第7話

 五郎は人生で初めて乗る汽車におっかなびっくりといった様子で席に着く。

 2人はいつでも闘えるように武器の入った袋を席に立てかけた。

 蒸気機関車がけたたましい音を上げて走り出し、複数駅過ぎたところで五郎は首を傾げる。

「なんで誰も乗ってこないんだ?」

 五郎の疑問を聞いた真紀は少し得意げに話し始めた。

「この辺はみんなお金がないからね、貨物輸送が主な事業で、人を運ぶことではほとんど設けられてないみたいよ」

「おぉ~、詳しいな」

 五郎が拍手をすると、マキは嬉しそうに笑った。

「仕事柄、人気のない場所を探さないといけないから」

 五郎にとって初めての汽車は随分と煩く、揺れるものだったが、人生の一生を過ごすと考えていた村を、こんなにもあっさりと離れることができるのだという事実に感動していた五郎には全く気にならなかった。

 村を出ようと考えたことは何度かあったが、出たところで生活の手立てがあるわけではない。学習性の無気力に陥っていたのかもしれないが、五郎には村を出るという単純な解決方法すら不可能であるように思えていた。

 彼にとっては小さな故郷の村こそが世界の全てであり、自信を閉じ込める監獄だったのだ。

 遠ざかって行く故郷を、五郎は飽きることなく窓から眺めていた。

 五郎の様子に呆れながらもマキは微笑む。

 しかし、複数駅過ぎても誰も乗ってこないことでマキの表情に警戒の色が差した。

「……変ね、人が少ないといってもここまで誰も乗ってこないなんて」

 二人は顔を見合わせると、武器を持って汽車の先頭まで走る。

 次の駅が近づいてきていた。五郎は窓から身を乗り出し、乗降場の様子を伺う。

 目を凝らして見えてきたのは、複数人の男たちと、鈍く光る長い銃身を複数本束ねた車輪に乗った兵器だった。

 五郎は銃を選ぶ際のカタログでその兵器を見たことがあった。名をガトリングガン、手回しの連射兵器で、1分間に何十発も撃つことのできる戦争用の兵器であった。

「ウソォ?」

 五郎は思わずそんな声を漏らした。

 最新鋭の兵器を運用できるほど城間組の資金力が豊富であるという事実に、今更ながら五郎は戦慄する。

「反対側から飛び降りましょう!」

「いや、間に合わない」

 五郎は袋の中からシャープス銃を取り出し、発火用の雷管をポーチから銃に取り付ける。

 後装式の役室には事前に弾薬が込められていた。

「あれを止める」

 五郎は窓を開け、縁に銃を固定する。

 汽車が減速を始め、五郎とガトリングガンの操作者と視線が合う。

「いたぞぉー!」

 誰かの掛け声とともにガトリングガンが回り始め、轟音とともに汽車の壁を穴だらけにし、窓ガラスを叩き割る。その弾幕は五郎の真横を通過しながら五郎に標準を合わせた。

 直後、五郎のライフルが火を噴く。

 50口径の大火力は空気抵抗を物ともせずに、ガトリングガンの操作者の頭を打ちぬいた。

 男が頭に大きな穴をあけて倒れる。五郎はライフルのレバーを下げて薬室を開け、銃弾を再装填するとレバーを上げ、使用済みの雷管を振るい落として雷管を入れ替える。

 金切り声を鳴らして止まる汽車に合わせ、五郎は身を乗り出しながら引き金を引いた。慌てて銃を撃ち返そうとした男が胸に大きな穴をあけてひっくり返る。

 その様子に目を奪われたヤクザたちは、タイミングを合わせて飛び出したマキの接近を許してしまった。

 抜刀し、手近な男の首をマキがはねるまでには十分な時間だった。血が噴水のように吹き出し、男たちの目を眩ませる。首を失った男の脇をすり抜けると、マキはさらに近くにいた男の胸を突き刺す。

 心臓を正確に貫いた刃は男の命を絶った。マキはまるで盾のように男を突き刺したまま足を進め、まだ存命の男たちと距離を詰めると、刺殺した男の体から太刀を抜き、その体を彼らに押し付けた。荒事には慣れている彼らも、即座に仲間を打つことはできなかった。

 その躊躇が新たな隙となる。マキは男たちの体を切り捨てる。まるで修羅のような形相でマキは太刀を振回し、その度に何かを切り裂く。

 声にならない悲鳴を上げながらも、マキから離れた位置にいたヤクザたちは死に物狂いで彼女に狙いをつける。彼らが持っていたのは銃身が切り詰められた散弾銃である。銃弾が広がるように改造された散弾銃は、マキでも避けることができないはずであった。

 しかし、その銃弾がマキに放たれることはなかった。

 ライフルを投げ捨てた五郎はホルスターから銃を抜き、彼のことなど眼中にないヤクザたちに向かって弾倉が空になるまで連射する。

 頭に吸い込まれた弾丸は、頭に黒い穴を残し男達を地面に寝かしつける。

 汽車の中に立ち込めた硝煙が晴れた後に残ったのは、血と肉の海であり、そこで動いているのは無傷の男女のみだった。

「また、助けてもらったみたいね」

 太刀を濡らす鮮血を振り払いながら、マキはバツが悪そうに呟く。

 そんなマキの様子を見て五郎はあきれ返った。

「よく今まで死ななかったな……。正気じゃないよ、こんなの」

「普段はこんな大人数とやりあわないの!

 カチコミはたいてい相手の屋敷だから、狭くて大量の銃を相手にする機会もないし。とにかく、普段はもっとうまくやるのよ」

 先ほどまでの鬼のような姿と打って変わり年相応のふるまいを見せる少女に五郎は笑った。

「な、なによ……」

「俺たち結構いいコンビだなと思って」

「あっそ」

 ふいと顔を背けたマキに親しみを感じた五郎だったが、鼻が曲がりそうなほどの強烈な血の香りに顔をしかめた。

 あたり一面に死体が転がっている中でほのぼのと会話をしていた事実に、五郎は自分が非日常にいることを改めて実感していた。これほどの死人を見たのは、銅山の落盤事故でベテランの坑夫達の多くが亡くなった時以来である。

 過酷な労働環境によって人の死に慣れている五郎でも、この死臭には吐き気を感じる様子であった。

「どうかした?」

「なんでもない。とにかく無事でよかった。

警察が来る前にここを離れよう」

 首を振って、五郎はマキに明るく振舞った。

 マキは殺戮が当然の世界で生きてきたのだから、五郎がそれに折れるわけにはいかない。

 この戦いが終わったとて、マキが普通の少女に戻ることはないだろう。殺戮こそがマキにとっての日常なのだから。

「……これが終わったら、どうしようか」

 駅の門をくぐりながら、あくまでも平坦な声で五郎はマキに尋ねる。

「私、ここまでたどり着けると思ってなかったから。特攻のつもりだったし」

 マキは少し考えこんだ後、五郎に笑いかけた。

「あなたと一緒に旅をするのもいいかもしれないわね」

「へ?」

「惚れたとか言ってたの、忘れてないわよ」

「あれは生き様の話であって恋愛的な話じゃないよ……」

「バカ、知ってるわよ。そうじゃなくて、私について来なさいってこと。

 だから死んでもいいとか言わずに一緒に生き延びるの。分かった?」

「頑張ってみるよ」

 悪くない返事ね、とマキは頷いた。

 背中を任せられる相手がいる。2人にとってこれは初めて経験だった。

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