第11話 任務・続行

 朧月会が関わったとわかるように、カードをおいておくのが慣わしだ。

 カードには朧月のマークと、私の秘匿名コード・ネームであるフクロウのシルエットが描かれている。


 そっと軍服男にカードを差しこもうとした瞬間、男の顔が私を向く。

 後方に下がった私に、八重歯が笑い、ゆっくりと立ち上がった。

 はらりと糸が落ちていく。

 隠してあった刃物で切り落としたようだ。

 椅子が転がったのを合図に、瞬時に距離が詰められる。


 私は咄嗟に小さな蜘蛛傀儡をぶつけるが、小さすぎて攻撃にならない。

 それならば時間稼ぎにと足元に散らし、噛みつかせるが、それすらも簡単に蹴り壊される。

 体術に切り替え、床を滑るように足を回していく。

 バック転で軽々とかわされるも、すぐに間合いをつめ、拳を繰り出す。

 だが、血が流れ、体力の限界の私の攻撃など、かわすのは余裕のようだ。

 さらに一歩、踏み込まれた。

 壁に背がつき、身をかがめようとした瞬間、男の手が私に伸びる。


 ──られる!


 だがその手は首ではなく、私の頬のなぞり、カサついた唇を優しくなぞって、微笑むと、男はそのまま窓のヘリに飛び乗った。そして、カードを指で挟んでこちらに見せてくる。

 奪い返そうと、腕を伸ばすが、それも簡単に交わされる。


(ありがとう)


 八重歯が覗く薄い唇が、そう言った。

 そしてカードにキスをして、仰向けで落下していく。


 私は前のめりに窓を覗き込むが、すでにいない。

 まさかと思うが、考えがまとまらない。


『なんなんだ、あいつ』


 ぷんすかするカイだが、耳をピンと立てる。


『放送室に、人が向かってる……20人はいそうだ』


 改めてカードを投げ捨て、私も窓から飛び出した。


 校舎北側の屋根の影は、特に黒い。

 そこに溶け込み、制服の背に仕込んでおいた造血剤を二の腕に注射。スタンプタイプなので、痛みは強いが失敗がない。

 傷口は、血が流れ続けたのが幸いしたようだ。血が固まりだしている。

 大きめの止血粘土を仕込んだシートを貼り付け、追加で鎮痛剤を太ももに注射した。


 ようやく、落ち着いた。

 深い息がようやくできる。


『いけるか?』


 カイの声に、いけないとは言えない私は、女郎傀儡の頭に脚が生えた傀儡で、移動を開始。

 糸が吐き出せる頭が残っていて本当に良かった。

 だが、カサカサと動く様は本当に気味が悪く、もう少し可愛らしくできないか相談したいところだ。


 出ていった時と同じように破れた天窓からラボ内へ。

 すでに三門は傀儡を使ってドアの修理に取り掛かっていた。

 妹の方はまだ車椅子で眠っているようだ。


『おーい、三門、大丈夫だったかー?』


 天井から傀儡の糸で下がりながら、カイが声をかける。

 それに勢いよく三門が振り返った。


「カイ、梟、無事だったの!?」


 私は着地をし、ラボの惨状を改めて視認する。

 破壊されたのはドアと、衝立のために倒した棚程度か。

 これぐらいなら、今日中に片付けられるだろう。


 見終えた私が三門を見直すと、彼は私を見て固まっている。

 半泣きの顔で走り出し、奥の棚から取り出してきたのは医療箱だった。


「もう! ああ! 頬に、口も切れてるっ! 足も! 女の子なのに!!」


 大袈裟だと手で払うが、無理やり私を机に座らせ、消毒液だ、白湯だ、鎮痛剤だと騒ぎだす。

 そんな三門にカイは笑いながら彼の頭に乗って、介抱を眺めている。


『よかったな、梟。世話してもらえて』

「何いってんだよ。女の子なんだから、怪我にはスピード!」


 私は、ありがとうと、唇で伝えると、三門は眉尻をさげて優しく笑う。


「いいってば……」


 三門は心配そうに、それでも微笑みながら、そっと私の顔の傷に塗り薬をのばしていく。

 伸ばされる薬に痛みとこそばゆさを感じていると、


「……お兄ちゃん、何、その人!」


 背後で怒声が放たれた。


「なんなの! あたしは認めないんだからっ!」

「え、あ、陽愛、その」


 振り返ると、縛り付けられているはずの妹が、車椅子をガタガタ言わせて怒鳴っている。

 私は立ち上がり、深くお辞儀をした。

 そして、


『コンニチハ』


 予備の鉛筆で書き込み、挨拶をする。

 初めましてだと、文字数が足らない。

 初手の挨拶としてはこれが最適だと思ったが、逆撫でしたようだ。


「何、この人! あたしとは喋りたくないってこと?」

「ちちちがうよ、陽愛! この人は、その……」


 三門が続けようとしている言葉が読めない。

 変なことを言うな。と視線で牽制してみるが、三門もわかっていると頷いき、任せてと視線で伝わってくる。


 三門ははっきりと陽愛に言う。


「兄ちゃんの、その、……パートナーになる人なんだ!」


 それは、話を飛ばしすぎだ。

 案の定──


『張り手食らってやんの! ウケるな、梟!』


 縛っていた紐をぶっちぎって、見事なビンタをいただいた。

 意味がわからない。





 陽愛を助けるために、仲良くなったんだ。

 そこまでは伝えたが、なんで私なのか、妹君の疑問が尽きない。


 ドアの修理が間近だったのもあり、それを終わらせ、ひと息つこうとコーヒーを淹れる。

 あとは棚の整理ぐらいとなり、お茶汲み傀儡からコーヒーを貰い啜りはじめるが、陽愛のイライラは全然おさまっていない。


「助けてくれたのかもしれないけど、あたし、叩いたのは謝らないっ!」


 しばらく寝ていたとは思えないほどの元気さがある。

 再度検査をしなくても問題なさそうだ。

 明後日からの大会も、少しの調整で問題ないだろう。


「ねえ、お兄ちゃん、ホントにはっきりして! 先輩とは、なんなの!?」


 再度繰り返される質問だが、三門はうまく答えられていない。

 三門の叔父が、私が所属する朧月と関係があったことを妹は知らないようで、それを省いて説明をするとなると、少しややこしいのもある。


 私は改めて氷嚢をもらい、頬に当てながら二人のやりとりを眺めるが、三門のたどたどしさに苦笑いが込み上げる。


「だから、その、陽愛を起こしてもらうために、お願いして」

「さっきも聞いた。だから、なんでこの先輩じゃなきゃいけないのよ!」

「その、すごいんだよ」

「なにが」

「えっと、すごい、んだ……よ」

「なにがよ!」


 進まない。

 私は作業台にあぐらをかくと、左手で頬を冷やしながら、右手で大型傀儡を起き上がらせた。

 倒された棚を持ち上げ、元の場所へと移動させる。

 高級な蒸気工具も転がっている。

 故障がないかを見ようと持って来させて確認していると、


「傀儡オタク? え? あの先輩が?」


 私が傀儡オタクになった。

 どういう経緯か、聞いていなかった。


『これはオレ様の出番だな』


 カイは私の肩から降りると、三門の肩に場所を移した。


『陽愛、よく聞けよ。お前を起こしたら、三門は梟とパートナーになるって約束なんだよ。妹のお前は関係ねぇの。わかったか?』


 偉そうに言い出すが、矛先はやっぱり……


「ちょ、なんなの、先輩! 変なこと喋らないでっ!」

『梟はしゃべってない。オレ様がしゃべってんだ! わかるか、ガキ!』


 ついにはカイとの喧嘩が始まった。

 私は加わらないことを決めた。

 片付けを進めよう。


「梟、ごめん、本当に……でも、感謝してて!」


 小さく首をふった私に、三門は、


「大型傀儡で、それ、器用だね」


 ネジの大小をふり分ける大型傀儡に指をさした。

 私は冷やすのをやめ、素早く書き込む。


『クグツ』『イレカエ』『メンドウ』


 ようやく早く返信できた。

 三門は「そうだね」答えでもない返答をして、恥ずかしそうに頬をかく。

 そして、深く息を吐き出すと、ポケットから黒いケースを大事そうに取り出した。


「その……ちゃんと君のこと、信じてたんだ。……これ」


 ケースをそっと開いた。

 そこには黒い指輪が大小、並んでいる。


 テーブルに座ったままの私を覗き込みながら、私の左手をそっと取る。

 私の手袋を手早く外すと、自身の左手に私の手を乗せ、ケースから小さい黒い指輪をつまみあげる。


「僕も初めてで……これで合ってるかわかんないんだけど……」


 妹の絶叫が響くなか、私の左手の薬指に黒い指輪がはまった。

 少し大ぶりの指輪は私の薬指を認識するとしゅるりと縮み、刺青のように模様が浮かび上がった。

 模様は繊細な鳥の羽、……フクロウの羽の画だ。


「君に似合うなって、選んでみたんだ。良かったかな?」


 私が何度も頷いたのを見て、三門は微笑みながら、


「僕も、お願いして、いいかな……?」


 私を見上げる三門の顔に、私は一瞬息をのむ。

 覚悟を決めた真剣な目、そして、もう一つの気持ちが見えるが、それは私には表現できない。

 私は三門の覚悟を受け取ることにする。

 差し出された左手を自分の左手に乗せ、指輪をつまみ上げる。


 先ほどよりもひどい絶叫がラボに充満。

 しまいには暴れ、突進しようとするのをカイが抑えにかかった。

 彼女顔にカイが張り付き、時間を稼いでくれている。

 私はその隙に、三門の左手の薬指へと指輪を通した。


 節の目立つ彼の指にゆっくりと馴染んでいく。

 彼の指にも羽が生える。

 色白な手のせいか、とても美しい羽の模様が浮かび上がる。


「これで、君と僕は、パートナー。この模様が薄れて消えたら、パートナーが解消されるって仕組みだから。……これから、よろしくね、梟」

『ヨロシク』


 改めて握手を交わした私たちの後ろで、


「あたしは絶対認めないんだからぁぁぁぁ!!!!」


 カイを跳ね飛ばした妹の突撃があったが、もう後の祭りだ。




 寮へと戻ると、追加の制服と、ドレス、ハイヒールが届いていた。

 ハンガーにかかったドレスをカーテンレールにぶら下げる。


 どこまでも黒に近いグレーのドレスだ。

 首、デコルテ、腕は花が描かれたレースになっており、胸から下がベロアに似た厚手の布だ。

 スカートは前から見ると膝上だが、燕尾服のように後ろが長い。

 スカートの裏地にもレースがあしらわれ、重厚感のあるドレスになっている。


 部屋がノックされた。

 薄く扉を開けると、寮母がいる。


「招待状よ。まさか、あなたが行くなん」


 私は隙間に差し込まれた封筒を抜き取り、素早く扉を閉めた。

 最後まで聞く理由もない。


 指輪を持っている者だけに届く、約束の黒指輪の会の招待状には、例年通りに行うと書かれてある。

 ただ、警備が厚くなることだけ、付け加えられていた。


 今回は死人がでなかったのも幸いしているのだろう。極光姫病事件が解決したと、良い方に捉えたとも言える。


『なんとか、任務、終えられそうだな』


 カイの言葉に私は頷くが、きっと今日ほどの困難はない。

 明日の任務は、敵も、目的も、すべてわかっている。


『……の前に、お前の顔、どうにかしないとな』


 改めて見た顔は、かなり腫れてひどいが、この程度はメイクでどうにかできる。

 変装は原型が違う顔すら変えることができなければ効果はない。


 明日のメイクは、私の本領発揮と言えるだろう。

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