2-6

 次の土曜日。いよいよ三人は動物園へとやってきていた。

 千歳の生理痛もすっかりよくなり、和洋も半強制的に参加させられたといった様子ではなく自分からプラン作成に参加していた。しかし千歳の方はなんとなく光に気を遣っているように見え、そして和洋の態度が先週からどこか違っていることに光はちょっと訝しんではいたが、単純に嬉しかった。

 時間的に亜弥たちを誘うこともできたが、千歳と和洋が三人で出かけたいと言ったことでみんなはそれではまた別の機会にと言ってくれた。翼は残念がったが、それでも楽しんできてねと言ってくれた。

 動物園で、ライオン(雄)が千歳に似ているとかモルモットが光に似ているとか羊が和洋に似ているとかで盛り上がり(和洋はやや不満げだった)、一通り見たあとカラオケに行った。カラオケで、千歳は演歌を、光はアニメソングを、和洋は洋楽を歌った。そのあとゲームセンターに行き小一時間楽しんだのち、三人はファミレスにやってきていた。

 充実した休日だった。千歳と光のはしゃぎように和洋はやや呆れていたが、それでも楽しいと感じていた。

「あー、今日はよかったなー。いいお天気で」

 食事が到着するまで三人は雑談していた。

「ほんとね。あっという間に春が終わっちゃうのってなんか寂しいね」

「ねー。でも夏休みもよかったらみんなで遊びまくりたいなあ。今度は石川たちも誘おう」

「そうだね! あー、なんか久々に遊んだって感じ」

「会長も楽しげにしていたようでなにより」

「まあ、楽しかったよ。丸一日遊ぶの久しぶりだったし」

 千歳もほっと息を吐いた。

「なんだその呼吸は」

 千歳が答える。

「予備校が大好きだったみたいだから、なんかめんどくさいこと言われたら張っ倒してやろうとずっと思ってたのよね」

「え、いや、あの……」

「でも会長もあんま無理しないでね」

「無理はしてない」和洋はコーヒーを飲む。「無理するぐらいなら断る」

 二人はにんまり笑った。

「萬屋くん、あなた結構いい人ね。思ってたよりマシだった」

「ど、どんなイメージだったの?」

「なんかいつも弱々しいなって」

「だ、だから」

「おれはなんか弱いのもあり寄りのありだけどねー」

「別に強くなきゃいけないってこともないんだけどね。弱さの種類によるってこと」

「ああ、まあなるほど」

「ちょ、ちょっと二人とも……」

 そこで光はちょっと立ち上がった。

「ごめん、ちょっとお手洗いに」

「はーい行ってらっしゃい」

 そして、光はトイレへと向かう。

 ––––用を足したのち、光は鏡を見た。

「……」

 どうしてそんなに普通にこだわるの。

「もし、具体的に説明できたら」

 誰にも聞こえない小声で、光は言う。

「みんな、傷ついちゃうんだろうな」

 君尋がいつも自分の思っていること考えていることを文章にしたりしないで頭の中で考える一方なのは––––わかってくれない人にわかってもらおうと思っていないから。わかってくれない人にわかってもらえなくても構わないと思っているから。

 それは知っている。

 そして結局、そう在る方が生きやすいのだろう。

 君尋の全てを知っているわけではないが、それでも、いまの自分と同じように、子どものころはいろいろなことがあったということは知っている。

 哀しいことや辛いことや、やりきれないこと。

 その果てが、いまの君尋。

 それでも自分は、諦めたくない、と思う。

 でも自分が諦めないで進んでいくことは、その分自分が傷つくということだ。

 みんな、自分の世界を守るために必死で、自分の作り上げてきた世界を正しいと信じるのに必死で––––だから、それが“実は間違っていた”ということを思い知らされたくない。だから、その世界の危機が訪れると、反撃に出てしまう––––。

 そんな話を、かつて君尋から聞いた。

 千歳も和洋も、なにか思うところがあるのだろう。特に和洋は先週の土曜日よりもなんとなく積極的だ。

 自分がなにかしたのかもしれないし、なにかを言ったのかもしれない。それは自分自身にとってはあまりにも“普通”なことで気づかないようなこと。それで彼らの態度が若干変化している。光にはそう映る。

 わかりやすい変化ではない。とてもわかりにくい変化である。だが光はその変化を見抜いていた。

 どうしてそんなに普通にこだわるの。

 乃梨子の声が頭の中でずっと反響し続けている。

「そりゃ、こだわるさ」

 また、独り言を言う。

「“普通”にしてなきゃ、攻撃されるんだもの」

 それでも、どうしても諦めたくない。

 改めて光は手を洗い、ペーパータオルで手を拭いたのち、鏡の中の自分に指差しをした。

「今日もよき日」

 やがて光はトイレから出ていく。

 千歳と和洋は二人で談笑していた。

 彼らに近づく中、ふと光は思う。

 この二人は、恋人同士になる可能性がある。

 少なくとも、この二人には、可能性がある。

 おれが、この三角形を維持している。

(それなら)

「あ。お帰り光くん」

「いやはや、食事中にすみませんねえ」

「ううん、普通普通。生理現象だもんね」

「そうね」

 光は席に座り、何事もないかのようにメロンソーダを飲む。

「ごはんまだかなあ」

「混んでるからな。もうちょいかかるかもしれないぞ」

「それなら三人でいればいいし、いいんじゃない?」

 三人でいれば、三人のままでいられる。

 だから、おれは––––。

 離れない。


 EPISODE:2

 Holidays!

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