではないかと思うが、声音からサブチャンネルがコイツの胃にそぐわないものだったことを察することは出来た。


「アレが今のヨミちゃんなんて信じたくないよ……ヨミちゃんの毒舌がないと生きていけない。あんなゲームメーカーに忖度した当たり障りのないコメントなんてヨミちゃんじゃないよ」


「害悪原作信者みたいな事を言ってる自覚はあるのか? メインチャンネルを更新させて今度こそキツいペナルティを食らう可能性だってあるんだぞ?」


 そう言うと津辺は泣きそうな顔で言った。


「通報するやつが悪いんだよ! Web版のみをレビューしてれば大丈夫だって! ヨミちゃんの毒舌が聞けないと寂しくてたまらないんだよ!」


 コイツもなかなかのジャンキーだな。よりにもよってヨミ・アーカイブの狂信者になるとは、可哀想に……しかし今さら宗旨替えをしろというのも無理なのだろう。


 俺の立場としてはヨミ・アーカイブが当たり障りの無い話を続けるかぎり文句をつけるつもりはないし、アイツがサブチャンネルでがんばっていくならハッピーエンドだと思う。しかしその毒舌を求める声は止むことがないのだろう、実際サブチャンネルの動画にはもっと攻撃的になれというコメントが大量についていた。


 その日は無事、何事も無く過ぎていった、いや、学生生活は何事も無く過ぎていった。


 帰宅後念のためヨミ・アーカイブのサブチャンネルをチェックする。一つの生配信の予約がされていた。内容はなんと十五禁WEB小説のレビューだ。それも相当過激で十八禁にならないギリギリを狙ったチキンレースをしていると評判のものだ。


 ついにヨミ・アーカイブのやつはっちゃけたな……越えてはいけないラインを越えているような気がするんだが大丈夫だろうか? いや、むしろアイツは痛い目を見た方が良いのでこれで運営に怒られるのもいい薬になるかもしれないな。いや、あのヨミ・アーカイブがその程度で懲りるだろうか? 懲りないような気がするんだよなあ……


 夕食を食べシャワーを浴びてPCの前で配信の待機を始めた。どうなるかは分からないが、今後のレビューの方針を決定するものになるかもしれない。初手垢バンはないと思うのだが、収益化制限くらいは受けるかもしれない。もっとも、配信の初回でギリギリ収益化しているチャンネルが制限を受けることはないだろうが、後日制限される可能性はある。そうなればさすがにコイツでも懲りるに違いない。出来れば穏当なレビューをしてくれと願うばかりだ。過激派最先鋒ののコイツが怒られるというのは大きな意味のある事態だ。他の配信者がここまでやったらアウトというラインになるかもしれない。


 出来ればそのラインが厳しめになる事を祈りながら配信の開始を待ちわびる。これではまるでファンのようだがただのウォッチャーだ。リスキーなラインを平気で越えるやつは滅多にいないのでここでアウトのラインが決まると他の有力レビュワーに威嚇をすることが出来る。もっとも、俺は保険で十五禁タグをつける程度で、本当に公開するとヤバいような小説は公開していないので、厳しめなラインに設定されても俺には意義の無いことではあるのだが。


 ちゃんちゃんちゃーん


 公開目前のファンファーレが鳴り始めた。待機人数は二桁で、おそらくメインチャンネルだったら三桁の待機と同接があるだろう。ここまで人数が減ったのは、やはりヨミの発言が穏当になってきたせいだろう。好ましいことであるはずなのだがそれで人数が減るというのは残酷な現実を見ているような気がしてならない。


 ピロピロロン


 ついに配信開始まで三十秒を切った。さて、ヨミはお得意の毒舌をどこまで抑えて、過激描写をいかに読まないようにするかのチキンレースの始まりだ。


『こんばんはー! 司書くんのみんなー! 心配かけてゴメンね! 私はバッチリ戻ってきたよ! この懐かしのチャンネルへ!』


 ちなみに配信初回である。元ネタは言うまでも無いだろうがヨミでも知っているのか……


『さて、今日の放送はちょっとだけ過激なことにチャレンジするからよい子はブラウザバックしてね!』


 だったらやるなよ、そう言いたい。お前自覚はあるんじゃねえか! それでいいのか? 正気を疑いたくなるよまったく!


 一方で過激派路線もここまで徹底していれば逆に尊敬さえしたくなるほどだ。コイツは無敵の人が中にいるんじゃないだろうか、そう思えるほどの断言だった。


『さて、今日の放送は『君とぼくの○○○○が○○○○ライフ』だよ! MeTubeの規制にかかりそうな単語は伏せておいてね!』


 ほとんど全部の単語を伏せることになるのじゃないだろうか? 相手はガチガチの十五禁WEB小説だぞ? 少なくともサイト運営が広告主に十五禁であると申告したものだ。そしてその広告主とMeTubeの運営母体は同じである。つまりヨミ・アーカイブは十五禁と運営が認めたものを堂々とレビューすると宣言したわけだ、まったく度胸があるというか、これは勇気ではなく無謀だろうと言っていいレベルの蛮行だった。


『これは……初手から……おおぅ……読み上げられる単語がロクに無いですね、初手からそういうシーンであることは皆さんの妄想力にお任せするとして、安易な過激描写で釣っていますねえ』


 さしものヨミとしても垢バンは怖いのだろう、ロクに内容に突っ込めないスタートだった。その作品は初手で超過激描写をしているのでMeTube運営に怒られない程度にぼかしながら配信は続いていった。


『ヨミちゃんでも読めない内容』

『罵るにも危険すぎてあげつらえないか』

『是非読み上げてほしい』


 チャットの内容はヨミが内容を読み上げるように煽る流れになっていた。俺も当該作品の全内容までは読んでいないが、よく十五禁でセーフだったなと思える内容なので読み上げは不可能だろう。となると話のログラインや矛盾などを突かないと攻撃的な評価は出来ない。


『ヨミちゃん無言で耽っている』

『エッッ』

『十五禁の限界やな』


 話は案外盛り上がらなかった。ヨミ・アーカイブはここで踏み込むか下がるか、その判断で同接と引き換えに垢バンのリスクを抱える方を取るか、無難に同接の少ない放送を続けるか、どちらを取るのか見物だな。


『えー……ゴメンね! ちょっとこの小説は十七歳VTuberには過激だったみたい! また対象年齢の低いものを探してくるね!』


『十七歳(概念)』

『あなたが十七歳と思えば十七歳ですただし他者の同意を得られるとは思わないでください』

『十七歳なら十五禁は読めるだろうが』

『↑それもせやな』


 コメント欄は踏み込むことなく引き下がったヨミに対して根性がないとか、ビビりすぎなどの否定的なコメントが増えつつあったが、結局チャンネルの配信を終了させてしまった。それで済んだことではあるのだが、ヨミ・アーカイブはチャンネルにログを残していたのでそこから牙を抜かれたヨミへのコメントが付いていったのだった。

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