第19話 武鶴義兄弟①

 ――彼らが出会ったのは、なばりミナトがこうりゃく学園に転入してから約二ヶ月が経過した、七月下旬頃だった。


 ミナトにとって、初めてのゲリラゲーム終了後。中等部の運動場で一息ついていたミナトとノワールの元に、一人の上級生が近づいてきた。彼の頭の上には、アッシュによく似た二頭身のモフモフが乗っている。アッシュとの違いは、毛がえん色で、目つきが鋭いところだ。


「君達、凄いね。僕、感動しちゃった」

 襟足の長い黒髪を結い、両耳に藍色のピアスをつけている上級生は手をヒラヒラと振り、ミナトに声をかけてきた。


「へ……ありがとう、ございます……」

 その上級生の不自然な作り笑いに、少し苦手意識を感じつつも、ミナトはペコリとお辞儀をする。ノワールテンシが相棒だからと、他の生徒に避けられていたのもあり、急に声をかけられた事に驚き、戸惑いもした。


 ノワールは完全に上級生を警戒し、ミナトを守るように触手で彼をぎゅっと抱きしめている。


「あぁ、驚かせてごめんね。決して怪しい者じゃないよ? 僕は二年S組のつるけいすけ。君の名前も教えてくれる?」

「……一年S組の隠ミナト、です」

「隠ミナト君か。良い名前だね。これからよろしく、ミナト君」

「はい……よろしくお願いします」


 ミナトは慧介に差し出された手を取ろうとした。だが、ノワールが慧介の手を触手で叩き、それを阻止する。


「ちょ、ノワにぃ! なにやってんの?! すみません、センパイ」

「これくらい大丈夫だよ。それより、そのテンシはミナト君のお兄さんなんだね?」

「はい! 小さい頃から一緒に住んでて、すっごく大切で、大好きなにぃちゃんです!」

 ふわふわと笑いながら答えるミナトを見て、慧介は「へ~……」と興味がなさそうな返事をする。


「実は僕にも兄弟がいてさ。三歳年下の弟で、僕もノワにぃさんと同じ兄なんだよ?」

「君に『ノワにぃ』と呼ばれる筋合いはなァい! フルネームもしくは、ノワール・ローザと呼べェ!」

 触手をジタバタさせて激怒するノワールの体を、ミナトは「ちょっと落ち着いて」と言いながら撫でる。


「一体どうしたの? ノワにぃ」

「私は! そこの男が気に食わなァい! ミナトくんに害を及ぼそうとしている! 絶対にそんな顔をしているぞォ!」

「ちょ、なに言ってんの?! ホントすみません! センパイ」

 失礼な発言をするノワールを必死で止めながら、ミナトは再度、慧介に謝る。


 慧介はノワールに何を言われても怒る事なく、張り付いた笑顔で「面白いお兄さんだね」と言うだけだった。


「と、ところで、頭の上にいるのって……」

 ミナトはノワールをぎゅーと抱きしめ、なだめながら慧介の頭上をじっと見つめる。


「あぁ、彼は僕の契約相手のラティゴ・シスタレンド。本人いわく、アクマ族らしいよ?」

「シスタレンドって……アッシュさんの身内……?」

「あぁ、ラティゴも確か、弟がいるって言ってたよ?」

「じゃあアッシュさんのお兄さんなんですね?」


 ミナトはラティゴに微笑みながらそう問いかけるが、彼はムスッとした表情をするだけで返事をしない。更にはそっぽを向き、「テンシに魂を売った薄汚い愚かなヒトめ」と、低い声でミナトをとうする。


「なんだとォ! ミナトくんは毎日お風呂に入っているから綺麗だァ! 愚か者でもなァい! ミナトくんは勉強だってできるぞォ!」

「多分、そういうことじゃないと思うよ、ノワにぃ……」


 ミナトはラティゴにののしられた事より、ノワールの返しの方が気になったようでツッコミを入れている。それと同時に、『ラティゴさんには嫌われてるみたいだし、抱きしめたら怒られるだろうなぁ』とも思った。


 本人にあまり自覚はないが、ミナトは無類の人外好きだ。現に、ノワールやアッシュと初対面だった時も、彼らに抱きついていた。勿論、自分と同じ人間も好きだが、普通の距離感を保っている。


「はは……ごめんね。ラティゴはテンシ達に、弟以外の一族全員を殺されたみたいでさ。テンシをとても恨んでいるんだ」

「私はァ! 他種族を傷つけた事も、食した事もなァい! 私が食べているのは木の実や植物だァ! ちなみに昔は同族テンシなら食べていたぞォ!」

「へ~……それって共喰いだよね? ノワール・ローザってやっぱ、ヤバいテンシなんじゃないの?」

「ふんっ……君程ではないぞォ! つるけいすけェ!」


 ――ラティゴさんがテンシを恨んでるって分かってて、どうしてオレに話しかけてきたんだろう……。


 妙にバチバチしている慧介とノワールのやり取りにヒヤヒヤしつつも、ミナトはぼんやりとそんな事を思った。






 その日以来、ミナトと慧介はよく一緒にいるようになった。と言っても、慧介が一方的にミナトに絡んでくるだけで、その度にノワールとラティゴが露骨に嫌そうな雰囲気をかもし出している。


 ミナトがラティゴを気を遣って、さり気なく慧介を避けても、彼は後を追ってくる。その執拗さに、ミナトは次第に慧介を受け入れるようになり、ラティゴからの嫌悪感は諦めに近い、“無”へと変わった。唯一、ノワールだけは警戒を続け、慧介が傍にいる時は、必ずミナトにピッタリくっ付いている。


 そんな状態でも一緒にいる時間が増えた事で、ミナトと慧介はいろんな話をするようになった。そして、何をするでもなく寮のミナトの部屋で、のんびり過ごしていたある日の夕暮れ時。ミナトは不意に慧介から、「ルーザーって言葉、聞いた事ある?」と、問いかけられた。


「いえ、聞いたことないです……」

 ミナトの返答を受け、慧介は一からルーザーについて話した。ただし、“一生、ゲームから抜け出せない”という部分は、上手く伏せた状態で。


 ノワールがミナトの母と共にゲームに参加していた頃は、ルーザーがいなかったため、彼もその存在自体を知らない。ゆえに、ノワールは珍しく、慧介の話を黙って聞いている。


「僕もね、そのルーザーなんだ。……小さい頃から、命をかけたゲームに参加させられるって聞かされて、過去の映像も見せられた。……たくさんの人が、怪物テンシに喰べられてる映像をね。ゲームでそこそこテンシを楽しませられるように毎日、特訓もされられて……。僕らは親の顔も知らない……親達が負けた所為で、戦わされているのに。僕は、何も悪くないのに……! 僕ね、ずっと怖かったんだ。僕は弱いから……絶対に卒業できない。きっと、ゲームの途中で死んじゃうと思って……今も怖いんだ。ねぇ、ミナト君……僕、死にたくないよ」

 最初はヘラヘラとしていた慧介は、次第に苦しそうな声になり、話の最後にはミナトを見つめて涙を流した。


 ミナトはそんな慧介に同情し、彼にハンカチを差し出す。それを慧介は「ありがとう」と言いながら受け取り、涙を拭く。ノワールは慧介に対し、『嘘くさい男だな』と思いながら、その一連の流れを静観していた。


「大丈夫。慧介センパイが死なないように、オレが傍で戦います。だから、一緒にゲームをクリアして卒業しましょう」

 ミナトは慧介を励まそうと、明るい声でそう言った。拳を握りしめ、「オレがついてます」と笑うミナトに、慧介は「ありがとう……」と返す。


「ミナト君に話してよかった……。君のおかげで、僕も頑張れる。本当にありがとう」

 そう言いながら、涙を拭うをしてうつむいた慧介の邪悪な笑みに、ミナトは気がついていない。


「そうだ。明日、弟に会いに行くんだけど、ミナト君も一緒に来てくれないかな?」

「もちろんいいですけど……弟さんはどこにいるんですか?」

「それは明日のお楽しみだよ」

 そう言って顔を上げた慧介の瞳はどこかほの暗く、ミナトはゾッとした。

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