2-3

「元気そうでよかったねー」

 二人はマンションを出て、帰路に着いていた。

「そうだな」

「明日は学校来れるって言ってたし、めでたしめでたし」

「そうだな」

「寝込んでたらどうしようってすごい心配だったー」

「そうだな」

「なんか萬屋くんって、つまんない男だね」

 恋しい人からの衝撃的な一言に和洋は目を剥いた。

「な、なんで?」

「そりゃそう思うよ。なに言ってもそうだなそうだなって。何の興味もなさそう」

「そ、そんなことないよ。特に言うべきことがないからそう言ってただけで、そのあの、不快にさせてたら、ごめん」

「ほんとなんか弱いよね」

 目の前にいる恋しい人が自分の心をどんどん抉ってくる。和洋は頭を垂れた。

 言い訳するように和洋は言った。

「男は、弱いんだよ」

「主語が大きくない?」

「いやあの、そういうんじゃなくて……」

「弱くても守ってあげようって気にならないんだもんな」

 どこか和洋は納得していた。確かに千歳のこの性格であれば好きな男のタイプもそんなに“男らしい”性格ではないのかもしれない、と、なんとなく思う。

 でも俺だって弱いんだから守って……と言いそうになった和洋は自分を止めた。いくらなんでもそれはみっともなさすぎる。

 結局、千歳は光のどこを気に入ったんだろう、と和洋は思う。亜弥たちはその件について聞かされたようだが、自分は聞いていない。いずれ聞いてみたいと思う一方で、それを聞くのはやや男らしくないのではないかとも思う。でも千歳からすれば自分はあんまり男らしい感じではないみたいだし、つまりちょうどいいのではないか、などと思考をぐるぐると巡らせていると、道の向こうから君尋が現れた。

「あれ?」

 君尋も二人に気づく。ちょっと小走りで君尋はやってきた。

「やあ。さっきはどうも」

「どうも。いま、帰りです」と、千歳。「元気そうでよかったです」

「うん。昨日の夜がピークだったみたいなんだ」と、君尋も安心している様子だった。「今朝になってだいぶ熱も下がってね」

「そうだったんですね」

「お見舞いに来てくれて、ほんとにありがとう」

 君尋は二人に頭を下げた。

「い、いえっ、こちらこそ」と、千歳も頭を下げる。「なんかいろいろ大変みたいで」

 ん? と、君尋は千歳を見る。まずい、勢い余って他人の個人的事情に首を突っ込んでしまった、と、千歳は反省した。

「俺のこと、光からなにか聞いた?」

「えーと」

「後見人だそうで」

 と、和洋が言った。千歳はややぎょっとした和洋を見る。その千歳の様子を見て、和洋は更に言った。

「でも、それぐらいで」

「そうか。そうなんだ」君尋は説明した。「あいつ、身寄りがなくてね。このままじゃ学校辞めなきゃいけなかったもんだから、だから、俺がなんとかできるならって思ってね」

「お友達、ですか?」

 千歳は少し突っ込んでみようと思った。

「アプリで知り合って」

「アプリ?」

「ゲイのマッチングアプリ」

 二人は意外そうな顔をした。

「じゃ、津山さんも」

「あれ、それは光から聞いてないの? うん、俺もゲイでね。いまは二丁目でバーやってて。あ、新宿二丁目ね。それでいま、スマホ忘れたことに気づいて急いで取りに来たんだ」

 この話を聞いて、なんとなく千歳は、ディープな大人の世界、という感想を抱いた。

 そして、“それはあまりよろしくない”という印象を抱いた自分を、千歳は反省した。

 “それ”は、光にそういう印象を抱くことと同じだ、と思って。

「そうだったんですね」気を取り直して千歳は言った。「ほんとに光くん、複雑な感じなんだなあ」

「そう見える?」

「なんとなくなんですけど。学校でも友達あんまりいないみたいだし」

 君尋は少し頭を抱えた。

「友達をいっぱい作れってずっと言ってるんだけどね。結局、三年生になっちゃった」

「それは、ゲイなのを隠すために埋没してる、みたいな?」

「まあそれもあるだろうけど……あいつもいろいろあってね」

 これ以上は本人に訊くことだ、と、千歳は思った。

 君尋は言った。

「これからも、光と仲良くしてやってください」

「は、はい!」

 即答する千歳を横目に和洋は呟いた。

「小学生じゃあるまいし……」

 瞬間、千歳にエルボーを喰らわされ、和洋は呻く。

 君尋は説明した。

「あいつ、朝は新聞配達で、夜は皿洗いの仕事してて、あんまり勉強する時間もなければ遊ぶ時間もなくて。だから、こんなことお願いするのもあれなんだけど、できればいろいろ付き合ってくれたらな、なんて」

 びっくりした。光がアルバイトをしているなんて初めて聞いた。そうか、だから成績があまりよくないのか、と、二人は理解した。そう逡巡しているとはわからず、自分にそう言われて戸惑っているといったように見えた君尋は続け様に言った。

「できればでいいんだ」

「萬屋くん、今度の土曜日は暇?」

 唐突に質問され、和洋は少しあたふたした。

「予備校があるけど」

「じゃ、それ休んで」

「は?」

「三人で出かけよう」

「ちょっと待ってくれ。俺、勉強しなきゃいけないんだぞ」

「部活やる暇はあるんでしょ」

「部活は、暇っていうんじゃなくて……」

「お願い」と、千歳は和洋の目をじっと見た。「お願いしますっ」

 好きな女の子が自分の目をまっすぐに見てお願いごとをしている。ときめく。とてもいい。だがそれはそれでいいとして、和洋としては、さっきの口撃とエルボーの方がちょっと快感だったかも……などと思い、心の中で頭をぶんぶんと振った。

 和洋は、答える。

「う、うん……」

 一日の遅れが、と、どうしても思ってしまう。しかしこう真剣な眼差しで願われてしまうと、了解するしかない。

 あるいは、了解したその方が自分にメリットがあるかも、と思い。

「おっけ。じゃ、また明日細かい予定を決めよう〜!」

 はしゃぐ千歳。戸惑う和洋。そして、いい友達ができてよかった、と、ほっとしている君尋だった。

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