曰く聖人とゆふ

@mohoumono

曰く聖人とゆふ


その男は、聖人と呼ばれていた。

弱きを助け、強きも助け

されど傲慢にあらずされど謙虚でもあらず

そんな男であった。

ただその男の自己評価は、

周りと相反するものだった。

自らのことを悪人だと考えていたのだ。


ある日、その男の愛する人が亡くなった。

病気だったのだ。誰もが手を尽くした。

悪人も善人も皆手を貸した。

悪人を始め、善人すらも手を染めようとした。

けれども愛する人の病が治ることはなかった。

愛する人は、棺に入れられ花の雨を浴びた。

その姿は、天使と見紛うほどだったと言われるくらいに美しかった。

男は、言葉の雨を浴びた。

それは、

人の手の温もりと同じくらいの熱さだ。

けれども泣きはしなかった。笑っていたのだ。

声も出さず、愛する人と食事を共にしている時のようにただ笑っていた。

そして、山の頂上あたりで煙が上がった。

そして、式が終わり男は帰路に着いた。

どうしようもないくらいの大雨だった。

私が、愛した人は天すらも悲しむほどのものだったのだろう。

男は、そんなことを思い傘もささず

ゆっくりと歩いて帰った。

いつもは、誰かがその男に近づき話をしようとするのだが、

その日だけは誰も男に近づかなかった。

家に着いた男は、

服も着替えずただ酒を飲んだ。

男は、寒いと言い鼻を啜った。


男は、一本の大木に寄りかかった、

何も葉がついていない一本の大木に。

その時間が何よりも好きだった。

けれど惜しむ間もないまま

雪が落ちるように冬が来た。

男は、体を振るわせ冷たい雪を振り解いた。

茶器からは、

煙が立ち上り男は、勢いよく飲んだ。

一本の大木を囲むように人が集まった。

その周りで騒ぎ、男は嬉しくもあったが、

寂しくもあった。

一人一人と手を振り見送った。

男は、一人になり大木に寄りかかった。

そうしていると、山の頂上辺りで煙が上がった。男は、ただそれを呆然と見ていた。

そして、

その時男は、やはり自分は聖人ではない

なぜなら、愛する人を亡くした時が

一番悲しかったからだ。

だから聖人ではないのだ。

再度強く強く思うことにした。

青々と生い茂るように大木は葉を生やしていた。

男は、その大木に寄りかかりただ目を瞑った。


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