終談

「でも、アマテラス様って本当に神様だったんですね」


 家に戻った真昼は自分のベットに横になりながら感慨深そうに言った。


 バイオンに殴られた箇所はまだ少し痛むが、看病してくれたクオッタが言うには、臓器には損傷が見られないから今日一晩安静にしていれば大丈夫とのことだった。



 騒動のあと、急いで室内に運び込まれた真昼はクオッタに腹部を検査されると、黒いシップのような物を貼り付けられた。すると、氷のような冷たさを感じた直後に今までの痛みがウソのように引いていった。


 それからしばらく横になっていたが、痛みが引いたことにより日常的な思考様式が戻ってきたようで、両親が騒ぎ出す前に早く家に帰ろうと真昼は周囲の制止も聞かずに起き上がった。


 時刻は19時半を回っていた。詩音が、「私の家で遊んでるって連絡しようか?」と言ってくれたが、今から帰れば多少の小言だけで済むだろうと言い、感謝しながらも詩音の提案には辞退した。


 義丸は真昼が治療を受けている間に詩音からこれまでの経緯を説明してもらい、ようやくある程度は状況を理解できたようだったが、それでもペタルネスカ人の2人には終始警戒しているようだった。



「家まで一緒に行くよ」


 鳥居まで戻ると義丸が素っ気なく言った。


「あ、いいよいいよ。大野君の家、反対方向でしょ?」


「でもだいぶ暗くなってきたし、男の子に付いていてもらったほうがいいと思うよ。それに途中でまたお腹が痛くなったら1人だと困るでしょ?」


 遠慮する真昼を言いくるめるように詩音が言った。


「俺の事は気にしなくていいから。家の場所は知らないから、後ろから付いていくよ」


 義丸は自転車に跨ると、同行するのは決定事項だと言わんばかりに真昼を促した。


「――ごめんね、ありがとう」


「とりあえず椿さんの家までみんなでいこうか」


「私はいいよ、家、すぐ近くだし」


「ダメだよ。しおちゃん可愛いんだから、こんな時間に1人で歩いてたらすぐ誘拐されちゃうよ?」


 真昼は今度はこちらの番だと言わんばかりに、芝居掛かった仰々しい口調で話した。


「そこまで治安悪くないと思うけど……」


「いいからいいから。さ、行こう」


 尚も遠慮する詩音を急き立てながら、3人はすっかり夜の闇に包まれた諏訪神社を後にした。



「そういえば、あの後全然見かけなかったですけど、どこに行ってたんですか?」


『もう危険は無さそうだったので、すぐに高天原たかまがはらに戻りましたよ』


「そうだったんですか。せっかく会えたんだから目の前でお礼を言いたかったのにー」


 アマテラスは静かに笑うだけだった。


「でも、アマテラス様って思ってたよりも若いんですね。見た感じ私と同年代っぽかったし」


『え?、あぁ、あれは私の姿ではなくてちゃぼ子ですよ』


「ちゃぼ子ちゃん?でも……」


『ニワトリのままでは色々具合が悪かったので、一時的に動きやすい姿になってもらったんです。それで、ちょっと体を借りていました』


「……何か色々よく分からないんですけど、つまり……人間の姿になったちゃぼ子ちゃんにアマテラス様が取りいていた、ってことなんですか?」


『――表現が引っかかりますが、まぁ、簡単に言えばそういうことですかね』


「はぁ……」


 真昼の頭の中ではこれまで常識と幻想とを明確に隔てていた思考の垣根は取り払われ、両者は同一の土壌に根差す現実として受け入れられつつあった。


 このため、地球における異星人同士のいざこざに日本神話の最高神が、変身した異次元生物に取り憑いてその場を収めた、という素人が書いた同人小説のような話でさえも、(色々あったけど解決してよかったな)程度に考えていた。



『それでは、今日はゆっくり休んでくださいね』


 アマテラスが会話を切り上げようとしていることに気づいた真昼は慌てて声を上げた。


「あの!」


『はい?』


「アマテラス様は私に代理人、というか“巫”とかいうのになってほしいって言ってましたよね」


『ええ、そうです。もしかして、なってくれる気になりましたか?』


「――どうして『助けてやったんだから巫になれ!』とか言わないんですか?」


『あー……確かにそういう言い方もありますね』


「いや、普通はそうなりませんか?」


『でも、それは何かフェアじゃないと思いませんか?神として』


「何ですか、それ」


 真昼の口から笑い声がこぼれる。


『今回のことは純粋に私が真昼さんを助けたいと思ったからしたことです。それが下心に根差した行動だと取られるのは心外ですよ』


 アマテラスの愚直なまでに真っ直ぐな主張に真昼は笑いが止まらなかった。


『何がそんなにおかしいんですか?』


 珍しく気分を害したような声でアマテラスは言った。


「いいですよ」


『え?』


「やりますよ私、その巫ってヤツ」


『ど、どうしたんですか急に?今言ったように、今回のことに気を使っているようでしたら――』


「私がやりたいと思ったから言ってるんです。私、アマテラス様の事が好きになりました」


 真昼の言葉を聞いたアマテラスは黙ったままだった。返事を待っていた真昼は疑問に思いアマテラスに呼びかけようとした瞬間、少々落ち着きを欠いたアマテラスが早口に話し出した。


『そ、そうですか!なるほど……ええ、もちろん真昼さんが巫になってくださると言うのであれば、ねぇ、まぁ、こんなうれしいことはないですよ!ええ!』


 アマテラスの興奮した声があまりにも滑稽で真昼は再び笑い出しそうになったが、なんとか喉の奥に留めた。


「さぁ、やると決めたからには頑張りますよ!たしか、アマテラス様の人気集めをすればいいんですよね?……とりあえず街頭でハッピでも着て、“えー、この国の偉大なる神様である天照大御神様に皆様の清き一票をお願いいたします!”とかやればいいんですか?」


 真昼は妙な高揚感に熱せられるまま、実際にはやるつもりもないことを勢い任せに並べ立てた。


『真昼さん……そんなことをしたら変な人だと間違われますよ』


「それじゃ絵の上手い人を捕まえてアマテラス様の応援チラシを」


『いえ、真昼さん選挙ではないので』


「でも人気投票っていったら選挙みたいなものじゃないんですか?」


『あのですね、集めてもらいたいのは信仰心であって、票ではないんですが……』


「同じようなものですよ」


『いえ、あの……』


 アマテラスは妙に盛り上がっている真昼にどう説明するべきかと頭を悩ませた。


『えーっと、とりあえずですね、まずはSNSなどを利用して真昼さんの意思を日本国内に発信してみたらいいじゃないでしょうか?』


「――SNSですか?」


 カビ臭い書物で語られる日本神話の神様が、何を今時なことを言い出すのかと真昼は面食らった。


『変に気張る必要はありません。最初はとりとめのない話を交えながらも、徐々に私への興味に繋がるようなそんな情報を発信していけばよいと思います。継続は力なりといいまして、とにかく毎日情報を発信していくことが大事ですよ』


「……はぁ」


 妙に実務的な話を聞きながら(そんな消極的なやり方でいいのかな?)と真昼は思った。


 とは言え、何か具体的な代案があるわけでもない。ましてや、先ほどのような勢い任せの面白半分な発案が『じゃぁそれでいきましょう!』となったら、それはそれで面倒だ。


(まぁ、SNSのメッセージ発信だけなら大した手間もないか)


 真昼はアマテラスの意思に大人しく従うことにした。


『まずはそれ用のアカウント作りからですね。ユーザーIDはどうしましょうか?』


「詳しいですね……」



 7月12日火曜日、真昼はいつもより30分早く学校に到着すると、生徒も疎らな教室で桃香の登校を首を長くして待っていた。



 昨日の夕方、義丸と共にクオッタの元へ向かったところ、2人はすっかり回復した吾藍と会うことができた。


 クオッタが言うには、昼過ぎには全ての医学的処置が完了し吾藍は目を覚ましたとのことだった。


 目覚めた吾藍は白い人物に飛び掛った後のことはよく覚えていなかったようで、右腕を焼かれて9日間も眠っていたことを聞かされたときは軽いパニック状態になっていたそうだ。


 その後、鎮静剤を飲んで半分寝たような状態で横になっていたが、真昼達よりも一足先に到着していた詩音に改めて事の次第を説明されると、ようやく現状を受け入れ始めたようだった。


 だが、涙ながらに感謝と謝罪を繰り返す詩音に吾藍もどうしていいか分からず、真昼達が到着するまでは詩音をなだめることに精一杯だったそうだ。


 4人はクオッタとローアに感謝するとその場を後にした。


 帰りの道すがら、吾藍が家に戻ってからの言い訳に苦慮していると、義丸が「動画のネタに“5千円でどこまで旅行できるかチャレンジ”してたとか?」などと言い、真昼と詩音を呆れさせたが、当の吾藍はそのアイディアを甚く気に入ったようで「大野ちゃん、それだっ!」などと妙に盛り上がっているようだった。



 あとは桃香に吾藍の無事を伝えれば、真昼の何気ない日常がまた戻ってくるはずだった。


(少し早すぎたかな)


 手持ち無沙汰の真昼はスクールバッグからスマホを取り出した。


 アマテラスから言われるままに始めたSNSだが、いまだにフォロワーはおろか、1つの“いいね”すらもらっていなかった。


(まだ始めてから3日だし、しょうがないか)


 そう思いつつもSNSアプリから自分のホーム画面を開いた。


[月読様の巫女さんがあなたの発言を“いいね”しました]


 突然の通知に真昼は我が目を疑った。


「は?」


 キツネにつままれたような思いで自分が発信した2件のメッセージを読み返すと、確かにどちらにも“いいね”が付与されている。


 しかも昨晩発信したメッセージには返信メッセージまでもが付いていた。


>「from 月読様の巫女<usagisanjj> to 時代は伊勢神宮<55amaterasu>」

>「 はじめまして!微力ながら私も全力でアマテラス様を応援させていただきます!」

>「 日本国民の全信仰心をアマテラス様に!アマテラス様万歳!!」


 予期せぬ返信内容に真昼は唖然とした。


 初日のメッセージでは軽い挨拶と、伊勢神宮大好き女子高生として各地の神社や日本神話の話をメインに発信していくことを書いた。昨日のメッセージは学校での出来事を多少誇張しながら書いた。その返信がなぜこの文章なのか?


 この人物は真昼とアマテラスの関係を知っているとしか思えなかった。


「……何、これ?」




- 第一話 完 -

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アマテラス様に一票を!! 一二三 五六七 @kkym-yagidokusen

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