第6話 決別

王都へと戻るのはカウゼンの馬に乗ることになった。


寝台で抱き込まれていて、ようやく放してもらったというのに、結局またカウゼンに抱き込まれて馬上に乗っている。


どうりでセイレルンダが疲れたように笑うわけだ。

納得したけれど、連れて帰ってもらうメレアネには否と声をあげるわけにもいかない。年頃の女性らしい恥じらいを見せたところで、カウゼンには鼻で笑われた。

一緒の寝台で寝て涎までしっかりたらしておいてどういう了見だと呆れられたからだ。覚えがないと否定したかったが、自覚もあった。気がついて慌てて拭った筈だが遅かったようである。

平身低頭、彼に謝罪したのは言うまでもない。


そして無になりつつ、王都へと戻った。


王都への道中はとくに何事もなく、昼過ぎには王都の門をくぐれた。

そのままメレアネは家に向かうのかと思っていたが、セイレルンダが待ったをかけた。

報告がてらカウゼンは総騎士団長のもとに向かわねばならないらしい。つまり、メレアネに付き合う時間がないとのことだった。


結局セイレルンダが事情を説明するためにメレアネに付き合ってくれることになった。今度は彼の馬に乗ることになったわけだが、当の本人そっちのけでカウゼンの圧が凄まじかった。


その時のカウゼンの憮然とした表情は忘れられないほどである。


無言でメレアネを馬上からおろしたけれど、両手で腕を掴んだまましばらくじっとしていた。逃げることもできず、メレアネは静かに開放される時を待つばかりだ。


これにはセイレルンダもため息をこぼした。

友人の姿に呆れかえっているらしい。

家に着くまでに何度も、カウゼンの様子が異常であることを訴えられる。

そのたびにメレアネはすみませんと謝ることしかできないのだった。


見慣れた家の門が見え、出迎えてくれた家令に戻ったことを伝えれば血相を変えて父が玄関までやってきた。

幽霊扱いの娘が一晩戻ってこなかっただけで、随分な慌てようだ。


訝しみつつ、メレアネは戻りましたと頭を下げた。途端、頬に強烈な熱を感じた。


「テセンズ伯爵、何を……っ」

「うるさい! 婚約者が亡くなった途端にどこぞの男と朝帰りをするような愚かな娘だっ、もう顔も見たくない」

「え、いや、ちょっと落ち着いてください。お嬢様は誘拐されて――」

「貴様こそ、のこのことよく顔を出せたものだ。伯爵家の娘と知ってのことかっ。脅したところで、我が家からは一硬貨たりとも支払うことはないぞ! とっくに縁を切った娘だ」


父は顔を真っ赤にしてがなりたてている。侯爵家とつながりがある婚約者がいなくなったからだろう。いつの間に縁が切れていたのかはしらないが、利用価値がなくなったから捨てられたのだ。幽霊扱いのまま家においてくれると呑気に考えていたわけではないけれど、こんなに迅速に事が運ぶとも考えていなかった。


痛む頬を抑えて、メレアネは内心でため息をついた。

欲しい情報さえ手に入れれば、長居は無用だとわかっていたからだ。


騒ぎを聞きつけて家にいた兄も玄関にやってきた。

王城で文官をしている兄ではあるが、仕事はいいのだろうかとちらりと頭をよぎるが、それよりも父の言葉のほうが重要だ。


「婚約者が亡くなったとは……」

「バウガンディ侯爵家のセメット様に決まっているだろう。これで侯爵家とのつながりもなくなったというのに、貴様は姿をくらまして男遊びとは恥を知れ! 先方ももう二度とお前の顔など見たくないと仰せだ。あれほど、相手を怒らせるなと忠告したにも関わらず、この騒ぎだぞっ。怒りを取りなすためにもお前に家にいてもらっては困るからな、わかったらさっさと出ていけ」

「本当に亡くなられたのですか」

「愚かなお前ではあるまいし、不謹慎な冗談など言わない。お前はバウガンディに縁づくためだけに住まわせていただけだからな、わかるだろう。このままでは父上が卒倒してしまいそうだ。二度とここに戻ってこないでくれよ」


父の背中を支えて、兄が冷たく告げた。

温度を感じない視線などいつものことではあるが、怒り狂っている父の前で余計な口を叩くのは命とりだ。


「では、お嬢さんは私がもらい受けましょう」

「どこぞの馬の骨が偉そうに! いいか、今後どうなろうが伯爵家を頼ってくるんじゃないぞ」

「ここに戻ってこないのであれば、ご自由にどうぞ」


父と兄からそれぞれ餞別の言葉をもらって、メレアネは攫われるようにセイレルンダに腕を引かれた。

そのまま玄関の前に佇んでいた馬に乗せられる。

あっという間に家から出て、王都の雑踏の中へと戻れば、先ほどのことがまるで夢のような心地がした。

今からまた家に戻るのか。いや、同じことが起こるだけだ。


痛む頬の熱は疼いて現実を伝えてくる。

父から暴力を振るわれたことは初めてだ。けれど、戻れば何度でも繰り返されることはわかっていた。


「すまない、伯爵のことは知っていたのに、戻ってしまって……」

「いえ、こちらこそすみません。婚約者の安否を知りたいと願ったのは私なので」


一晩戻らないことぐらいで心配などしないだろうとは思っていたが、まさか怒り狂っているとは思わなかった。金と権力に執着していることはよくわかっていたけれど、それほどの執念だとは考えてもみなかったのだ。


しかも助けてくれたセイレルンダに迷惑をかけてしまったことになる。身持ちの悪い女の相手をさせられたと思われたのだから。


「そのうえ、とんだ誤解を与えてしまって申し訳ございません。ご気分を悪くされましたよね」

「いや、私のことより君のことだ。とにかく頬を手当しよう」

「いえ、もう戻る場所もありませんし、婚約者も失いました。ここでおろしていただいて構いません」

「それで、亡くなった婚約者の後を追うって?」


セイレルンダが冷静に問いかけてきて、メレアネは馬上でよかったと安堵した。

顔を見られていれば、きっと嘘がばれてしまうから。


「そんなことはしませんよ。私にだって宛てはあるのです」

「戻る場所もないと言ったくせに?」


冷静に努めていたけれど、やはり動揺しているようだ。

メレアネは何と言ってセイレルンダに納得してもらおうかと頭を悩ませた。けれど、彼が口を開く方が早かった。


「嘘をつくならもう少しまともに考えられるようになってからにするんだね。それに、君の行く先はもう決まっている。家族の了承を得られたのだから、何の問題もない」


言うなり、彼は馬を走らせたのだった。

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