可愛くてきれいなものが好きな健太くんと素直になれない静葉さん【朗読可能小説】

雪月華月

第1話 かわいいものが好きって言いづらいじゃないですか


 人生で初めて、学校をサボった。

学校には、ちょっと大人っぽく声を作って、休む連絡を入れた。体調を崩したとありきたりな理由を言うと、相手はすんなりすぎるほどに受け入れてくれた。

「いろいろと状況が変わりますし、心身にくるでしょう」と労りの言葉までかけてきて、私は拳を握った。感情が急に高ぶって、胸を締め付けて、それで余計なことを言いそうだった。それはイケナイと心のなかで感情を、抑えつけた。


 今日は家に父も、新しい母もいない。新しい母……正美さんの引越の手伝いで、父は前日から、正美さんの家に泊まり込んでいる。明日に引っ越しを完了させるということで、中年の腰に鞭打って、作業するだろう。つまり一日くらいの学校サボりは、穏便に完遂される。そのはずだった。


「あれ、村上さん︙︙なんでここにいるの」


 学校をサボって、私服に着替え、私はでかけていた。本当は家に一日いたほうが、安全にサボれるかもしれないが、明日正美さんが来ることや、母の思い出が頭の中をぐるぐるとまわり、家にとてもいられなかったのだ。

 ふらふら雑貨屋でも覗いていると、後ろからびっくりした声をかけられた。本当にびっくりしたというか、そんなことあるのっというか︙︙しかも私の旧姓で言うのだ。

 ぎょっとして声のした方を向くと、そこには斎藤君がいた。同級生で、ちょっと大人しそうというか、すこぶる元気のいい男の子にからかわれているところを見たことがある。


「あなたこそ、なんでここにいるの︙︙」


 私は自分のことを差し置いて、訝しげに彼を見た。今日は別に開校記念日でもなんでもない、普通の平日だ。私のジロッとした視線に、斎藤君はちょっとびびったように頬を引きつらせた。そして周囲をきょろきょろと見回すと、密やかな声で。


「サボりです︙︙」と言った。


 ああ、嘘でしょと頭がくらくらする。まさかの同類がいた。


 わぁと声をあげ、きらきらと目を輝かせて、斎藤君はベリー・ベリーチョコレートアイススペシャルという長い名前のクレープをほうばっていた。

 私と彼は、街なかでも極めて目立つピンクの壁と白の看板のカフェに来ていた。初めて来る店だ︙︙なんでもインスタで可愛くて、キレイなデザートを出すことで有名らしい︙︙と、斎藤君に説明された。


「いやぁ、まさか今日に限ってサボり仲間がいて良かったです! しかもそれが村上さんだなんて︙︙おかげでこの店来れました!」


 彼の感謝の度合いは強く、もう土下座レベルだ。

 恥ずかしいし、サボりって単語もヤバいし、かといって、下手に騒ぎたくもないという気持ちが混ざり合って、私は笑顔を浮かべつつ、低い声でこう言った。


「やめて、静かにして」


「は、はい」


 彼は急速にハムスターみたいに細かく震えだした。

斎藤君、大人しそうな子だと思っていたのに、実際関わってしまうと、すごい、あの、変な人だな︙︙と思った。


 私はブラックコーヒーを飲みながら店内を見回す。目がチカチカするくらい、華やかな内装だ。一回彼にサボりの口止めをしようと、ちょっと喫茶店でも入ろうとしたら、行きたい場所があると言われ、その言葉の流れにのって案内されたのがここだった。


 私は素直に思ったことを聞いた。


「あのさ、斎藤君、なんでここに来たかったの? かなりかわいい店だけど︙︙こういうの、好きなの?」


 すると斎藤君は急にきょどり始めた。感情がジェットコースターみたいに乱高下してる︙︙。彼はそれでも、もごもごと話した。


「はい︙︙かなり好きなんです、こういうかわいいものとか、後きれいなものとか︙︙」


「そ、そうなんだ︙︙全然知らなかった」


 たははと斎藤君は苦笑いする。


「そりゃそうですよ︙︙言ってないから︙︙というより周囲の男子になんかに言えないし︙︙女子の友達なんていないし︙︙一人で行く勇気もなくて︙︙」


 ちょっとおかしいかもとは思ってます︙︙という彼の目は泳いでいた。

あーと私はコーヒーを啜った。なんとなくわかる気がした。


 個性だの、自分らしさだの求められてはいるけど︙︙いざ周囲と違うということを、素直に表して、問題なく受け入れられるかというと、そうじゃない︙︙表では言われなくても、裏じゃ、SNSじゃ︙︙と言う感じだ。彼の恐れは嫌なくらいわかった。私も今日から名字が明日川になっていて、それに対する反応や、配慮を感じるのが嫌で、学校をサボっているくらいなのだから。


 私は息を小さく吐いた。びくっとする斎藤君に、ぽんと軽く言った。


「いいんじゃない︙︙別に。人それぞれでしょ、好みなんて」


「村上さん・・︙」


 私は彼のホッとした様子に、なんだか居心地悪く感じた。

優しさで言っている言葉じゃないという、自覚があった。

 私はそっぽ向いて、早口で言った。


「村上って言わないで。静葉(しずは)って呼んで、今日は名字で呼ばれたくないから」


「は、はい︙︙じゃ、僕も健太って呼んでもらっていいですか? こういうの平等でいきたいし」


 ここで、平等とか持ち出すと思わなかった。

私は苦笑しつつ、彼を見た。


「わかった、健太君、これでいい?」


「はい、静葉さん」


 彼の素直な笑みは、私には眩しすぎた。

 私はそっと目を伏せた。

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可愛くてきれいなものが好きな健太くんと素直になれない静葉さん【朗読可能小説】 雪月華月 @hujiiroame

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