第12話「動画が消えていた」

 そうして退屈な会話をしてから退屈な授業を受けた後の昼休み、津辺は自分の席からまったく動かずスマホを操作していた。それ自体は珍しいことではない、アイツはヨミ・アーカイブの配信ログを熱心に見ていたからな。


 しかし奇妙なことに何故かイヤホンをしていない。動画を見るなら当然イヤホンは必須のはずだ。であればつぶやいたーでヨミ・アーカイブの動画について熱く語っているのだろうか、それにしては端から見て熱量を感じない。好きなことを語っているようなやつの姿にはとてもではないが見えなかった。


 神妙な顔をして何度も画面をスワイプしている津辺が気になって俺が声をかけてみた。


「どうした? 新作動画が出てなかったのか?」


 ヨミ・アーカイブはプライベートを話さないのでいつ更新するかは分からない、予約のプレミア公開も使うのでヨミの商隊は謎のままである。口さがないやつはおっさんであると言っている。さすがにボイスチェンジャーでも限度があるだろうと思うのでヨミが女性であることは疑っていない、逆にその他全ては謎のままだ。


「いや、動画が消えてるんだ」


 津辺は神妙な顔をしてそう言った。何を言っているのだろう? 動画の削除なんて珍しいことでもないし、ヨミ・アーカイブの配信方針からして炎上したら消す可能性は十分にある。今までも原作者とレスバをした結果、消すことになった動画もあった。そんな動画投稿者が動画を消すくらい珍しくもないだろう。


「まーた炎上でもしたんだろ。作家の信者と自分の信者がコメント欄で争いを繰り広げているようなやつだぞ? いつ消したっておかしくないだろ?」


「それがな……出版社の権利者削除なんだ。権利者削除は続くとチャンネル削除もあるヤバい処分なんだ。まさかヨミちゃんがチャンネル削除とかしないよな……」


「しないだろ。ヨミ・アーカイブは今までレスバをいくらやっても権利者削除まではいかなかったんだぞ。どうせ未書籍勢をレビューする方針にしばらくするんじゃないか? 権利者削除の要件には個人情報の提出があったしWebでしか載せていないやつなら権利者削除される可能性は低いだろ」


 始めにヨミ・アーカイブにレビューされた頃に酷評だったので削除してほしいと思ったのだが、配信者に個人情報を渡さないと削除出来ない仕様だったので諦めたことがある。おかげで削除や著作権侵害に着いて詳しくなってしまった。出来ることならそんなものに縁がない生活を送りたかったものだ。


「未書籍化勢か……そっちなら消されないのか?」


 津辺はあまり詳しくないようなので説明してやった。


「まずMeTubeはアメリカの会社でアメリカの法律に則って運営されている。そうなると個人で権利者削除をするのはかなりの手間になるんだ。しかも権利の濫用と見なされると権利侵害された側にペナルティが来ることさえある。法務部のない個人勢にはかなりキツいだろうな」


「じゃあ当分ヨミちゃんのレビューした本は買えないのか……ところでなんで並はそんなに動画の削除事情に詳しいんだ?」


「界隈の騒動を追っていると嫌でも詳しくなるんだよ……」


 自分の作品がレビューされたからということは黙っておいた、当然だがな。


「なんだよ、お前もヨミちゃんのリスナーなんだろ? 詳しいじゃないか」


「俺はヨミ・アーカイブに深く関わりたくないよ、アイツ絶対炎上系じゃん」


 炎上して再生数を稼ぐ、叩かれようと広告費は入る。それが悪いこととは言えないが身近に関わりたいとは思えないタイプの人間だった。燃えるにしたって無限に近いWEB小説という燃料を抱えたヨミに関わるということは際限のない炎上に関わるということだ。燃料源がWEB小説と言うことは一作レビューしている間に大量の人間が新作を公開しているということだ。まるで永久機関なのでネタが尽きることはないのだろう。


 ネタが尽きないと言えば聞こえはいいがネタがある限り燃え続けるということだ。関わって延焼してきたら笑えない事態になる。


「ヨミちゃんの配信が生き甲斐なんだがなあ……頻度が減るのは勘弁してほしいよ」


「お前はもう少しまともな生き甲斐を見つけた方がいいと思うぞ?」


 もう少し有意義な時間の使い方はいくらでもあると思う。酷評が売りのレビューを喜んでみるよりマシなことは探して見つからないことはないと思うぞ?


「さいっこーに有意義な時間の使い方だろうが! ヨミちゃんはスパチャを投げた全員のコメントを拾っているんだぞ? 大金を投げないと読まない心ない配信者がいる中少額でも反応してくれるんだ、しかも生配信だけじゃなくプレミア公開でもスパチャさえすればチャット欄に出てきて話しかけてくれるんだ! そんな天使みたいな配信者を見ることほど時間の使い方でパフォーマンスが高いものは無いだろ?」


 信者だなあ……それでいいのか? いや、スパチャを呼んでもらえて気持ちがいいのは分かるけれどさ、結局ヨミは金をもらっているわけで、金をもらったから読んでいる、そういう労働と同じではないかとも思う。確かに人気配信者が名前を呼んでくれたら嬉しいってのは理解するよ。しかしなあ……


「他の底辺VTuberで収益化してない娘なら課金しなくてもコメントを拾ってくれるんじゃないか?」


「お前! 言ってはいけないことを言ったな……そりゃあ読んでくれるだろうけど有名Vが読んでくれることに価値が有るんじゃないか」


 有名Vねえ……確かにヨミ・アーカイブは有名ではあるよ? それが悪名かもしれないという点を考えなければな。必ずスパチャを拾ってくれるのは有情だとは思うよ、でも入れ込むのはオススメしない。


「お前それでいいのか、コメント欄で目立つと他のVに『ヨミ・アーカイブにスパチャ投げてるやつ』と認知される可能性もあるんだぞ?」


「俺がヨミちゃんを好きなことに何ら恥じるところは無い!」


 堂々たる宣言をする津辺、そういうところで鋼の意思を持たなくてもいいと思うのだが……


 ちらりと自分の席を見たらただでさえ今日は血色の悪い顔をしていた夜見子が更に青白い顔をしてスマホを弄っていた。何かあったのだろうか? スパムでも届いたか、ロインのルームから強制退去させられたか……どちらにせよ俺にはまったく関係の無い話だ。


「並、どうかしたのか?」


「いや、なんでもない」


 夜見子が顔色が悪いことなどコイツには何も関係無いだろう。夜見子のやつ何かあったのだろうな。それを追求したところで得るものは何も無いので関わるべきではないだろう。人には多かれ少なかれそれぞれの悩みがあるものだ。


「そうか、ヨミちゃんの配信は全ログを録画してるけどショックだなあ……」


「録画してんのかよ! だったら別にいいじゃねえか」


 津辺のやつ録画していたのか……切り抜きようかな?


「いいわけないだろ! 録画したやつは再生してもヨミちゃんの収益にならないだろうが」


 変なところで義理堅いやつだな……ヨミ・アーカイブがWEB小説についてやいやい言っている時にその作者に収益が入らないというのに広告収益の方は入れてやりたいのか……愛情も歪んでくると倫理観が崩れるな。


「それだけ熱心なファンがいるならヨミ・アーカイブも安泰だろうな。出来れば炎上しないようにしてほしいがしょうがないなあ……」


「並は分かってないなあ、司書の皆は炎上しているヨミちゃんを崇めてるんだよ」


 よく分からない業界だな……炎上したら落ち込んだり悲しんだりするものではないのか?


 好き好んで炎上するやつの気持ちはよく分からんな……


 そこで休憩が終わりのチャイムが鳴り、皆それぞれ席に着いた。津辺は何事も無かったかのようにしているが、隣の席の夜見子がなんだか体調悪そうにしていたのが気になった。


 しかし本人は苦しいわけでもないらしく、保健室にいくこともなかった。理由はよく分からないが倒れでもしない限り自分から総体も保健室に行ったりもしないのだから気にしないことにした。

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