第5話 戻る場所

メレアネが光を感じてうっすらと目を開ければ、真っ黒な衣装が飛び込んできた。

掛布が黒いって斬新だなとぼんやりとした頭で考えたが、何か固くて温かいものに包まれていることを知る。布団にしては随分と重いような気もする。


昨日、自分はどこで寝たのだろうか?


記憶を手繰り寄せて、はっとして視線を上に向ければ、眉間に皺を寄せて眠っている男がいた。


寝ているときの方が表情があるのか、と不思議な気持ちになりつつも、状況が読めない。なぜ同じ寝台で抱き込まれて寝ているのだろう。


思わず身じろぎすれば、男の目がぱっちりと開いた。

そのまましばし無言で見つめ合う。ランプの光に照らされた瞳の色は藍色。朝の柔らかな陽光を受けて輝く光も同じ色だ。

瞳の色が変わるわけもないのに、なぜだか感慨深く思えてメレアネは瞬きを繰り返した。

目覚めているように見えるが、まさか寝ているのだろうか。

しばし見つめ合うこと数分――彫像のように動かない男が、おもむろに声を出す。


「声を上げるのかと思ったが」

「……きゃあ」


要望されたのかと思い悲鳴を上げれば、カウゼンはうるさそうに顔を顰めた。


「うるさい」

「すみません」


実際に言葉でも注意してくる。

本気で声を出せばもっと嫌がられるに違いない。素直に謝れば、彼は済んだことだと言いたげに欠伸を一つ噛み殺して尋ねてくる。


「よく眠れたか」

「ええ、ぐっすりと。夢も見ませんでした」


セメットが亡くなったかもしれないという現実味はまったくわかないからだろうか。

それよりも一度家に戻って婚約者の安否を確認したい。王都にある彼の家に行けば、詳細が分かるに違いない。


どうやって王都に戻るのかと思いながら、ぼんやりしていると天幕の入口の布を盛大に開けてセイレルンダが勢いよく入ってきた。


「なんで、一緒の寝台で寝てるの」

「ここは俺の寝台だぞ」


メレアネを抱き込んだまま、カウゼンは無表情のまま答えた。


「そうだけどさ。まあカウゼンが一つしかない寝台を女の子に譲るなんて心優しいことしないのは知ってるけど。床に寝かさなかっただけましだと褒めるべきなのか。それにしたってお嬢さんは悲鳴くらいあげるべきじゃない?」

「あげましたがうるさいと怒られました」

「怒られたのか……いやだからってそのままくっついてるのはよくないよ。カウゼンは独身だし、お嬢さんには婚約者がいるんでしょう。年頃の男女だよ。もうちょっと態度で示してもいいんじゃないかな」

「はい、すみません」


メレアネはセイレルンダにも謝った。

朝から立て続けに謝っているけれど、自分が悪いのかどうかはよくわからない。けれど、家族に難癖付けられることに慣れているメレアネにはいつもの日常ではある。見知らぬ相手にも同じように過ごしていることにやや疑問は抱くものの、元来深く考える性質でもない。


だがセイレルンダは困ったようにメレアネを見下ろした。


「カウゼン、とりあえずお嬢さんを放してあげたら?」


言いたいことは別にあるようだが、とりあえずいつまでも見ていられなかったらしい。カウゼンは抱き込んでいた腕を放して、体を起こした。寝台を下りて鎧を身に着けていくカウゼンをぼんやり眺めていると、セイレルンダが声をかけてきた。


「お嬢さんは、このまま王都に戻ってもいいのかい」

「ええ、お願いします」


きっぱりと告げれば、彼は首を傾げて見せる。


「君を殺そうとした者がまた仕掛けてくるかもしれないけれど、それでも帰るの?」

「戻る場所など一つしかないので。それに、婚約者が生きているかどうかを知りたいのです」

「ああ、それもそうだね。じゃあ、出発するから起きてくれる?」

「わかりました。ところで、どうやって王都に戻るのですか」

「それはまあ一つしかないよね」


セイレルンダは疲れたように乾いた笑いを上げたのだった。

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