「可愛い」


 薄い硝子の向こう側。水槽のような展示室の中に、それはいた。

 異彩を放つカラフルな模様に、流線形のシルエット。ときおり瞬く円らな瞳は何を見つめているのか、照明に照らされキラキラと輝いている。


「……可愛い、のかな?」


 疑問の声を上げたのは、隣にいる恋人だった。私と顔を並べてカエルの展示室を覗き込むその表情からは、美的感覚を共有できない苦悩が見て取れた。


「ふれあい広場にいたウサギとかポニーの方が可愛くない?」

「こっちの方が小さくて可愛い」


 指先程の大きさのカエル。展示室のプレートにはヤドクガエルと書かれていた。触れた者を猛毒で犯す、美しくて醜悪な存在。他者と触れ合うことを目的に生まれた愛くるしいだけの存在とは違うのだ。

 何より彼が触れ合いたいのは私のはずだった。園内を歩いている間、何度も手を繋ごうと試みていたことを私は知っている。


「花にも毒があるの、知ってる?」


 私の唐突な質問に、彼が一瞬きょとんとする。

 答えも待たずに歩き出した私の隣に、少し遅れて彼が並ぶ。


「椿に毒はないよ」


 そう言って、いつか彼を殺すかもしれない私の手を、彼は笑顔で握り締めた。

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椿 東雲そわ @sowa3sisu

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