(あぁア。また絡まれてら。ちょっと離れると、これだ)

 石段に座り込んだ、桃色の着物をまとった娘を見つけたキラは、おもわず「ハァ」と嘆息した。妹の周りには、双子と歳のさして変わらないであろう男が三人いて、サラの気を引こうと話しかけている様子だった。

 こういう状況におちいったとき、サラはすっかり口をつぐんで、反応を示さないことに徹してしまう。まったく相手にしないことで、諦めていく者もいるが、粘り強い者も多い。いかんせん、サラは美しい。愛想悪く振る舞ったところで、それもまた魅力に受け取られることも、少なくはない。

 今日の三人組は、粘り強そうだった。三人ならば、無視され続けても心が折れにくいのやもしれない。こうなれば、キラが割って入ってやるしかない。サラが口をきけばつけあがらせてしまう。彼女は引き続き、黙り込んでいるしかない。

「おおい、サラ。梅の砂糖漬け、買ってきたぞ」

 キラはまだ少し遠いところから、妹に呼びかけた。男たちが振り返って、一瞬身をすくませた。別段キラは腕っぷしが強いわけでもないが、並の男より四、五寸ほども背丈があれば、それだけで威圧感はあるものだ。

「おお、やっぱり兄さんも一緒だったんだ。ねえ、ちょっとサラさんのこと、説得してくれよ。せっかく祭りに来たんだから、たまには兄貴や、年寄り以外とも交流したほうがいいよ、って」

 キラは筍の皮の包みをサラの膝の上に置いて、男たちへと向いた。

「そうさねえ。おれとしてもさ、婿候補のひとりやふたりくらい、見繕っておいてほしいんだけどね」

「そうだろう、そうだろう。兄さんだって、そこらの娘に声をかけてきなよ」

 キラは「うぅん」と、曖昧な相槌をうった。

(やっぱり、小せェなあ、こいつら。サラと同じくらいかな)

 じっと男たちを見下ろしていれば、男たちは段々と不安げな様子の顔つきになってくる。長身の、美形の男に真顔で見つめられては、萎縮するのも無理はなかろう。

「こいつ、酒を飲んでるだろう。酔っ払うと面倒くさいんだよ」

「平気さ。おれたちゃ、三人いるんだから。面倒みれるって」

「まァ、試してみたいってんなら、おれが止めることじゃないけれど。こいつにその気がないんじゃあね。おぉい、だんまりかい、サラ。もう酔ってきてるのかい」

 キラは、うつむいたままで、黙々と酒に口をつけている妹の顔を覗き込んで、ニヤリとした。

「眼が据わっちゃってるよ。三合なんて頼むから。まだ、半分も飲んでないじゃないか。たぶんね、あんたらの声、ほとんど聴こえてないよ」

「えぇ、嘘だろぉ。せっかく祭りに来ておいて」

「おれも、三合なんて言い出したときは止めたんだよ。ちょっと、この様子だと動けなさそうだ。せっかく声かけてくれたのに、悪いね」

「なんだぁ、本当だよ。医館に籠もってる美人に話しかけられる機会なんて、滅多にないのに」

 男たちは無念そうで、まだ名残惜しそうにして、立ち去ろうとしない。

「健康でなによりじゃない。そうだ。これ、ちょうど三本あるから、やるよ。詫びだ。こいつの兄貴として」

 キラは袖口から、菓子屋で購入した小瓶三つをとりだして、男たち各々に配った。

「いいのかい。なんだか高級そうだな」

「スクナの当主は気前がいい」

「当主はおれじゃなくて、妹だけれど」

 キラはさりげなく訂正して、小瓶の栓を開ける三人を見守った。男たちは警戒する様子もなく、小瓶に口をつけ、一気にあおった。

「え、飲むの」

「うゲェッ。なんじゃこりゃッ」

「青梅の汁さ。傷に塗ったり、腹の調子が悪いときには、薄めて飲むといいんだ。そのまま飲んだら、下すと思うけれど。もとが健康なら、そんなに心配ないよ。悪い、酒だと思わせちまったか」

「胸焼けがするッ」

「水、水だッ。喉が焼けたみてぇだッ」

 男たちは、おそらく水を求めて、何処いずこかへと駆け出していった。

 その姿が遠のくと、キラは腹を抱え、ゲラゲラと笑い出した。

「ハハァ、間抜けェッ。浮かれ野郎どもめ」

 サラは砂糖漬けの包みを開きながら、呆れた様子で、転げだしそうな兄の姿を眺めた。

「ひどいこと。わざと勘違いさせるようにしたくせに」

「ひどいもんか。瓶を開けて、匂いさえ嗅げば、酒かそうじゃないかなんて分かるだろう。それとも、あいつらと一緒に行きたかったかい」

「馬鹿言わないでよ」

「どっちにしたって、あんな考えなしな連中に、おまえを任せて、おれはおれで楽しく過ごす、ってのはできないな」

「あれ、結構いい値段したんじゃないの。もったいない」

「安いもんさ。おまえとの時間を奪われることを思ったらさ」

 キラが笑みを向けると、サラは「もう」と言って、砂糖漬けを小さくかじった。頬が赤らんでいるのは、酒のためであったろうか。


「でもさ、婿の候補を見繕っておいたほうがいい、ってのは、実際そうだよね。追い払っておいて、なんだけど」

 想像していたよりも強くはなかった梅酒を、チビリチビリとやりながら、キラは並び座るサラに言った。

「その話、今日じゃなきゃだめなの」

「いつだっていいじゃないか」

 少しばかりムッとした口調のサラの返しに、キラは苦笑した。

「おれじゃあ、だめかもしれないし。あわよくば、でも、産まれたのが男だったりした暁には、おまえより先に死ぬだろうし」

「そんなの、わからないじゃない」

「わかるだろう、そんなもん」

 砂糖漬けを持ったサラの手が、膝の上に落ちた。痛みを堪えるように黙り込んでしまった妹の横顔に、キラはため息を漏らす。

「そりゃ、おれだって、できることならさァ」

 そこまで言って、彼もまた黙り込んだ。

 梅の花弁が、ほとんど空になったキラの五勺枡の中に舞い落ちる。

 無言の時間が過ぎる。生まれた瞬間から、否、生まれる以前から同じ時間をともにしてきた双子にとっては、静寂、それ自体に心地の悪さを感じさせられることはない。ただ、ふたりの間に流れる時だけが、すっかりと止まってしまったようになる。

 先に我へと返ったのは、キラだった。

「家のことも、考えなきゃいけないよ、って話さ。おまえは美人だし、もうすこし歳がいっても、婿になりたがるやつはたくさんいるだろうから、急がなくてもいいだろうけれど」

「だから、それは。あなただって、いるじゃないの」

「十九まで生きたスクナの男って、いたのかな。家系図も、あんまり昔は没年が書いてねえから。まァ、少なくとも、来年の春まで生きてられたら、未曾有ってことには違いない。と、そういうことだよ」

「あなた、自分のことなのに。初めから、そんな、諦めたみたいに」

 今にも泣き出しそうな妹の隣で、キラはどこか乾きを感じさせる笑いを漏らした。

「期待していたら、いろんなことを後回しにしちまいそうだろ。おれは面倒くさがりなんだから。時間ってのが、随分限られてるかもしれん、って思っておいたほうが、毎日ちゃんと行動できる。おれは、そんなふうに考えて生きているくらいが、ちょうどいいのさ」

 そう言って、キラは枡に浸っていた梅の花弁をつまみ上げ、サラの白い頬に貼りつけた。

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