第7話

 部屋に行く前に、母に成海颯太について聞いてみることにした。

 ソファに座り、ハーブティーを飲みながらニュースを見ている。母親の日課だった。


「お母さん」


 真奈美は母親の隣に座った。カモミールの良い香りが、先ほど感じた気持ちを和らげてくれた。

.「成海さんって、知り合いなの?」

「成海って聞いたことがない?」

「え?」


 しばらく考えてみたが、知り合いにもいなし、やはり聞いたこともなかった。


「そっか……真奈美はまだ選挙権はなかったわね。でも成(なる)海(み)源一(げんいち)って名前は目と耳にしたことはあると思うわよ」


 そう言われて、すり込むようにしつこく何度も拡声器で名前を繰り返し、試験勉強中の真奈美の集中を遮っていた声と名前。


「ある」


確か国会議員をしていたはずだ。


「成海家は代々政治家で、成海源一、颯太さんのお父さん。お祖父さんは何度か、大臣にもなっている家よ。成海さんには兄弟がいて、お兄さんが政治家の道を進むようだけど弟の颯太さんは、サラリーマンになったとは聞いていたけど……まさか真奈美と知り合いだったなんてね。お父さんが会社を立ち上げて時、色々と面倒を見てくれたのよ成海さん。だから真奈美。しっかり捕まえとおきなさい」

「捕まえるって?」

「真奈美が颯太さんと結婚でも出来れば、会社は安泰だし、真奈美も玉の輿じゃない」


 先ほどの父親のあの目はそういう事だったのかと、悲しくなった。


 親が言うことも分からなくはない。でもそこには自分の気持ちは、心を持たない人形のように思われているような虚しさがあった。


 部屋に戻り、ベッドに体を預けた。今まで両親からは真っ直ぐな愛情を受けてきたと素直に思える。しかし始めて愛情とは別種のもの、欲を垣間見た。


 それは壁にある小さな空洞から向こう側を覗き何が見えるのか。それとも目を穴に近づけた瞬間に、反対側から針が突き刺さってくるのではないか。それともただ真っ暗な闇しかみえないのか。


 でも結局は怖くて、その穴が覗くことができない。もし鮮明に何かを見えてしまったら……隔てていた壁が崩れ去って、嫌でも直視なければいけない。それは真奈美の心が拒んでいる。

 横目に流れていく景色のように、両親の表情と言葉を曖昧にしたかった。


 一息ついて、この家には今までなかった臭いが髪と服、皮膚から香ってくる。

 ほろ苦い煙草の臭いと、飲んでもいない酒が融合した大人の香りだった。でも良い香りではない。早く風呂に入って嫌な事は洗い流そうと一階に下りた。








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