第16話
週末、行く場所は同じ何だからと、颯太と地元の駅で待ち合わせることになっていた。
先に待っていた颯太は長身もあって目立つのか、通り過ぎる女性が一瞥していく。
チノパンに白いシャツ。その上にグレーのカーデガンを着た颯太は、スーツを着ている姿よりも少し若く見えた。
昨夜、笙子から集まる場所が後楽園遊園地とメールが送られてきて直ぐに、颯太から連絡があった。だからかずっと一緒にいたような感覚だった。
「颯太さん。おはようございます」
「おはよう。行こうか」
「はい」
二人は恋人のように自然と肩を並べた。
遊園地の駅を降りると、すでに健吾と笙子が待っていた。こうして休みの日に待ち合わせをして遊ぶのは初めてで、真奈美は少し高揚していた。だから笙子の顔の変化に気付かなかった。
「おはよう。笙子ちゃん」
嬉しくて、颯太を置いたまま笙子への小走りで駆け寄った。
「おはよう」
満面の笑顔で笙子も歩み寄ってきてくれた。そう思ったのも束の間、笙子は横を通り過ぎていく。
そこで笙子からの挨拶は自分に向けられたものではなかったと気付いた。挨拶で上げた手と笑顔のやり場に真奈美は困った。
「お、はよう真奈美」
はっとして笙子への笑顔を健吾に向けた。彼の情心しているような面もちは、胸に小さな棘が刺さったような痛みをくれた。
「き、気に、することはないと思うよ」
体を、猫のように颯太へ擦り付けている笙子を二人で見つめながら、健吾が呟いた。
「じゃあ行こうか!」
笙子と颯太のペアが前を歩き、その後ろを真奈美と健吾が続いた。
笙子はホットパンツにヒールを履いて、やはり胸元が大きく開いた服を着ていた。大学で会う時よりも一つ上の装いをしてきたように見える。真奈美は細身のジーンズに、上はチュニック。でも足下はスニーカーだった。
「しょ、笙子、かなり気合入ってるね」
気合。そうだった。笙子は颯太を狙っている。だから二人で待ち合わせ場所に現れた時、笙子は抑するように無視したのだ。
颯太が笙子から離れ、四人分のチケットを買ってくれた。真奈美も健吾も自分で出すべきだと主張しても、「社会人だからこれくらいはどうってことないさ」と押切られてしまった。
その横で笙子だけは「成海さん、ありがとうございます。流石ですね」と笑っていた。
中に入っても、笙子はずっと颯太からコブのように離れない。
「ま、真奈美」
「うん?」
健吾がリュックを前に抱えて、中を漁りはじめた。取り出したのは前に見せてもらった物より大きい一眼レフのカメラ。
「ま、真奈美を撮ってもいいかな?」
「え? 私?」
健吾は頷いた。
「でも、人は撮らないって言ってなかった?」
「あ、う、うん。でも真奈美なら撮れると思うから……」
健吾は話しながら顔を下へ下へと向けていく。どういう心境の変化か真奈美には図りかねたが、良い傾向だと感じた。
「じゃあ、お願いします」
「あ、うん。こちらこそお願いします」
二人で頭を下げあっていると、「何、二人で謝ってんの?」先に歩いていた二人が、真奈美たちの前まで来ていた。
「なんでもないよ」
「ちょっと待って。健吾それ、カメラだよね? 成海さんとのツーショット撮って! はい成海さんもポーズ」
颯太は、苦笑しながら笙子にされるがままになっている。健吾はカメラを持ったまま石造のように固まってしまい動かない。
「撮ってあげたら? ね?」
健吾は頷くと、乾燥した葉を踏んだ時に一瞬立てる時の音に似たカメラの音が、爽やかな空気と溶けあい消えた。
「あとで頂戴ね。成海さん、行こう!」
笙子は、颯太を引っ張って先へ先へと行ってしまった。
「ご、ごめん」
「え?」
「ま、真奈美を撮る約束」
「え? もう撮ってくれないの?」
健吾は勢いよく首を横に振る。
「しゃ、写真、撮りたいときに撮っても……いい?」
「え? うん! お願いね。でも笙子ちゃん、颯太さんを連れて行っちゃったね」
「――寂しい?」
「え? どうして?」
「ま、真奈美ちゃん、成海さんと仲が良さそうに見えたから」
仲が良いのかどうかわからない。でも毎朝顔を合わせることが多く、駅も同じだから会えば、この前のように食事も一緒にした。
颯太といる時はいつも二人きりだったから、こうして複数で会うことに慣れていないだけ。どちらかというと、兄を取られたという感覚に似ているのかもしれない。真奈美はそう結論付けた。
「颯太さん。お兄ちゃんみたいな存在だから」
「お、お兄ちゃんいるの?」
「私は一人っ子だよ。いたらそんな感じかなって」
「そ、そうなんだ」
風に乗ったジェットコースターの音と、楽しそうな悲鳴が遅れて聞こえてきた。誰かが手を離してしまったのか、黄色い風船がフワフワと飛んでいる。
「健吾、何か乗る?」
「あ、うん」
「何に乗る? 絶叫系?」
冗談のつもりだったが健吾はあっさり承諾したので、真奈美が反対に狼狽えてしまった。
「大丈夫なの? 健吾」
「ぼ、僕、結構好きだから」
性格からして、てっきりメリーゴーランドやゴーカートといったものしか駄目だと思っていたのに以外だった。
「だ、大丈夫? 真奈美」
「あ、うん。大丈夫。行こう」
好きか嫌いかで言えば、嫌いに近いかもしれない。
でも周りから木霊する悲鳴のような歓喜の声が真奈美の心は軽くさせ、苦手な気持ちは風船と共に青い空に吸い込まれていったような気がした。
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