呪いのビデオを再生した結果、VHS絶滅により行き場を失っていた悪霊からベタ惚れされた件

英 慈尊

出会い

 ――VHS。


 磁気テープに電気信号を記録することで映像の保存を可能とするこの記録媒体を、触れたことがないという若者は数多いだろう。

 他でもなく、この俺――浅川竜司もまた、そんなごくありふれた高校生の一人であった。

 ただし、つい先程までは、という注釈がつくが。


 今、俺の前には、十数本のカセットテープがズラリと並んでいる。

 なるほど、こうして並べてみると、DVDが普及するに連れて、この記録媒体が急激に廃れていったのも納得がいく。

 かさばるのだ。

 これを一本置くスペースで、その三倍から四倍近くものディスク媒体が保管できてしまう上に、そちらの方が画質はいいのだから、駆逐されてしまうのは当然と思えた。


 では、何故そんなかさばる媒体を、よりにもよってワンルームのアパートに持ち込んでいるのか……。

 その答えは、これが先日亡くなった祖父の残した遺品だからである。

 祖父は、お笑い番組を愛する男で、俺の生まれる前はビデオテープに、生まれた後はDVD等に、よく特番を録画していた。

 晩年、録画機能付きのテレビを購入し、俺がその使い方を教えてあげた時には、たいそう喜んでいたものである。


 目の前に並べたこれらは、そんな祖父が残したお宝コレクションの一部だ。

 そして、祖父にとってお宝であったのと同時に、俺にとってもお宝である。

 何故なら、俺もお笑い番組が好きだからだ。

 祖母と共に遺品を整理する際、蔵からこれを発見した俺は、処分するのが惜しいと考えた。

 考え込み、最終的に、データとして保存することを祖母に提案し、了承してもらえたのである。


「さすがはお爺ちゃんだ。

 どれも、几帳面に日付けと番組名が書かれている」


 テープに貼られたラベルを見ながら、在りし日の祖父を思い浮かべた。

 弁護士だっただけあり、厳格な人だったんだけど、お笑い番組を好きだったのはその反動だったのかな。

 ともかく、そんな祖父に感謝しながら、どれを最初に視聴するか考え始める。


 俺が今回、選んだデータ化の方式は、ビデオデッキとパソコンをビデオキャプチャーで接続し、再生された映像をそのまま取り込むという方式であった。

 祖父が残したコレクションを楽しく視聴しつつ、データ化して省スペース化も図れるという、一石二鳥の方式だ。


 逆に言うと、データ化するには視聴する――最低でも再生はする――必要があるわけで、最初の一本目をどうするかというのは、なかなか悩ましい問題であった。


「やっぱり、バカな殿様スペシャルにするか?

 いや、大爆笑も捨てがたいな」


 そんなことをつぶやきながら、カセットを眺めている内に、ふと気づいた。


「あれ?

 これだけラベルがないな」


 そう……。

 蔵から適当に持ち出したカセットの内、一本だけ……ラベルを貼られていない物があったのである。


「まあ、別に仕事で仕分けしてたわけでもないしな」


 そうつぶやいて、納得した。

 それに、逆に言うと持ち主である祖父のみは、ラベルが貼られていないことで、かえってカセットの中身が分かりやすくなっているのだ。

 並べた際、ラベルが貼られていなければ一目瞭然だからな。

 俺自身、蔵から持ち出す際に意識していれば、気づいていたに違いない。


「何にせよ、見てみれば分かるか!」


 そう言って、カセットをビデオデッキにセットする。

 これもまた、蔵に保管されていた品で、動作確認は済ませてあった。

 パソコンも起動し、ダビングの準備はOKだ。

 コーラとポテチも用意し、いざ、再生&データ化に挑む。


 待つこと、しばし……。

 モニターに、ビデオの映像が流れ始めた。

 流れ始めて、違和感に気づく。


「これ、お笑い番組じゃないのか……?」


 そうなのである。

 モニターに映されたのは、古い――そう、時代劇に出てくるような古びた井戸だ。

 どこか、森の中にでもあるのだろうか?

 井戸の他には、何も映し出されない。


「まあ、これがフリってこともあり得るしな」


 自分を納得させながら、コーラを一口味わう。

 そうしていると、画面に変化が起きた。


 井戸の中から、手が出てきたのである。

 それは、まるで枯れ木のように細く、それでいて、青白い。

 およそ、生きている人間のそれとは思えない手であった。


「何だ……?」


 見守っていると、手が井戸の縁を掴み、そこから下……残る全身も這い出してきた。


「女……?」


 そう、井戸から這い出してきたのは女である。

 長い黒髪は、足元にまで達しており……。

 白いワンピースを着ているのが、印象的だ。

 そのような格好であるから、手足は露出しているのだが、それらは、やはり枯れ果てた細さであり、生類のものと思えぬ青白さである。


「あ……あ……」


 もはや、うめくことしかできない。

 まるで、金縛りにあったかのように……。

 俺の体は、いつの間にか言うことを聞かなくなっていた。

 ただ、画面を注視することしかできず、まばたきをすることすらかなわないのである。


 そうしていると、ゆっくり……ゆっくりと、女がこちらに向かって歩んできた。

 それで、俺は直感する。

 これは、お笑い番組の録画などではない。

 どころか、おそらくはこの世の映像を映し出したものですらない。

 もっと恐ろしく、決して触れてはいけない何かへと通じている映像なのだ。


 その証拠に、見るがいい……。

 ついに画面の目前まで来た女の手が、モニターから――ああ、信じられない――飛び出してきたではないか。


 モニターから出てきたのは、手だけではない。

 肩から、頭……。

 頭から、胴体……。

 ついには、全身全てがモニターから這い出し、俺の前で立ち上がったのである。


 ――はっ、はっ。


 自分自身の息遣いが、はっきりと聞こえた。

 もはや、声を漏らすことすらできない。

 一体、このビデオは何なのか?

 映像内の井戸から抜け出し、今、目の前に現出しているこの女は何なのか?

 何も分からない。

 ただ、一つだけ分かることがあった。

 俺は今夜、ここで――。


「――ありがとう!

 ビデオを再生してくれて! 出してくれて!

 本当にありがとう!」


 謎の女が、感極まった声で叫びながら、俺に抱きつく。


「……はあ?」


 あ、動けるようになった。




--




 数日後……。


「お前、最近、付き合い悪くないか?

 ちょっとくらい、寄り道したってバチは当たらないだろ」


「悪いな」


 友人の誘いを断った俺は、一路、アパートへの道を急ぐ。

 そうして、開け放ったドアの先で待っていたのは……。


「竜司! おかえりなさい!」


 誰もが、そうと認めるほどの美少女だった。

 艷やかな黒髪は、腰の辺りで切り揃えた結果、日本人形のように貞淑な美しさを付与しており……。

 人懐っこい笑顔は、あんな古井戸の底から這い出してきたのが信じられないほどである。

 手足も細くはあるものの、枯れ木と呼べるほどではなくなり、青白かった肌も血色を取り戻していた。


 着ているワンピースこそ、そのままだが……いや、だからこそ、彼女の変貌ぶりを如実に感じられる。


 彼女の名は――てい子。

 俺が再生したテープ……呪いのビデオに封じられていた、悪霊だ。

 いや、元悪霊というのが正確か。

 俺が再生したことにより、ビデオテープから脱する機会を得た彼女は、今や完全に呪いと決別していた。

 顔色が良くなったりなどの変化は、それによってもたらされたものらしい。


「まず、ご飯にする?

 それとも、お風呂にする?」


 さあ、何から話そうか……。

 ともかく、これは、呪いのビデオを再生した結果、VHS絶滅により行き場を失っていた悪霊からベタ惚れされた話だ。

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