第3話 異世界

 道中、俺に質問をさせないようにするためか、ハンさんからたわいもない話を立て続けにされながらも、最初の調書所に戻ってくることが出来た。


「外から見ても、この豪邸はすごいですね。これを勝手に建てたとなると、周りの人から何か言われそうな気もするんですけど…………」


 ここを出た時は、ハンさんが俺を置いてすぐに進んでしまったからじっくりと建物を見る事が出来なかったけど、今改めて見上げると本当に大きい。


 縦に長く、デザインは洋風。異世界の建物のような、異質な雰囲気を醸し出している。周りがまだ暗いから、室内を灯している光が窓から外に漏れていた。


「早く中に入るぞ」

「…………はい」


 扉を潜り、ハンさんの後ろをついて行き中に入った。


「適当な所に座り待っておれ」と言われたから、俺が寝ていたベットに腰を下ろす。

 ハンさんは、部屋の奥に姿を消してしまって、何をしているのかわからない。


 何かを取りに行ったのかな。持ち物とかを置きに行ったとしても、手ぶらだったしなぁ。


「はぁ……」


 …………俺は、何者になったのだろうか。さっきのハンさんの言い方的に、俺は人間ではなくなったと考えていいだろう。


 でも、なら何になったのだろうか。一体、今の俺は何者なんだ。過去の自分が何者だったかもわからないというのに。


 自身の手を見つめても、人間の手で何も変わらない。


 あ、そういえば、ハンさんの爪は少し尖っていたな。でも、あまり気にならなかったし、角さえ隠せば普通に人間みたいな見た目だよね、ハンさん。


「あまり深く考えない方がいいぞ」

「考えさせているのは誰なんですか……」

「もしかして、わらわとでも言いたいのかのぉ?」

「他に誰がいるんですか」

「そうか、主は童を疑うか……」


 顎に手を当て、天井を仰ぐハンさん。


 俺の立場で物事を一度考えて欲しいな、そうすれば俺の今の気持ちが少しは理解できると思う。


 そもそも、なんでも知っていそうな人が目の前にいて、でも何も教えてくれない状況だったら、俺じゃなくてもハンさんを疑うと思うんだけど。

 それが例えハンさんじゃなかったとしても、おそらく俺は疑っています。


「────なら、少しだけ真実を伝えようかのぉ」

「あ、やっと教えて貰えっ──……」



 ────ポスン



「…………は?」



 俺は今、なぜか背中をベットに預け仰向けに倒された。その上に、俺の動きを封じるように跨いでいるハンさん。

 顔の両側にハンさんの両手、目の前には左右非対称の瞳。その瞳には、俺の困惑した顔が映る。


「一つだけ教えるぞ、しっかりと聞くんじゃ」

「……………」


 このままの態勢でが無し出すんですか? 集中できないのですが……。


「主は今、生死をさ迷っておる状態じゃ。今ここにいる主は、魂そのもの。実態ではない」

「…………………は?」


 え、は? 何を言っているんだこの鬼。意味がわかんない。


 今の俺が魂? それじゃ、本体はどこにいるというんだ。というか、生死をさまよっているってどういうことだ。

 俺は死んだということか? いや、生死をさまよっているという表現をしているのなら、死んではいないはず。


 事故か何かに巻き込まれ、眠っているという事か?


「ここは主が居た世界とは、別次元に位置する場所。異世界と呼べば、わかりやすいじゃろか」

「異世界…………」


 それじゃ、ここは黄泉の世界という訳ではないのか。


「前にも伝えたが、戻りたければ戻ることは可能じゃ。じゃから、本当に安心せい」

「俺は、貴方によってこの世界に連れて来られたんですか?」

「肯定しようかのぉ、どうしようかのぉ。どっちが良いかのぉ?」

「知るか」

「冷たいのぉ。もう少し童の遊びに付き合ってほしいのじゃよぉ」

「ひとまず、どけてくれませんか? なんで俺は押し倒されているんですか」

「この方が落ち着いて話せるじゃろ? 童が」

「俺は落ち着けないので、早くどけてください」

「仕方がないのぉ」


 やっと避けてくれた。体を起こし、さっきの話を再確認するためもう一度この部屋を見回してみる。


 異世界と呼ばれても特に違和感がないんだよなぁ、現実味がないから。

 これは俺の夢なのではないかとも考えてしまうくらい、本当に現実味がない。いっそ、夢であってほしいとも思ってしまう。


「……………………」

「わかってますよ、夢ではなく現実だと言いたいんですよね。目で訴えるのも禁止です」

「童、禁止事項が増えすぎてないか?」

「人の心を読まなければ問題ないと思います」

「読んでしまうのじゃ、仕方なかろう」

「はいはい」


 俺がこの鬼によってこの世界に連れてこられたのは間違いないだろう。でも、目的はなんだ、何のために俺はここに呼ばれた。


 ……………………確実に、さっきの散歩はただの散歩じゃない。偵察的な感じかな、あの武士達が何かを企んでいるとか? それを止めるため、協力させようと俺をこの世界に連れてきたわけじゃないよな。


「あ、そういえば」

「何じゃ?」

「俺が帰ろうと思っていたら帰れるんですよね? 帰らせてください」

「今は無理じゃ」

「なんでですか?」

「今の童には無理なんじゃよ。この世界で共に時を過ごし、時を待つのしかない。焦る必要はなかろう」

「はぁ…………」


 俺はこれからどんな生活を送ることになるのか、今から不安だ。

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