無くなった記憶の真相

第2話 疑い

 無理やり外に連れ出された俺は今、江戸の町みたいな。長屋が続いている道を歩いていた。


「ハンさん、今どこに向かっているんですか」

「散歩じゃぞ。今の時間帯しか童は外を出歩くことが出来ないんじゃ、少しだけでも付き合ってもらえると嬉しいぞ」

「なにもわからない俺にそれを言いますか。って、なんでこの時間帯しか出歩けないんですか?」


 今はおそらく深夜。綺麗な満月が星のちりばめられている夜空に浮かんでいる。


 深夜帯ということは、普段の俺なら多分寝てる……よな? でも、なんでか分からないけど、睡魔とかは襲ってこない。

 さっきまで寝ていたからだろうか。いや、もしかした九時くらいの可能性もあるのか。それなら、眠くならないのも無理は無い。


「童は人見知りじゃから、人が多いと怖いのじゃよ」

「嘘つけ、この鬼が…………」

「口が悪くなったのぉ。その調子で、どんどん慣れてくれると嬉しいのぉ」

「はぁ…………」


 この人の言葉、全てが嘘で、全てが本当。そんな気がするから、言葉一つ一つ聞き逃せない。


「そんなに神経使うことないのにのぉ」

「読むのはいいので。せめて、俺が口から出した言葉にのみ返答してください」

「おっと、そうであったな、すまんのぉ。癖なんじゃ、許してほしい」

「別にいいんですが…………」


 癖になるほど、人の心中を普段から読んでいるってことだよな……。


 ため息を吐きながら、周りを見回すと、何となく違和感を感じた。


 俺達が今歩いている長屋には人っ子一人いない。気配すら感じない。


 こんなに人がいないのはどうなんだろうか。いや、時間帯的にはみな寝ているから人がいないのは当たり前か。

 でも、なんか。静かすぎるような気がする、怪しいというか。


「……………………」

「え、なんで見られているんですか、俺」

「主の美しい顔に見惚れていたんじゃよ」

「何言ってんだかこの鬼は」

「酷いのぉ」


 俺なんてその辺にいるただの学生だよ。黒髪黒目のただの学生。

 というか、そんなこと絶対に思っていないし、思っているような瞳じゃなかった。鋭い瞳をしていたような気がしたけど、何かあったのだろうか。


 もしかして俺、何かを企んでいると疑われたのか? いや、心を読めるんだから事前に止める事は可能のはず。警戒されなくてもいいだろ、俺。


「……………………ふむ、こっちじゃ」

「え、わっ!!!」


 いきなり腕を掴まれ、走り出すハンさん。


 足が速い!! 置いて行かれないようにするので精一杯だ。


「跳ぶぞ」

「え」

「安心せい、何も考えずに童と同じ瞬間に跳ぶのじゃ」


 そんなこと急に言われても!!


くぞ」


 っ! くそっ、やるしかないのかよ!!


 突然、道筋に走り出していたハンさんが曲がり、長屋に向かって走る。タイミングを合わせるため、ハンさんの足元を見続け、ずれないように跳んだ。


「―――――え」


 一跳びで屋根にたどり着いた? 嘘だろ?



 ―――――カラン



「ここなら見つからんじゃろ。あまり大きな声で話すんじゃないぞ」

「…………足が、震えて立てない…………」

「む?」


 いや、”む?”ではないです。いきなり走らされ、あんなに高く跳ばされ。怖かったんですよ、当たり前のように話を進めないでください。マジで怖かったんですが…………。


「そうか、こんなこと。普通の人間だった頃は出来んかったか」

「当たり前です。…………ん? 人間だったころ?」

「ほれ、下を見てみぃ」

「え?」


 今、わざとらしく話を逸らされた様な気がしたんだけど……。


 ハンさんは手に煙管を持ちながら下を覗き込んでいる。俺も足音を出さないように気を付けながら、彼女の隣に移動し下を覗き込んでみた。


「あれって…………」

「静かにしぃや、気づかれる」


 下には二人の男性。腰に刀を差し、何かを話している。

 武士のような佇まいで、耳打ちをしていた。


 周りの人に知られてはいけない事でも話しているのだろうか。

 耳を澄ませても、当たり前だが二人の会話は聞こえない。


 もっと体を乗り出せば聞こえるだろうか。でも、落ちたら怖いし…………。


 隣を横目で見てみると、真剣な表情で下にいる二人を見下ろしているハンさんの姿。

 なにか考えているみたいだけど、何を考えているんだ?


 あ、下にいる人達が動き出した。ここから移動するみたい、追いかけるのかなぁ。


「…………行ったみたいじゃのぉ。ちなみに、追いかけないぞ。これは答えても良いじゃろ?」

「あ、はい。ありがとうございます。あの、何かあったんですか?」

「今は何もないから気にせんでええぞ」

「でも…………」

「”今は”じゃ。嫌でも今後わかる、今から頭を使っておると、そのうちまた倒れるぞい」


 そうかもしれないけど…………。なんか、この鬼が真剣な顔で見ていたのが気がかりなんだよ。話す時、いつもふざけているから。


「………………………………」

「目で訴えようとするのやめてください」

「口に出さんから、こちらも何も言えんのじゃ」

「切実に守っている訳ですか、アリガトウゴザイマス。目で訴えてきても同じなような気がするんですけどね」

「文句は言ってやりたいのじゃ。童はふざけてなどおらん」

「すいませんでした」


 拗ねてしまった。勝手に心の中を読んだのはハンさんなのに、なんで俺が怒られないといけないのだろうか。


「まぁ良い。今日はここらへんで帰るとしよう」

「結局、何しに来たんですか」

「散歩じゃよ」


「よっ」っと、ハンさんが屋根から地面に降りた。


「はやくこーい」と下から呼ばれているんだけど、俺も跳ばないといけないのか。確かに、跳べない距離ではないとは思うんだけど、なんとなく怖い距離でもある。足、グキッとなりそう。


「早く来るんじゃ」

「わかっているけど…………」

「怖くないぞ。今の主は、身体能力はそこら辺の人間とは違う。そうそう怪我はせん、安心して跳ぶがよい」


 確かに、こんな長屋の屋根にひとっ飛びだもんな。普通の身体能力なわけないか。



 ……………………えい



 勇気をもって飛んでみた。



 ――――ダンッ!!



「……………………足、痛くない。痺れもしない」

「じゃから言ったじゃろ。主の身体はそこらへんにおる人間とは違うんじゃ、こういうことは余裕で出来んと困る」

「そのようなこと、事前に言ってください。それより、ハンさん。俺の身体に何か細工しました?」

「なんでも疑いから入るのは良くないのぉ」

「疑いたくもなるでしょうよ」

「そうかのぉ」


 言いながら歩き去ろうとしないでくださいよ!!




 …………何で俺は、こんな所にいるのだろうか。なんで俺は、この鬼と一緒に行動しているのだろうか。


 そのうち、わかるだろうか。現状を理解、できるだろうか。


 ハンさんといれば、分かるだろうか──……



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