第34話 - 王国闘技場 インファイト

「お前、バカか? よりによってこのウチに、インファイトってそりゃないでしょ」


 呆れ半分、怒り半分の台詞が思わず、騎士の口から漏れる。

 しかしそれもそうであろう。何に活路を見出しているかわからないが、相手は比類なき怪力の持ち主だ。攻撃が少し掠るだけでも危うい。

 それなのに敵は、これが目的だったとでも言うように、騎士に接近できたことを喜んでいるように見える。

 しかもレウは、エルセイドの懐にまで潜り込んだその時、シャロの手を離していた。彼女は頷きながら、急いで後方へ下がっている。


 つまりここからは、この不潔な少年一人で、《黄金騎士》にインファイトに打ち勝つつもりなのだ。

 あまりに、ひたすらに、無謀なだけ。

 剣を構えるレウを見たエルセイドは、一切の容赦などしないことを決めた。


「本気なんだな、テメエ。いいよ、挽肉にしてやるよ」


 黄金の騎士は手を掲げる。その手の先から幾つもの武器の輪が形成される。

 それらが魔を帯びる刃でなくとも、エルセイドが使えば文字通りの凶器と化す。

 一切の遠慮も躊躇もない暴虐を開始すべく、武器を円状に広げ握ろうとする、が。


 魔力により武器が生成される、その直前。

 まだ半透明な半端なエネルギーの形の状態の瞬間に、レウの剣が閃いた。

 円状に広がっている武器たちを、一刀の下に斬る。

 すると、間もなく顕現するところであった武器のエネルギー体たちが、硝子が割れるような音を響かせて、砕け散った。


「は……?」


 武器として完全に成ってしまうと、それは妖精文字が完全に緻密な状態となり、崩すことは難しい。

 しかし、武器として成る直前であれば。妖精文字が結実する未完成の状態を狙えば、崩すことができる。

 世界で唯一、魔法を崩す剣技、魔崩剣が通じるのは、【武器魔法】たる【暗天の月に騎士は躍るブラックナイト・パレード】が発動しきる前を狙える、インファイトしかないのであった。


 エルセイドは、砕けた魔法の残骸には目もくれず、両腕に新たな武器を生成せんと魔力を回す。

 が、ほんの一瞬、魔力が武器に変貌する蛹のような半透明のエネルギー体の状態をレウは正確に見抜き、悉くを斬って破壊する。


 その勢いのまま怒涛の連撃を放つレウの剣。対抗しようと魔法を発動させるエルセイドだが、その度に剣を振るわれ、砕かれる。

 レウの剣撃が届くか、エルセイドの魔法が発動されるかの激しい鬩ぎ合いが続き、そして。


 エルセイドの両腕に展開されていた魔法が、レウの回転するような大きな斬撃により斬って砕かれる。

 

 エルセイドの魔法展開のペースが、乱れた。次魔法を展開するには、一拍の猶予が必要である。

 それは明確な隙であった。命がけで作り出した機会を捨てる訳などなく、レウは剣を黄金の鎧に向かって放つ――


「だから、バカなのか、っつってんだよ……!」


 これ以上無い好機への斬撃を放つレウ。だが、彼が感じたのは、勝利への確信ではなく、どうしようもない死の予感であった。

 エルセイドは武器の展開は間に合わない筈である。だが彼女は拳を振り上げている。

 違う。それこそが、思い込みであった。

 振り上げられた拳が、そのまま、猛烈な勢いで振り下ろされる。

 

「レウ!」


 爆発が起こったかのような、圧倒的な衝撃であった。

 闘技場全体に罅が入っていてもおかしくないほどの破壊音が響く。

 

 見ると、エルセイドが振り下した黄金の拳は、闘技場の床に叩きつけられていた。

 それだけで、床は亀裂が走り、砲撃を受けた後のように凹んでいる。

 その隣には、剣を立て、なんとか受け流し、避けたレウの姿があった。

 彼の剣には、なんとか間に合った黒い靄の加護が纏われている。


【武器魔法】を攻略できれば、エルセイドに剣が届く、というのは、とんでもない思い上がりであった。


「わかってないならさぁ、教えてあげるよ」


 床から拳を引き剝がし、ゆらりと、レウに眼光を飛ばす黄金の騎士。


「斬るより、刺すより、振るうより……この手で殴るほうが、得意なんだわ」


 騎士団長はそもそも、武器など必要とはしていないのだ。

 彼女は、剣術や槍術など、大して会得はしていない。その必要がないからだ。

 だからこそ、なんの躊躇もなく、武器を使い潰すように振るう。

 その方が手っ取り早いから。それだけの理由であるのだ。

 だから、エルセイドが本気を出す、ということは。武器などわざわざ生成しない。

 その拳が唸りを上げるということに他ならないのだ。


 エルセイドは拳を構える。

 その拳の周囲に、半透明のオーラのようなものが、纏われた。


 それを見てレウは、腹の底から冷えるような感覚に陥った。

 纏っているのは、【武器魔法】の延長だ。

 つまり彼女は、己の拳自体を武器として生成させ、その魔力自体を拳に憑依させているのだ。

 ただ殴るだけであの威力だったのだ。

 それが【武器魔法】の強化が入ると、一体どうなってしまうのか。


 さながら肉食獣の如く。エルセイドの兜の奥で、瞳が冷たく輝いているような気がしている。

 レウとエルセイドの距離は一メートルもない。インファイトを挑んだのはレウ自身である。今から逃れられる筈もない。


 レウは冷や汗を流しながら、剣を構える。

 そして、エルセイドが地面を蹴りこちらに迫りくるのを、真正面から受けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る