第8話「他作品までレビューしろとは言ってない」

 今日のヨミ・アーカイブは炎上をしていた。この前の俺の作品レビューから旧作を追いかけてレビューしていた。既存リスナーから他作者のレビューをしてくれと言われた時に『グッドマン』が『ブンタさんの良さが分かったようですね、と言う一言からの炎上は始まった。


 正確に言うとヨミが直接的に炎上しているわけではない。『グッドマン』と他多数の連中の戦いが繰り広げられていた。『グッドマン』は俺の作品を持ち上げているのだが、その他多数派ヨミ・アーカイブとしての毒舌レビューを期待しているのでコメント欄でのバトルが過熱していた。


『ブンタさんの作品の良さが分からないってかわいそう』


『マジで本人なんじゃねーのかコイツ』


『さすがにここまで自作を持ち上げるのは恥ずかしいだろ』


『本人だったら軽いホラーまであるぞ』


『信者ってホントに害悪だよな』


『スパチャ投げるので他作者のレビューしろ』


 ヨミは『では心機一転して低評価作品のレビューに移るよ!』と言って切り替えた。


 しかし『グッドマン』が『逃げた! 私の勝利だ!』とかき込むものだからコメント欄はハリケーンが通り過ぎているかのような有様になる。


『本人っぽい』

『さすがにここまで恥知らずじゃねえだろ』

『どっちでもいいんだよ! 火種が来たぞ! 燃やせ燃やせ!』

『ヨミちゃんの動画で燃やすな、作品の感想欄に行け』

『そもそもプレミア公開だから暴れても流れは変わらんだろ』


 ああもう……せっかく鎮火しそうだったというのに台なしになってしまった。ヨミはもう既に配信している画面を別の小説に切り替えていたが、コメント欄は相変わらず俺の小説で燃えていた。


「なんなんだよクソ!」


 そう吐き捨てると「ドン!」とお隣の良子から壁ドンが返ってきた。おっと、熱くなりすぎてしまったようだ。しかしそこそこ夜更けなのにまだ起きている中学生の妹というのも問題だな。


 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。加熱するコメント欄を沈める言葉はないかと思ったのだが、この流れで本人が出てきたら絶対に攻撃されるに決まっている。地雷原の中でフルマラソンをするつもりは無い。


『これはダメだね、登場人物がブレっぶれだよ』


 ヨミ・アーカイブのその発言に新しい獲物を見つけたリスナーたちは別作品の紹介を始めたヨミに応援のコメントと作品に罵倒のコメントを書き始めた。おかげで俺の作品からの非難は逸れてくれた。新しく標的になった人には申し訳ないが、ターゲットが移ってくれて助かった。


 俺は新作短編を書くために配信画面を閉じてエディタを起動した。これでしばらくは平穏な日々がやってくるだろう。


 そうして穏やかになった部屋でキーボードをタイプして新作を書いていった。


 翌日、配信後に延々と新作を作っていたので、眠気が強いものの、朝からコーヒーとエナドリを飲んでなんとか目を覚まして学校に向かった。


 眠い目を擦りながら今回の作品もそこそこの出来だと自信を持って投稿しておいたものの評価が気にはなっている。そこまでひどい評価は付かないはずだ……と思いたい。


 学校に着き、教室に入ると太一が話しかけてきた。


「ヨミちゃんの新作動画見た? 燃えてたよなー」


「大炎上って感じだったな」


 ガタッ


 隣で夜見子が椅子を聞こえるように動かした。うるさかっただろうか? 夜見子の方も眠そうにしているのでうるさいのが嫌だったのかな?


 俺の席で話していたので太一の席に移動して話を続けた。


「でさー、俺も本人疑惑のあるアカウントを煽ってみたんだけど反応が薄くってさー、多分作品に愛情があまりなさそうだし本人じゃないっぽいんだよな」


「分かるのかよ?」


「ヨミ・アーカイブの動画を延々と見て酷評にキレている作者のつぶやいたーまで覗いていた俺が言うが、本人はなんとなく分かる。独特の匂いというか雰囲気を隠せないんだ。俺の勘では多分あれは作者のブンタの信者だろうな」


「信者が出るような作品だったかなあ」


 俺はすっとぼけて関係無い第三者を装った。実際あのコメント欄にかき込んでいないのだからそのくらいはいいはずだ。


「なにをレビューしたって反論は来てたよ。コメント欄が全員一致で否定になったことはないんだぜ? どんなにクソだと言おうがそれに反論するコメントは来てたんだよ」


 なるほど、『グッドマン』の正体は珍しく出来た俺の信者だという説か。確かになにを投稿してもいいねや評価は必ず一つは来ていたからな。


「昨日の動画は見たんだよな? ブンタとかいう字書きが随分とヨミちゃんに評価されてたよな?」


「そうだな、アンチ一辺倒というわけでもないんだな」


「お前ヨミちゃんをアンチしかしてないと思ってたのか? いい作品ならちゃんと評価してたんだぜ?」


「そういうものか……」


 意外な一面だな。やたらとWeb小説界隈で炎上して再生数を稼いでいるイメージだった。確かに俺の作品だけを褒めているというのも不自然だし、それなりに評価はしているのだろう。


「しかしコメント欄の治安は最悪だったな……」


「あれはいきなりねじ込んできた『グッドマン』が悪いんだよ。あんなやつが来たら炎上するに決まってるじゃん」


 俺としては擁護してくれた人を否定したくはないのだが、現実問題としてアイツが来てからコメント欄の熱量は一気に上がったもんなあ……出来ればヨミがコメント欄に来てくれればどうにかなったのではないかと思う。


「でもヨミちゃん可愛いよな!」


「ガチ恋はやめとけよ?」


「並はロマンってものを知らないなあ」


「ガチ恋はロマンではないぞ」


 VTuberにガチ恋とかリスクでしかない。しかも大抵の人気Vは炎上を経験しているからな、いつなにが起きるか分からないキャラに愛情を注ぐなど恐ろしくて出来ない。


「ロマンの分からない男に生き甲斐はないぞ」


「かっこよさそうに言ってるがお前の言っているロマンってVTuberへのガチ恋だからな?」


 そういうものをロマンとは呼ばないと思うぞ。世の中の誰かはそれをロマンと呼ぶのかもしれないが多分太一一人だと思うぞ。


 そんなことを言い合っているあいだにチャイムが鳴ったので席に戻った。珍しく隣の席から声がかかる。


「文田、あんたアイツとなにを話してたの?」


 そう夜見子に訊かれたので『叶うはずのない夢についてだよ』と答えておいた。


 そして平和になったと思いようやく家に帰り着いたところでPCをつける。ブラウザを開くとライブストリーミングの予告が入っていた。配信者はもちろんヨミ・アーカイブだ。


 不安を覚えながらその日は夕食を食べなにを配信するか怖がりながら部屋のイスに座った。

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