第42話

 翌日、大学に迎えに行くと両親に言われた真奈美は、反論することができないまま家を出た。教室に入って健吾を探したが見当たらない。親の束縛は構内には及ばない。連絡先を健吾に聞こうと待ったがその日一日、健吾と会うことが出来なかった。

 講義が終わり門を出ると、ベンツが一台止まっている。車に凭れているシルエットには見覚えがあった。


「颯太さん!」


 真奈美に気付いたのか、軽く手を挙げている。急いで駆け寄った真奈美に、助手席のドアを開けてくた。しかし状況がつかめない真奈美は、目を白黒させる。


「今日、迎えが来るって聞いてるよね?」

「でも、それはお父さんで……」


 よくよく考えてみれば、先入観のもと、父親が迎えにくると考えていたが、仕事上無理だという事に今更ながら気付いた。


「本当は、うちの運転手のはずだったんだけど、交代、してもらったんだ。話は聞いてる。さあ乗って」


 大学から出てくる生徒の目が、興味を示しているのがひしひしと伝わってくる。真奈美は迷っても仕方がないと、車に乗り込んだ。


「とりあえずご飯でも食べに行こうか」

「え?」

「ご両親には許可を取っているから。それに大事な話もあるんだ」


 連れてこられた店は、外にテラスがあり、食事が出来るようになっていた。陽も翳り始めた夕方で、さらりとした風が気持ちいい。

 颯太に、店内とテラスどちらにするか聞かれ、迷うことなく外と答えた。

 颯太はかなり機嫌がいいように見える。席に着き、たわいもない話をしながら食事を勧めた。ちょうど食事も中盤になったころ、颯太が姿勢を正すと、引き締めた表情になった。


「真奈美ちゃん」と言ってきた声色から、颯太の緊張が伝わってきたので、何となく真奈美も姿勢を正した。


「突然という訳でもないかもしれないけど、俺と結婚を前提につきあわないかな?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。一生懸命言葉をかみ砕くように頭で理解する間、黙り込んでしまっていた。やっと出た言葉は「あ、あの」だった。

 あまりの動揺ぶりに、颯太も苦笑している。


「俺の気持ちは、何となく知っていたよね? 大瀬良のご両親から健吾君の話を聞いて、真奈美ちゃんにちゃんと好意を伝えようと思って」

「あ、え、でも」

「昨日の今日だから、健吾君の事はまだ引きずるだろうけど、それは構わないよ。どうかな? 真剣に考えてもらえる?」

「す、すみません。その……少し混乱して」

「だよね。まあ返事はおいおいでいいから。とにかく食事、済ませようか」

「はい」


 だが颯太と話した内容も、食事の味もなにも覚えてはいなかった。

 それから颯太の都合が付く限り、車で迎えにきた。しかしそれは目立つ行動のため、教室での立場をより孤立を助長していた。それでも辞めるわけにいかず、真奈美は堪え忍んだ。


 健吾は顔をだしていないの、大学で顔を合わせることがなかった。それが真奈美の中で、少しだが彼の影を薄め始めていた。

 この日も迎えに来てもらった真奈美がお礼を言って、車を降りようとした。


「ちょっと待って」


 呼び止められた真奈美は、浮かせた腰を下ろした。


「はい」

「返事、そろそろ聞きたいんだけど」


 この一カ月近く、色々と考えた。そして両親も颯太から何かしらの話を聞いていたのか、かなり浮かれている。それにもうすでに、颯太と付き合っていると思っている節があった。真奈美の気持ちも、健吾を忘れられないが、もともと颯太には好意を持っている。それに体の関係もすでにある。断る理由がなかった。


「本当に、私でいいんですか? 彼氏がいるのに、颯太さんと……セックスするような女ですよ」


 自虐的に言った。


「でも俺だから、真奈美ちゃんは抱かれたはず」


 その言葉に言い返せなかった。


「よろしくお願いします」


 急に力強く引っ張られ、颯太の力強い腕に抱かれていた。


「やっと……幸せにするから」


 まるで長年の想いが叶ったような、重みのある言葉だった。

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