第21話 武鶴義兄弟③

 ミナト達とおんが出会ってから、約一年が経過した頃。ミナトは、けいすけに誘われた時以外にも、ノワールと共に小島を訪れるようになっていた。


 毎回、砂浜で悧音と他愛のない会話をしたり、ミナトが作ったお菓子を一緒に食べたりして過ごしている。


「そういやー、そこのテンシ野郎ヤローとよく似たヤツに会った事がある。翼の色は虹色で、体もカラフルだったけどな」


 話が一区切りついたタイミングで、不意に悧音がそんな事を言い出した。

 ミナトがノワールの方を見ると、彼はイソギンチャクのような体を真っ二つに開き、目を丸くしている。


「それは間違いなくパパ上ではないかァ! 何故、君がパパ上と会っているゥ?」

 ノワールは狼に似た顔をヌッと伸ばし、鋭い眼光で悧音に詰め寄った。悧音は眉間にシワを寄せて若干、後退ったものの、即座にノワールの顔を押し戻す。


「なんでかにうまってたんだよ……。しょく手が一本だけ飛び出た状態でな。おれはただ、をぐう然見つけて、ほり出しただけだ」

「パパ上が何故、こんなところに……」

「確か、『我が子に会いに来た』とか言ってたな」

「私に会いにだとォ……! 一応、聞いておくが、それはいつの話だァ?!」

「二年くらい前だったと思う……」


 悧音の年齢を考えると、おおよその検討はついていたが、それでもノワールはしおしおと項垂うなだれる。ミナトは、落ち込んでいるノワールに手を伸ばし、彼の頭を優しく撫でた。


に住んでること、お父さんに伝えてなかったの? ノワにぃ」

「うむ……離れ離れになってから、一度も会えていない……。その上、連絡手段もないからなァ……」

「そっかぁ……」


 ミナトはそう相槌を打ちながら、少し違和感を覚えたものの、それがなんなのか具体的には分からない。その事にミナトは若干、モヤッとしつつも深くは考えず、「元気出して、ノワにぃ」とノワールを励ます。


「ふ、ふん……私は別に落ち込んでなどいなァい! 何故なら、コレを使えば、いつだってパパ上に会えるからだァ!」

 ノワールはそう強がりながら、自分の頭部を触手でゴソゴソ探り、虹色の薔薇の花びらを取り出す。


 それを目にした悧音は「その羽……」と呟くと、服の下につけていたネックレスをノワールとミナトに見せた。そのネックレスにはノワールが持っている花びらと、同じものがついている。


 悧音が見せてきた虹色の花びらを目にしたノワールは、ワナワナと震え、グワッと大口を開けた。

「何故、君がそれを持っているゥ!」

「アンタの父親にもらった。多分、助けた礼だと思う……」


 ノワールの勢いに、悧音は引き気味にそう答えると、ネックレスを服の下にしまう。そして、「これを持っていたのは、私だけではなかったのか……」と落ち込むノワールに、「なんか、ごめん……」と謝った。


「悧音くんが謝る必要はないと思うよ?」

「いや……おれが羽を見せたせいで、テンシ野郎ヤローは落ちこんだわけだし……一応な……」

「悧音くんは優しいね〜」

 そう言いながらミナトは悧音の頭を撫でる。


 どれだけ拒否しても頭を撫でてくる事から、悧音は早々に抵抗するのをやめて、大人しくミナトの手を受け入れるようになった。ノワールに嫉妬の眼差しを向けられても、絡まれると面倒であるため悧音は毎回、素知らぬフリをしている。なお、ミナトはそれらに全く気づいていない。


「別に、優しくねぇよ……んな事より、ゲームは順調にクリアできてんのか? 兄貴に……ジャマされたりとか……とにかく、いろいろと大じょう夫なんだろうな?」

「へ……? うん、大丈夫だよ~。センパイとは協力し合って、ゲームをクリアしてるし」

「兄貴が協力……? 絶対なんか、悪い事たくらんでんだろ、アイツ……」

 不安そうな表情で考え込む悧音の顔をミナトは覗き込み、ふわりと笑う。


「悧音くんが何を心配してくれてるのかは分からないけど……きっと大丈夫だよ。だってセンパイとは、『一緒にゲームをクリアして卒業しよう』って約束してるし。もちろん、悧音くんも一緒にね」

「は……? アンタなに言って……」


 慧介がミナトに真実を隠しているのだとすぐに察した悧音は、言いかけた事を呑み込む。それから再び少し考え込んだ後、ノワールの方を見て「おい、テンシ野郎ヤロー、アンタに話しておきたい事がある」と口にする。


 悧音の真剣な表情に、彼の話を聞いておくべきだと判断したノワールは、「ミナトくんはここで待っててくれ」と言った。困惑気味にミナトが頷いたのを確認すると、ノワールと悧音はその場を離れ、遠くまで歩いていく。


 仕方なくミナトは持参したグミを食べながら、じっと海を見つめ、悧音とノワールを待つ事にした。時折、ノワールの怒り混じりの声がミナトの耳に届くが、内容までは分からない。


 しばらくして戻ってきたノワールと悧音の表情は非常に険しく、ミナトはそんな彼らを見て戸惑う事しかできなかった。






 また時は流れ、ミナトが中学三年生になった年の四月。悧音は無事、第一ゲームをクリアし、彼の相棒となったアッシュとの再会も果たした。


 慧介は時々、どこか仄暗い一面を見せつつも、ミナトに対しては変わらず親しげに接している。それでもノワールと悧音は警戒を解かずに慧介を見張り、さり気なくミナトを守り続けた。


 アッシュは、ラティゴからの『テンシと仲良くするな』と言いたげな圧を感じ取ってはいるものの、ノワールに対する態度を変えようとはしない。ノワールとは昔、共に恋のキューピットのような事をした仲である事から、彼は良いテンシだと理解しているからだ。


 ミナトはあの日、悧音とノワールが何を話していたのかと、ずっと気になっている。しかし、彼らのあの険しい表情が頭を過ぎり、なかなか話を切り出せない。


 そんな風に各々、何かを秘めながらも、彼らは協力し合って一つ一つゲームをクリアしていく。






 更に時は流れ、ミナトが高校二年生になってから三ヵ月程、経過した頃。悧音もテンシの種を全て集め終えた事で、三人共、最終ゲームの挑戦権を得た。


 最終ゲームの内容は至ってシンプルで、各テンシのボスの内一体、もしくはシテンシと戦う。


 一時間以内に、テンシのを半分以上、散らせる事ができれば、ヒト側の勝利となる。何人で挑戦しても構わないが、一人でも死ぬと挑戦者全員がゲームオーバーとなり、最初からゲームをやり直さなければならない。ただし、契約相手が生きていれば第一ゲームは免除され、勝利条件を満たせぬまま制限時間を過ぎた場合もゲームオーバーとなる。


 どのテンシと当たるかはランダムで、タブレットの画面に表示されたルーレットを回して決める。最終ゲームに挑む事を決めたミナトとつる兄弟の対戦相手は執着のテンシのボス……オブセシオン・ウィスティリア=ファミーユだった。


 三人とそれぞれの相棒達は、指定された人形エリアに向かう。そこはコンクリート地面に、壊れた陶器の人形がたくさん落ちている不気味なエリアだ。


 オブセシオンは全身に蔦が絡まった檻のような見た目をしており、垂れ下がった翼は藤の花にそっくりで、常に浮遊している。


 ミナトはオブセシオンを見上げながら、ノワールにもらった彼の花びらを飲みこむ。すると、ミナトの背中からノワールと同じ黒薔薇の翼が生え、少しだけ体が宙に浮いた。


 アッシュは通常サイズの斧に変形し、悧音の手の中におさまる。慧介は、一本鞭に姿を変えたラティゴを手に取り、ミナトを見た。悧音とノワールはそんな慧介を一瞥してから、心配そうにミナトを見つめる。


 オブセシオンはの隙間から大蛇に似た顔をチラリと覗かせ、ミナト達を見下ろすと、舌を出してニタリと嫌らしく笑った。

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