第5話 初めての戦い

「させないっす!」

 そう言いながらリツは、大鎌を振り下ろす。

 兄妹を貫く前に、棘を斬り落とされたテンシは絶叫する。捕食の邪魔をされ、腹を立てたテンシはリツを仕留めようと、全身の棘で彼女を狙う。

 目を見開くリツの前に舞い降りたは、全ての棘を大鎌で防いでいく。

「リッツー! 今の内に、そのコ達を避難させて!」

「了解っす! お二人はアタシに着いてきてください!」

 奈ノ禍は棘を細切れにしながら、リツに指示を出す。

 呆然としていたリツはハッと我に返り、すぐさま兄妹をライブハウスまで誘導する。最初は中に案内するつもりだったが、扉を開けるとめぐるが飛び出てくると考え、仕方なく路地に身を潜めてもらう。


 リツが奈ノ禍の元に戻ると、テンシの棘を丁度、全て斬り終えたところだった。

 テンシは彼岸花に似た羽を消費しながら棘を再生しつつ、身体を開いて今度は巨大な二つのハサミでリツと奈ノ禍に攻撃を仕掛ける。二人はそれぞれハサミを弾くが、リツはその反動で体勢を崩し、尻もちをついてしまう。

 奈ノ禍はリツを抱き上げると、テンシが口から放つ炎を避けながら、出来るだけ距離を取り、適当な建物の裏に隠れた。

「リッツー、怪我はない?」

「はい……助けてくれてありがと」

 弱々しく笑うリツの顔を、奈ノ禍は真剣な表情で覗き込み、口を開く。

「お礼なんていいよ。相棒なんだし、当然のコトをしただけ。それより、リッツー……絶対にあーしの傍を離れないでって言ったよね?」


 その言葉に、奈ノ禍との約束を早速、破ってしまった事に気がついたリツは素直に「ごめんなさい」と頭を下げた。シュンと肩を落とすリツの姿を見て、奈ノ禍は「その……責めてるワケじゃなくて……」と口ごもる。

「……契約を交わしたとは言え、リッツーはあくまであーしシニガミ族の能力を使えるようになっただけで、身体的な部分はヒトのままなの。シニガミ族同様、自分の体を浮かせるコトならできるケド、戦闘力は上がってないし、身体強化もされていない。脆い体で無茶なんてしたら、命がいくつあっても足りない。だから、一人で危険な場所に飛び込むような真似だけは、もう二度としないで」

 奈ノ禍はそっとリツの手を掴み、ゆっくりと言葉を紡いでいく。その手と声は微かに震えていて、表情もどこか苦しげで……リツは思わず、「奈ノ禍サン……?」と彼女の名前を呼んだ。その声にハッとした奈ノ禍は、いつもの調子でニコッと笑い、「ごめんね」とだけ小さく呟いた。


「よし! ほんじゃまぁ、あのテンシを二人でサクッと倒しちゃおっか! あーしが前に出て戦うからさ、リッツーにはをお願いしてもいいかな? 精神攻撃で動きを鈍らせてくれれば、あーしが連続でテンシを斬りつけて羽を全部、消費させるからさ★」

 先程までの暗い雰囲気を誤魔化すように、奈ノ禍は無理に明るく振る舞い、そんな提案をした。しかし、少し思うところがあったリツは首を縦には振らず、遠慮気味に手を上げる。

「あの……一つ提案があるっす! 奈ノ禍サンの歌とアタシのギターで、テンシの戦意を喪失させて、二人で両側から一気に翼を斬り落とすってのはどうっすか……?」

「う~ん……悪くない案だとは思うケド、できるだけリッツーをテンシに近づけさせたくないなぁ……」


 リツの提案に、奈ノ禍はやんわりとノーを突きつける。それでもリツは引き下がろうとはせずに、「でも!」と声を上げる。

「このゲームの参加者はあくまで人間なんすよね? それなのに、アタシだけ相棒の奈ノ禍サンに頼りっきりなのはズルいと思うんすよ。もちろん、さっきみたいなことはもう絶対にしないっす! だからどうかアタシを信じて、戦ってくれないっすか……?」

 揺るがない強い想いを込めた瞳と目が合った瞬間、リツの姿が別の少女とダブり、奈ノ禍は唇を噛みしめてうつむく。

「……分かった。リッツーを信じて戦う……その代わり、絶対に死なないで……」

 奈ノ禍は少し考えた後に、リツの意思を尊重する道を選んだ。ゆえに顔を上げ、真っすぐリツの目を見つめ、想いを口にした。祈るような彼女の言葉に、リツは力強く頷き、奈ノ禍の手をぎゅっと握る。

「奈ノ禍サン、ありがと。何があっても、アタシは死なないって約束するっす」

 リツは奈ノ禍を安心させたくて、ふわりと優しく微笑んだ。その表情も別の少女と重なり、奈ノ禍は泣きそうになるが、涙をグッとこらえてとびっきりの笑顔を返した。






 ギターでの演奏が始まったのと、回復を終えたテンシの元に大鎌が飛んできたのは、ほぼ同時だった。

 大鎌はテンシの右側の棘を数本、削り落とすと、ライブハウスの上に立つの手に戻る。彼女の隣には、アコースティックギターを奏でるリツの姿があった。

 大鎌をマイクに変えた奈ノ禍は、リツの演奏に合わせて歌う。二人の想いが乗った、美しくもどこか儚い歌声と激しく力強いギターの音色に、テンシの心は徐々にむしばまれていく。テンシがリツと奈ノ禍に抱いていた食欲と敵意は、彼女達の演奏と歌によって奪われ、脱力したようにへたり込む。それを確認したリツと奈ノ禍は互いの目を見て、頷き合うと、共にライブハウスからテンシ目掛けて飛び降りる。


 テンシの間合いギリギリまで演奏し、歌っていたリツと奈ノ禍は瞬時に、ギターとマイクを大鎌に変形させた。彼岸花のような真っ赤な翼の根元に刃が入ると、二人は同時に力を込める。斬り落とされた羽は、赤から茶色、黒へと変化した後に、すぅと消滅していく。

 わずかに残っている羽を見逃さなかった奈ノ禍は、テンシの体に大鎌を突き刺す。テンシはうめき声をらし、全ての羽を使い切ると、ピタリと動きを止めた。それでも奈ノ禍は警戒したままリツを抱きかかえると、テンシから距離を取って様子を見る。


 翼を失ったテンシの体は徐々に崩れていき、ドロッとした残骸へと変わり果てた。その中を覗き込んだ奈ノ禍は、赤いビー玉のようなものを拾い上げ、それをリツに見せる。

「これは“テンシの種”って呼ばれてる、ヒト族で言うところの心臓みたいなモノだよ。今後のゲームで必要になってくるアイテムだから、なくさないように持っててね」

「了解っす!」

 奈ノ禍からテンシの種を受け取ったリツは、それをセーラー服のポケットに入れる。

「ほんじゃまぁ、めぐるっち達のとこに行こっか★」

「はいっす!」

 奈ノ禍の言葉にリツはうなずき、二人並んでライブハウスへ足を進めた。

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