「個体番号を落とした」(ワードパレット作品)

伊野尾ちもず

とある研究所の光景

「この個体もほぼ全ての歯が犬歯か」

「えぇ」

 白衣の女性の呟きに、助手らしき男性が諦めたような肯定の声を返す。彼らの前には薬で眠らされた黒光りする小型の獣がおり、口元には恐ろしげな牙が鋭く光っていた。

「クァカ博士、協力先の研究所がもう手を引きたいと言っています。これ以上規律の無視は」

 強張った顔で言う助手の言葉にわかっていると手を振る博士。ぼんやりと天井を見つめた彼女は長い溜息をついた。

「友好の証として彼の国と秘密裏に交換した生物の受精卵だったんだがなぁ……」

 聞いていた話と全く違う、と彼女はうめいた。

「『仕事を覚える家畜として優秀であり、実験動物としても有用。愛玩動物にもなる』となぁ?実際はどうだ」

 彼らの視線の先には壁一面強化ガラス張りになった飼育室があった。部屋に戻したあの獣の背を見ながら、博士は傷だらけの手で頬杖をつく。

「耳は顔の3分の1、目もおよそ3分の1。顔のバランスからして悪すぎる。歯は剣山の如く、爪は死神の鎌の如く鋭い。我々は何度も負傷しているだろう?あれは極めて攻撃的な武器だ。性格も自己中心的で可愛げがない。成獣になればマシになるかと思えば酷くなるばかりだ。一般ウケの狙えんこいつらじゃぁ、特例でねじ込んだ計画は失敗だな。彼の国の住人が物好きなだけだ」

「彼の国の説明では、この獣は有用なる武器にもなると」

「あの小型サイズに武器も何もあるか。生物兵器にするにはもっと大きいか極小にすべきだな」

 頭のツボ押しをしながら唸る博士に心配そうな助手が顔を覗き込む。

「何か飲みますか?」

「激熱で頼む」

 助手がホットドリンクを持って戻ってくると博士は早速一口飲んで机の上で伸びた。

「助手くん、君は長官になんと説明する?」

「わかりません。ですが、国際問題にならない事を願います」

「……そうだな」

 今度は思いきり海老反って背中を伸ばす博士。

「研究中止となると、この生物たちをどうするかが厄介だな」

 たくさんのその獣が入っている飼育室を見ながら博士と助手は再度溜息をついた。



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