第14話 幽霊がこの世に留まる理由が悲しすぎる

「シクシク」


 どこからともなく、すすり泣く声が聞こえてきた。おそらく、アンデッドを討伐しに来た冒険者たちを撃退した悪霊の声だろう。


 冒険者たちは迷宮の10階層で目撃したと言っていたらしいが、ここは迷宮の5階層だ。地上に近づいていることになる。万が一町に出られたら何をしてくるか分からない以上、ここで仕留めなければ。


 僕はゆっくりと、しかし確実に悪霊へと歩み寄る。音を立てないよう、すり足でだ。


「うっうう……。ふええええ」


 聖属性を帯びたショートソードで切りつけようとした刹那、僕は攻撃するのを止めてしまう。そして――。


「大丈夫か?」


 思わず悪霊に声をかけてしまった。悪霊は僕が思っていたものとは違っていたからだ。


 年齢は10代前半くらいだろうか。普通ゴースト系統の魔物は白いもやのような見た目で、足がないことも多いのに、僕の目の前にいる悪霊はぱっと見は普通の人に見える。


 高位だったり、現世に未練を残していたるする場合、ゴースト系統の魔物は人に近い姿をしていることもあると聞く。なのでもしかしたら、この悪霊と意思疎通ができるかもしれない。


 そう感じて思わず声をかけてしまった。もちろん、それだけが理由じゃない。悪霊は涙を流しながら、必死の形相でなにかを探しているように見えたのだ。


 僕には、彼女が話に聞いていたような悪霊だとは思えない。


「グスグス。どなた?」


 泣きはらして目元が赤くなった顔をこちらに向けて来る。ゴーストでも泣けば顔が赤くなるんだな。


「僕はラース。冒険者だよ」


 途端に彼女の顔つきは険しくなった。


「じゃあ、あなたも私を浄化させに来たの? あの人たちみたいに」


 あの人たちというのは、おそらく迷宮を発見した冒険者のことだろう。仲間だと思われたら襲い掛かってくるかもしれない。


「いいや、僕は偶然ここの迷宮を見つけてね。なにか目ぼしいものがないか見に来ただけだよ。そうしたらここで君が凄い悲しそうな顔で泣いていたからさ。声をかけたんだ」


 うそをつくのは良心が痛む。けれど仕方がない。


「そうだったの。ねぇ、あなた目ぼしい物がないか捜し歩いていたんでしょう? なら、青っぽい宝石のはめ込まれた指輪を見かけなかったかしら?」


「ごめん、見ていないな」


「そう」


 悪霊は落ち込む。これは間違いない。彼女は現世に未練が残っていてさまよっているタイプの幽霊だ。だから、その未練を解決してやれば、戦うことなく彼女を成仏させてやれるかもしれない。


 もちろん、普通に倒してしまったほうが早いのは分かっている。けれど、未練を残した幽霊を生者の都合だけで強制的に浄化させてしまうのもどうなのだろうと感じてしまう。


 少なくとも、僕はあまりそういうことをしたくない。


「僕の方からも質問して良い?」


「どうぞ」


「君はさっき、あの人たちみたいに僕が君を浄化しに来たのかと聞いてきたよね。あの人たちというのは、もしかして冒険者のことか?」


「そうよ。いきなり近づいて来たと思ったら攻撃してきたの。だから返り討ちにしてやったわ」


「僕も一応冒険者なのだけど、攻撃しなくて良いの?」


「ふふふ。自分を攻撃しなくて良いのかなんて、面白いことを言うのね。別に私は人を恨んでなんかいないもの。そちらから襲ってこない限りなにもしないわよ」


「君は悪霊ってわけじゃあなさそうだな。なら、どうしてここに居るんだい?」


 高位の幽霊ともなれば、現世にとどまる強い理由があるはずだ。


「さっきも言ったでしょう。指輪を探しているの」


「泣きながら探していたようだけど、そんなに大切なものなんだな」


「ええ。凄く大切なものなのよ。正確には、指輪というより、指輪をはめているはずの恋人を探しているの。もちろん彼は死んでるわ」


 僕は詳しい話を聞くことにした。彼女の名前はミーシャといい、トロンの近くにある小さな村で生まれた。人口の少ない村に働く場所などなく、彼女はトロンにやってきて、商店の従業員として働く。


 そんな中、彼女は料理人の恋人と付き合い、指輪を貰ったらしい。しかし、そんな中で黒死病が流行る。


 運の悪いことに恋人が運営する店の常連たちが最初に黒死病に罹った上、初めは黒死病が疫病だと気づかず、恋人が料理に毒を入れたと勘違いされ、彼は処刑されてしまう。


 しかし、その後に黒死病が疫病だと分かったものの、既に恋人はこの世にいない。ミーシャはショックでふさぎ込むようになり、彼女自身も黒死病で命を落とすことになった。


「その後、私はこの迷宮で目が覚めたの。といっても、幽霊の姿でね。そこで私は恋人の亡骸が入れられた棺も見つけたのだけれど、中をのぞいたら空っぽだったのよ! それで彼の遺体と指輪をこうして探し始めたの」


「なるほどな」


 思った以上に壮絶な話を聞かされ、僕の中でなんとかしたいという思いが強くなる。


「良ければ一緒に探さないか?」


「本当に!? あなたには特にメリットはないと思うのだけれど」


 ミーシャが成仏することで、僕の緊急依頼が達成されるというメリットはあるけれど、それに関しては言わずに黙っておく。


「気にしないで。あてもなく探すだけじゃあらちが明かないし、ある程度目星を付けて、その部分を重点的に探そうか。思ったんだけどさ、その恋人はアンデッドになっている可能性もあるんじゃないかな」

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