第33話 - 王国闘技場 破神の籠手

「【暗天の月に騎士は躍るブラックナイト・パレード】」


 彼女の剣は、まるで突風のようであった。

 真っすぐであった長剣が、あまりの速度、圧力によりくの字に曲がっているかのように見える。

 それが真っすぐ、レウに向かって放たれていた。

 レウは素早く剣を抜き、迫り来る長剣に激突させる。

 

 が、騎士の剣はあまりにも暴力的であった。

 およそ人の膂力ではない。台風の風が一点に収束したかのような、宙から落ちる隕石そのもののような、超常たる暴力であった。

 受けた瞬間、あまりの衝撃にレウの頭が真っ白くチカチカしたほどであった。

 少年と少女は、長剣を受けた瞬間、宙に浮き向こうまで吹き飛ぶ。

 そして二人は、闘技場の壁に激突した。

 騎士のほうはというと、力のままに振るった長剣が、持ち主のあまりの力に耐えきれず、真っ二つに折れ、砕けた。

 用済みとなった長剣の残骸を放り捨て、背後に浮かぶ武器群の中から、新たに槍を掴む。


 そして一切の容赦なく、壁に激突した二人に向かって槍を放り投げた。

 かつて戦った騎士団隊長ラスタの妖精武器もかくやというほど、凄まじい速度の投擲であった。

 だがその槍は一切の特性はない。正真正銘、ただの槍である。

 あり得ない速度は、エルセイドの単純な怪力によるものだ。


 これが、騎士団最強の、単純かつ、最強の戦い方であった。

 一切の遠慮無しに、【破神の籠手】による怪力で武器を振るう。

 武器が壊れても、魔法で延々と武器を生成し続けるので何の問題もない。

 ただの剣も槍も、これにより大量破壊兵器と化す。

 エルセイド単騎で、万の軍勢に匹敵する。戦略級の騎士であり、王国最強の戦力である所以であった。


 槍がレウの胸元に飛び込んだ。

 防がねばならぬが、先の太い直剣をまともに受けてしまっている。

 彼の、何の銘もない細い剣がまともに受けて、無事でいられるはずがない。

 必ず砕け散っているはずだ。

 つまり彼は、攻撃を受ける武器がない。空っぽの手ではなにも守れない。

 これであっけない終了だ、とエルセイドが確信する、が。


 鋼の残響が辺りに響く。


 見ると――何故だか、レウの細い剣は健在であった。

 完璧なタイミングでの弾き返しで、見事高速の槍を防いでいた。

 いや。よく見ると、その細い剣の様子がおかしい。その剣の周囲には、黒い靄のようなものが纏わりついている――。


 隣の白い少女が、剣に手を掲げながら、何かを呟いていた。

 その手にはきらりと、美しい青の指輪が嵌められている。


「【劣化模造デッドコピー】――【不破魔城の絶壁ダークムーン・スフィア】」

 

 これこそが、彼らがエルセイドに挑むための作戦であった。

 怪力による攻撃は、一度でも受けてしまうと剣が持たない。

 よって、剣をシャロの【不破魔城の絶壁ダークムーン・スフィア】でコーティングし、打ち合えるようにする。

 勿論、その魔法は不完全なもので、一度受けると砕けてしまうほどに脆い。

 なので毎回、魔法を張り替える必要がある。

 そのためには魔力が圧倒的に不足するのだが――それは、指輪の力で賄うことにした。


 青い指輪、それは妖精武器【妖精王の碧眼】である。大容量の魔力が保管されている、という代物だが、これは、ハーヴィスの所有物だ。

 この戦いに臨むにあたりああだこうだと言い訳と難癖をつけ、ハーヴィスからこの妖精武器だけを借り受けたのだ。


 シャロはまさしく、レウの剣となることを決めたのであった。

 死線の間近で、剣に無敵の魔法もどきを掛け、剥がれたら掛け直す。

 あまりに危険で無謀な作戦であるから、レウは当初反対していた。

 しかし、シャロの意思は強かった。

 共に戦う。その言葉の重みを否定することはできず――最終的にレウは、あの時労働街を駆け抜けたように、共に戦うことを決めたのであった。


 槍を弾いたレウは、シャロの手を強く握りながら、真っすぐ黄金の騎士へと駆ける。

 エルセイドは、武器の輪を両腕の周囲に展開させ、二つの手に小剣を握った。


「なーんか、うざいことしてんね、あんたら。まぁ、なんでもやってろよ。小細工ごと吹き飛ばしてやっからさァ!」


 両手の剣を力任せに投げる。レウに牙を突き立てるようにして、豪速の剣が二本、回転しながらレウに迫る。

 その二つの牙をレウは器用に弾き飛ばした。

 真正面から力を受けぬよう、上手く力を受け流しながら、二本は空へ吸い込まれる。


 絶妙なる剣技により、衝撃をまともに受けず、受け流しながら明後日の方向に弾き飛ばしていた。が、それでも伝わる衝撃はあまりに重かった。

 彼女の攻撃を受けるたび、筋繊維が何本も千切れる音が聞こえてくるようであった。

 耐え切れず苦悶の表情を見せるレウ。騎士は、そんな隙を見逃さない。


「おい兄さん、手元がガラ空きだぜ」


 いつの間にか騎士の手には硬い鞭が出現していた。

 それを器用に振り回し、蛇のように長い身を空中に広げると、勢いよく振り抜いた。

 これまでの力任せで乱暴な攻撃とは違う。繊細で丁寧で、かつ迅速な一手であった。

 その鞭はレウの手にひゅるりと絡まる。剣を握る右手が、どうしようもなく拘束されてしまう。


 相手は籠手を装備する、類を見ない怪力の持ち主だ。

 黄金の兜の奥の瞳が、爛と光ったような気がした。

 まずいと思う暇もなく、騎士は鞭を容赦無く、ぐいと力任せに引っ張られる。

 レウに抗う術はない。手を握るシャロと共に、エルセイドの元に引き寄せられる。


 彼女は右手で二人を引き寄せ、左の拳を思い切り引き絞っている。

 限界まで張り詰めた弓を思い起こさせる、拳撃の恰好だ。

 あれを受ける術は無いし、鞭に絡められた今、避ける術もない。

 正しく絶体絶命である。

 兜の奥が、にやりと笑ったような気がした。

 そして、万物を砕く拳が、今放たれようとしていた。その時。


 空から何かが、落ちてくる音がした。

 小さな影が回転しながら真っすぐ、騎士に向けって飛来する。

 それは、先ほどレウが弾き飛ばした小剣であった。

 高域まで飛ばされた剣が、大きな弧を描いて騎士に落ち行く。


 エルセイドは咄嗟に、それを引き絞っていた拳で殴りつけ、小癪な剣を砕いた。

 そしてすぐにレウを見る。

 が、その一瞬で、レウは手を鞭から外していた。


 そして彼は――不敵にも、嗤うのであった。


「ようやく、ここまで来れた」

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