第39話
健吾が真奈美の体を求めてきた。他の女たちとセックスをしても、自分の元に戻ってくる健吾。
この日のセックスは優越感も混じってか今まで以上に体が熱く、内部から溶けて無くなりそうなほど真奈美を高揚させた。そして颯太との情事に対する罪悪感は直ぐに消えてなくなった。
健吾とも颯太とも毎日のように連絡を取り合っている。
健吾は約束通り他の女とは切ったと思ってはいるが、砂粒ほどの疑惑は残っている。
なぜなら、バイトをしているのにもかかわらずごく稀に、お金を貸して欲しいと言ってくるからだ。それとバイトがない日の煙草の香り。聞いても話をはぐらかす。
颯太は家が近所という事もあり、少し空いた時間などに部屋に上がり込んでは相談をしながら甘えた。それは親に甘えるとは違った安堵感あった。
颯太は真奈美の趣味や考えをよく理解してくれていた。だから余計に、彼に寄り添ってしまっていた。
本格的梅雨が明け、青空に白い雲が眩しく見え始めた頃。笙子から学校の外で会わないかと言われた。その時、隣に雄二がいたのだが真奈美を睨むように見ていた。待ち合わせ場所は、大学の近くにある小さなカフェ。ちょうど二人のコマ割りで空いている時間が重なっている日だった。
店は小さく、オーナーが北欧風にしたいと、一から店内を改装しているらしく、アットホームな造りになっている。そして日替わり手作りの日替わりケーキも人気で、講義終了後は、満席にもなる。
ただ今は講義中という事もあり、近所の主婦グループと、と真奈美たちと同じような学生がいるだけだった。
二人は窓際の席に通され、ケーキセットを注文した。飲み物は、笙子がコーヒー、真奈美が紅茶で、二人ともアイスだ。
飲み物が運ばれるまで、二人は言葉を発せずにいた。
真奈美は、笙子から漏れ出る雰囲気から、口を開くことが出来なかった。
暫くして、カランと涼しい音を立てながら、グラスが置かれた。笙子が口を付ないので、真奈美を何だか口をつけれることを憚られる。グラスの水滴が、敷いてあるコー スターの色を変え、円状に広がりつつあった。
笙子がやっと動きを見せた。グラスを手に持ってそのまま……
「わかるよね。この意味」
白いチュニックが、茶色に染まった。
「人の男に手を出して……友達だと思ってたのに。最低ね」
声を出そうとしても、喉に栓がされているように声がでない。頭から香ばしい香りのしずくが、顔を伝っては履いてた紺のスカートに染みを作っている。
「何か言いなさいよ。淫乱女」
「――がう……違う! 私は……」
「健吾にもちゃんと伝えてあるから」
「何で ?!」
「当たり前じゃない。自分だけ幸せのままでいれると思う訳? あ、思うか。だって友達の彼氏を寝取ったんだもんね」
真奈美は寝取ったという言葉に、すうっと体の熱が引いていく。
「ほら、何も反論できない。私、あんたのせいで颯太と別れることになったんだからね。まじ死ねよな」
笙子はそういうと、真奈美の紅茶のグラスを持って立ち上がり、もう一度真奈美の頭にかけた。店内の視線が、集中している。静まり返って、流れている音楽もさえも耳に入ってこない。聞こえてくるのは笙子の声だけ。
「もう話しかけないてこないで。雄二にもね」
笙子は鞄をひったくるように持って、店を出て行った。
呆然としていた真奈美に、「お客様……」腫れ物に触るように、店員がおしぼりを持って来てくれた。
「――がとうございます」
視界に入った客たちの視線が、一斉に反らされたのがわかった。
好きなのは颯太ではなく健吾だ。じゃあなぜ颯太とセックスをしたのか。自分でもわからない。ただわかることは、唯一の友達を無くしてという事実だけだった。
大学にはもどらず、タクシーを拾ってその足で家に帰った。運よく、両親が不在だったため直ぐにシャワーを浴びた。
服はもう着ることができないので、ゴミ袋に入れ、クローゼットの奥深くに隠すことにした。週明けに、燃えるゴミと出してしまえばいい。
携帯を確認すると、健吾から着信とメールが入っていた。メールには、笙子から話を聞いたこと。でも気にはしていないという事。とにかく会いたいと。
疲れた真奈美はそのままベッドに体を沈めながら、子供のように泣いた。
教室に入ると、ざわついていた音が一斉に鳴り止んだ。視線が入口にいる真奈美に集中している。どうして? と思うも束の間、後ろの方に笙子が座っているのが見えた。
その周りには、笙子と同じような雰囲気を持った女子達が一緒にいて、一緒になってクスクスと笑っていた。直ぐに元に戻ったが、真奈美と笙子の間に起きたことは広まっているらしい。
でも笙子だって、雄二と……という思いがあったが、もしここで反論しても誰の味方にはなってくれないのは目に見えていた。被害者は笙子で、加害者が真奈美なのだ。肩身の狭い思いをしながら、一番前の席に座った。
「真奈美! よかった」
情の入った声は健吾だった。
「昨日、返事がなくて心配したんだけど。大丈夫?」
「え?」
「顔色が悪いよ」
「う、うん。大丈夫。健吾がいてくれれば」
「この後、少し、話さないかな?」
真奈美は、頭を縦に振った。
講義後、二人で教室を出る時、背中からくる痛い視線を気にしつつも、そのまま振り返らずに健吾と空き教室に入った。
「笙子から、成海さんの事は聞いたけど、僕は気にしてないから」
「――どうして? 健吾を裏切ったんだよ?」
そうだ。健吾も自分を裏切っていて、胸が抉られたように痛かった。それを颯太とのことは自分には都合のいいように意味付をしていた。笙子に嫌われての仕方がない事だった。
しかし真奈美は思った。笙子は颯太と真奈美の事を、どうやって知ったのだろうか?
「僕だって真奈美を裏切っていた……それでも傍にいてくれている。何より僕は、真奈美がいてくれればいいんだ」
本当にそれでいいのだろうか。これは正しい事なのだろうかと自問自答しても、健吾がそう言ってくれるならと、納得している自分がいた。
健吾が重なるだけのキスをしてきた。すぐ目の前にある顔は、変わりなく美しい。
「ごめんね。健吾」
健吾は困ったようにほほ笑んでいた。
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