新人作家①

 2024/04/03①



 昨日の晴れ模様と打って変わって朝から土砂降りだった。

 そんな中、朝一番で電話が鳴った。

 『担当』の二文字が画面に映っていて、仕方なく、受話ボタンを押したのだ。


「今日、出てこれます?」


 まあ、出れんこともないが雨だから出たくない。

 どうにも、私に会いたい、話をしたいという人がいるらしい。

 私としては、今日でならない理由は特にないので、素直に天気がよろしくないのでまた次の機会に、と伝えたもののずいぶんとへりくだって、どうしても、と言うので、こんな荒天の最中、二駅離れた繁華街の喫茶店まで赴いたのだ。

 

 確か去年もこういうことがあった気がする。

 あのときは新人作家の前で、これでもかと編集としてのダメ出しをくらい、いけ好かない思いをして帰ったのだ。

 担当としてはそうして、ベテランだろうがこのくらいは言われる、というところを見せてやりたかったのだろうというのはわかるが、私からしてみれば溜まったものではない。

 その帰り道に団子を買ったのも覚えている。

 思い出せば、食いたくなるのが人の性。

 あの団子のついでと思えば足取りも軽い。


 と、思って出たのも束の間、げんなりした。

 出掛けに妻が


「えっ、お外に行くんですか」


 なんて言っていたくらいには土砂降りだ。

 風こそないがバケツをひっくり返したような、とはこのことである。

 玄関を出た瞬間、後悔した。


 しかし、約束は約束である。

 それに団子も待っている。

 そうして意を決して、十六本骨の傘を開いたのだ。




 喫茶店に着き、先に待っているであろう担当を探すとすぐに見つかった。

 隣には若い女性が座っていた。

 髪をうっすらと濃いベージュに染め上げ、いかにもいまどき、という娘だった。

 歳の頃は……わからん。

 見れば中学生にも見えるし、三十路手前と言ってもわからんでもない。

 とにかく私に女性の見た目など表現しようがない。

 物書きとしてどうなのか、とも思うが苦手なものは苦手なのだ。

 せいぜい、明るい色の髪、きっちり目のブラウス、いかにもいまどき、仕事用の服装であることは確かだった。

 端正な狐顔をしているくせに困り眉で見るからに自信がなさそうな、とにかくそんな娘だ。

 

 それを担当の奴が、しきりに慰めているようだった。

 

 なるほど、わからん。

 状況がまるで掴めん。

 帰ってもいいかな。


 と、そんなわけにも行くまいので、仕方なしに近づいて言ってやった。


「もし、お嬢さん、そこな悪い男にひどい目にも合わされたかね」


 芝居がけてそう言うと、女の子は困った顔で反応した。


「えっ、あの……」

 

 担当の奴は、勘弁してくれと言う顔で返す。


「先生、おはようございます」

「おはよう」

 

 椅子をひいて座り、店員に声をかける。

 来るまでの間、やおら奴と娘は喋りだす。


「こちらが話していた先生です」

「はい、あの、すいません」


 娘は困り眉をさらにハの字にして言うのであった。

 特に覚えなどないから、私は私で狼狽える。


「ああ、いや、なに。……どういうことだろう?」


 すると返すのは奴だ。


「先生、この方、うちから商業誌デビューが決まったんですけれど、悩みが多いらしくて」

「……それでなんで私なんだ?」

「わ、私が頼んだんです!ごめんなさい!」


 立ち上がって頭を下げる娘に、まあ落ち着きなさい、と席につかせる。

 ちょうど店員が来たので、アイスにするかホットにするか数秒悩んだ挙げ句、アイスコーヒーを頼んだ。

 二人はもう既に頼んでいたので、私だけだ。

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