キャラクターに「アピール」はあるか?

 キャラクターに「アピール」はあるだろうか?


 ここで言うアピールは、訴えるものという意味だ。


 性的なアピール、可愛らしいもの、それらのアピールとはまた違う。


 かわいい猫ちゃんだけでなく、醜悪な悪役にもアピールが必要だ。

 

 アピールとは人目を引き着ける性質であり、性格のデザインと明瞭さ、読み手に訴えかける力を持ち、次のページを捲りたいという吸引力を指す。


 何でもいい。一冊の小説を本棚から取り出して、ランダムにページを開いて欲しい。無作為に開いても、次を読みたいと思えるお話になってないか?


 きっとそういうお話は、このキャラクターのアピールが巧みなはずだ。


 そこに人を引き付けるものがあるのだ。


 例えば、人間を滅ぼす勇者「ヘルク」のようなヒロイックだが悪役としての側面も持つキャラクターはどうだ? 勇者なのに人間を滅ぼすと宣言し、魔族たちのヒーローになる。最初のつかみでもう、ページをめくらずにはいられない。


 幼女戦記の主人公の「ターニャ」はどうだ? 悪党で「無能」に対しては極端なまでに無慈悲だが、彼女の予測不能な嗜虐に対して、次を見たいというアピールがあるはずだ。


 醜悪な悪党は、一時的に視線を捉えはする。

 だが、それだけで終わったらどうだ?


 キャラクター像を深めること、状況に結びつけることができなかったら?

 ただの通り魔を魅力的には思えない。


 急に包丁を振り回す人物が現れたら、確かに衝撃的だ。

 しかしそれだけでは、ストーリー全体を盛り上げることは出来ない。



 まず小説には、メインキャラクターが二人いるはずだ。


 ヒーローと、悪役だ。

 ヒーローはヒーローらしく、悪役は悪役らしい心理をデザインし、その動作を作らねばならない。これを意識して行うことで、両者は魅力的になっていく。


 ヒーローと悪役のメインキャラクターに魅力があると、作品にも魅力が出てくる。それは彼らが作品の「顔」になるからだ。


 主人公である「ヒーロー」は言うまでもなく重要だ。

 しかし、それを同じくらい「悪役」も重要だ。


 なぜか?

 物語の最初で主人公をその人生のどん底へ突き落とすのは誰だ?

 「悪役」だ。「悪役」は物語の原動力そのものになっている。


 この「悪役」が倒されて、公正な世界が生まれるから、読み手は物語の紡がれた小説のページをめくるのだ。


 動作や性格を作って、実際に動かしてみて、面白く感じるのは、やはり悪役だ。

 悪役が物語を動かす原動力になっているというのは、作品世界に対する影響力を強く持っている事を意味しているし、欲望が強いと、活き活きとして見える。


 苛烈、陰険、悲劇的、滑稽、色々な悪役が居るが、たいていの悪役は、普通とは違う、かなり強烈な個性をもっているものだ。


 物語が完成する前から、悪役がストーリーで果たす役割は分かっているし、観客にどんな印象を与えるべきかも、君はわかっているはずだ。


 ではヒーローと悪役は、それぞれどういったアピールをもたせるべきだろう?


 端的に説明すれば、この様になる。

「ヒーローは悪役に見えてはいけないし、悪役はヒーローに見えてはいけない」

 ひとまずは、これでいい。


 注意したいのが、複雑なキャラクター像を作らない方が良いということだ。むしろ「こんなものでいいのか?」と思うくらいに、単純なキャラにしよう。


 キャラクターが他のキャラクターや、状況、環境に接触した際のリアクションで複雑さを出すほうが、動かしやすいはずだし、読み手にも自然に感じられる。

 あまり複雑な性格にすると、ページによっては「別人」に見えてしまう。


 さて、ヒーローは何によってヒーローたりえるのか?

 実に哲学的だ。


 もっともわかりやすいヒーローは、アンパンマンだ。

 自己犠牲で他人の腹を満たし、自分は顔を欠けさせる。

 海外ではカニバリズムでは?! なんて解釈されるが、ヒーローだ。たぶん。


 ともかく、基本的な考えとしては、読み手が「なりたい人物」がヒーローだ。

 あるいは、現実に「居て欲しい人物」でもいい。


 しかし時代や文化、宗教によって、ヒーロー像というのは変化する。

 ファシズムが力を持っていた時代は明らかに提示されるヒーロー像が今とは違っていたし、資本主義社会、情報化社会でも異なってきている。


 今日では「フォロワーの多い人物」が「なりたい人物」つまりヒーローとなっているのを否定することは、すこし難しい。


 しかし、正論で物申したら、フォロワーが増えたぜ! なんか知らんが総理大臣になったぜ! というなろう小説を今までに見た記憶がないので、私にはこれがヒーローなのかどうかがわからない。もし存在していたら、ぜひ教えて欲しい。



 では翻って、悪役は何によって悪役たりえるのだろう?


 ヒーローの逆で、「なりたくない人物」が悪役だ。

 現実に「居てほしくない人物」といった方がしっくり来るかもしれない。


 悪役像は人それぞれだろう。


 ・性善説に基づいたシステムを不正に利用する者

 ・独裁者、ブラック企業の経営者

 ・コンビニで店員に当たり散らす客

 

 悪役とは多くの場合、社会的に許されない行為を行う。

 悪役の行為を許容すると、社会自体の信用や機能が失われてしまう。


 しかし難しいのが、不快なだけではダメだということだ。


 独裁者がユートピアの実現を目指していたら?


 コンビニで当たり散らしている客が、家にいて熱を出している子供のために、急いで熱冷ましに使える商品を探していたら?


 システムの不正利用者が、その不当に得た利益を、募金に使おうとしていたら?


 悪とは誰かにとっての正義というポイントを抑えると、その悪役の顛末を見たくなるものだ。しかしこの誰かにとっての正義には、ちゃんとツッコミどころを用意すること。悪役をヒーローにしてはいけない。


 悪役はあくまでも悪役だ。


 さて、繰り返しになるが、再度聞こう。

 今君が書いているお話、それに出てくるキャラクターを思い浮かべて欲しい。


 キャラクターに「次のページをめくらせる」だけの「アピール」はあるか?

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