ほこりだらけの宝箱

大隅 スミヲ

ほこりをかぶった宝箱

 土佐とさいわおは、プロレスラーだった。

 いまは現役を引退して、バラエティ番組などに出演している姿を見かけることが多い。

 身長185センチ、体重120キロという巨漢。元はレスリングでオリンピック日本代表候補となったことあり、そのテクニックに関してはプロレス界でも評判の男だった。

 プロレスラー時代は、何度もチャンピオンベルトを巻いた実力派レスラーであり、後輩レスラーたちからは憧れの対象でもあった。

 またキレさせると手が付けられなくなるということもファンの間では有名であり、礼儀には厳しく、礼を欠いた態度を取った他団体のレスラーをボコボコにしたという武勇伝のようなものもあったりした。

 そんな土佐だが、いまはバラエティ番組で見せるコミカルな姿が人気となっている。巨漢でコワモテだった男が、女性たちにカワイイなどといわれているのだから、不思議なものだ。


「土佐さん、あれは処分しちゃってもいいんですか?」

 若手レスラーの東村ひがしむらおさむが、事務所の隅にずっと置かれている段ボール箱を指さしながらいった。

「あえっ、れだよ」

「あの箱です」

あにが入っている?」

「えっとですね……マスクとかリストバンドとか、古いやつみたいでボロボロになっています」

れ?」

 土佐がその大きな体をのっそりと移動させて、段ボール箱の中身を覗き込む。


 次の瞬間、東村の頬に土佐の大きな手のひらが勢いよく飛んできた。

「バカ野郎っ! @△×●☆□#$&ダロがぁ!」

 大声をあげながら土佐が東村のことをタコ殴りにする。

 元々滑舌がよくない土佐だが、怒りが沸点に達すると本当に何を喋っているのかわからなくなってしまうのだ。

 最近では、それがウケてバラエティ番組に引っ張りダコとなっている土佐だが、往年のプロレスファンからしたら、鬼殺しの異名で呼ばれていた土佐がバラエティ番組で若手芸人にイジられて、滑舌を馬鹿にされるという姿は見ていられなかった。


「土佐さん、落ち着いてください」

 ふたりの様子を見ていた山川やまかわ拳一郎けんいちろうが、慌てて止めに入った。

 山川は普段はマスクレスラーであるが、事務所では素顔で仕事をしていることが多い。本人は素顔なら身バレしないと思っているようだが、その特徴的な体型は隠すことが出来ず、ファンであればマスクレスラー『獣王パンサー』の正体が山川であるということは言わずと知れたことであった。


 山川に抑えられて、ようやく落ち着きを取り戻した土佐は息を荒くしながら近くにあったパイプ椅子にどっかりと腰を降ろす。

「どうしたっていうんですか、土佐さん」

「いやよ、こいつがよ、あれを、ミだってうからよ」

 息を切らしながら土佐がいう。


 山川は、事務所の床に正座して座っている東村の巨体の脇に置かれている段ボール箱へと目をやった。

 確かに小汚い段ボール箱だった。その箱には『土佐』と名前がマジックペンで書かれている。

 段ボール箱を開けてみると中には、プロレス用のマスク、リストバンド、レスリングシューズ、テーピングなどが入っていた。

 これは、すべて土佐が現役時代に使っていたものだった。プロレス用マスクは、一度だけ悪役レスラーとして試合をしたときに被っていたものだ。試合の途中で「こんなことやってられるかっ!」と叫んでマスクを脱ぎ捨てたという話は今でも語り継がれている伝説のひとつだった。


「東村さ、どうしてこの段ボール箱の中身を捨てようと思ったの?」

 優しい声で山川がいう。山川は若手レスラーたちの教育係であり、厳しい先輩であったが、たまに見せる優しさで後輩レスラーたちからは慕われていた。

「その、ホコリまみれだったんで、もう捨ててもいいのかなと思いまして、土佐さんに確認した次第です」

「てめぇ、ホコリまみれだと? バカうんじゃねえよ、その箱の中身はな、俺の誇りなんだよ。誇りだらけの宝箱なんだよ。かってんのか」

 土佐がまくし立てるようにいう。


 相変わらず滑舌は良くないため、半分は何を言っているのか理解ができなかった。やっぱり、バラエティ番組のように字幕が必要だな。山川は心の中で、そう思いながら土佐をなだめた。

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ほこりだらけの宝箱 大隅 スミヲ @smee

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