たくさん愛と恨みを込めたチョコの注射、どうか受け取ってください

赤茄子橄

本文

明日あしたくんが私のヒーローさまなんだよねそうだよね違うはずないよねこれだけ証拠揃ってるんだもん言い逃れできないよね今まで何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も騙されて躱されてきたけど今日という今日はいつものようにはさせないよみんな私たちの幸せな運命を祝福してくれてるしごまかせないからねあれもしかして震えてるかわいいなぁ〜もぅ〜あもしかして今晩からの私とのキモチイイことを想像して楽しみすぎて震えてるのかなそれともこのチョコが早く欲しくてウズウズしちゃってるのかなそっかそっか〜嬉しいなぁ」



 うわぁ、こっわ。これ、完璧に狂っちゃってるよ。


 感情わからない平坦な声音の早口、瞳孔開きっぱだし、目の焦点合ってない。

 せめて瞬きくらいしてよ。どう見てもホラーだよ......。


「ん? あれあれ、どうして後退りしてるの? ほら、こっちおいで〜? 怖くないよ〜? 今まで焦らされた分も、たっくさん憎しみ愛情を込めたチョコをあげるだけだよ〜? この紅紫名くしなお姉さんが、思いっっっっっっっっっっっっっっっっっきり........................................................................拷問してあげるだけなんだよぉ?」











 ............ふぅ。


 さて、この局面、どう乗り切る。


 目の前には飢えた野獣もかくやというほどの殺気と妖艶な空気をムンムンと撒き散らしつつ、口の端からはヨダレを垂らし、なんかヤバいクスリでもキメているかのような恍惚とした表情の彼女。


 手には茶色い液体っぽいものが詰まったシリンジの先に、ストローみたいな太さの針がついてる注射器をブラブラさせてる。馬用の注射かよ。

 たぶんあれの中身、チョコ、なんだろうな。


 いや、こんな恐ろしいバレンタインデーある?

 血管にチョコ(?)を注射されるとか無理すぎるんだが。


 並のホラー映画もスプラッターも、ここまで人の恐怖心を煽ることはできないよ。


 中身の成分がどんなものなのかは知らないけど、あんなものぶっ刺されたらそれだけでショック死するわ。


「心配しないで? チョコだけじゃないよ。ちゃんと私の血液とかいろんな体液を混ぜ混ぜしてるから。気持ちよくなるおクスリも入ってるけど、私の一部の方がメインだから♡ チョコの成分なんてチョコっとだけ。なんちゃって」



 ......心読まれてる?

 ってか、それならそれで余計に嫌なんだよなぁ。


 あと、ダジャレを入れたからってマイルドにはならないんだよねぇ。


 どっちにしても血管に注射したらオワるやつでしょ。


 周辺に助けを求められそうな人影はなし。

 というか、仮に助けを求められたとしても、この感じだと外堀は埋められてるだろうし、「いちゃいちゃするな」だとか適当な解釈を受けるだけか。


 だいたいこの俺が他人に助けを求めるなんてあっていいはずがない。

 俺は助けを求められる・・・・・側なんだから。


 実際、俺は百戦錬磨を自負してるし、これまで数々の修羅場を潜ってきた実績もある。

 なのに今、彼女を前に勝手に身体が震え、その圧力に不覚にも一歩後退してしまった。


 彼女が『証拠』と呼んで提示してきたものは、俺と件の『ヒーローさま』の出現場所が一致する確率が非常に高いという程度のもの。

 まだゴマカシは効く、か?


 少なくともこのまま何もしなければ、俺は彼女の持つ注射器をぶっ刺されて、めでたく聖バレンタインデーを迎えることになるんだろう。


 目の前の彼女の尋常ではない様子。にこやかな表情なのに目は全く笑ってない。

 にこやかな表情でヨダレをだらだら垂らしてるってのも、器用なことで。


 明らかに俺を逃がす気なんてないって顔だ。


 天涯孤独のこの身。

 親しい人はおろか、俺のことをまともに認識できている人間もいない今、万が一にでも捕まるわけにはいかない。


 俺を助けてくれる可能性のある人なんて誰もいないわけだし、もしかしたら彼女についていったが最後、二度と戻ってこれないかもしれないのだから。


 俺が助けてきた人たちの中にもそういうヤバい状況たまにあったし。


 この局面を回避するには、やっぱりいつもと同じように記憶と証拠を消して......。


真黒明日まくろあしたくぅん? なぁに〜、まぁた私の記憶も証拠も消し去って逃げようとか思ってる〜? 無駄だからね〜? いろんな人、物、場所にたくさん記録してきたから。私の記憶とか私が持ってる物を消したところで私はすぐに明日あしたくんを見つけちゃうからね。今日の記憶が消えたらそれはすなわち明日くんが私のヒーローさまで、これまで私の記憶を消してた犯人ですって言ってるようなものだしね」



 くそっ、だめか......。一時しのぎだけしてどこか遠くに逃げるって手もあるけど。

 そしたら俺は生涯彼女から逃げ続けて、ビクビクと怯える日々を送ることに......。


 そんなのは嫌だ!

 ここは全力で誤魔化す!


「いやぁ、何言ってるかわからないですねぇ」


「往生際が悪いなぁ。そういうところも可愛いけどさぁ。あんまり私を怒らせないでほしいなぁ。そもそも、私はもうかなり怒ってるのはわかってるよね? 今まで何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、私の大切なヒーローさまの記憶を奪い去ったこと、私の数少ない幸せを奪い取ってきたこと、絶対許さないからね? でも大丈夫、この恨みは、これから一生私のことしか考えられない身体にして愛してあげることで晴らしてあげるからね。今日はとっても素敵な日。まずはこのバレンタインデーに、私の恨みを注射してあげる♡」



 感情が忙しい人だなぁ。怒ってるのか恨んでるのか愛してくれてるのか、どれか1個にしてくれないかなぁ。

 まじで怖いんだよね。


 美人が台無しだよ。


「まぁまぁ、まずは落ち着いて話をしようよ。ヒーローって、この前に紅紫名くしなさんが言ってたやつでしょう? 昔助けてもらってお礼を言いたいっていう」


「お話、ねぇ......。まぁいいわ、あなたが自由意志でお話するのもあと少しなんだし、その時間稼ぎに付き合ってあげましょう」



 いや、だから発言がいちいち怖いんだって。

 恐いんじゃなくて怖い。


「えぇそうよ、私のヒーローさま。私が認識してるのは5回、助けてもらっちゃった」



 ......多分合ってる。俺が覚えてるのも、5回だ。

 けど、記憶も記録も全部消してるはずなのに、なんでわかった?


「だから次は私の番なの。ヒーローさまの手を煩わせる汚い欲望にまみれた俗世からあなたを救い出して、私の愛に満ちた素敵な世界で肉欲だけに溺れる人生をプレゼントしてあげるの! 大丈夫。私、ハジメテだけど、イメージトレーニングはバッチリできてるから! まずは30秒以内に1度目の昇天を経験させてあげる♡」



 まったく......。

 もっと早くこんなにヤバい人だって気づいてたらなぁ......。


 いや、気づいてたとしても俺の性格的に同じ状況に陥ってたか。


 なんにしてもこんな言い訳をダラダラ考えてても仕方がない。

 とにかく、なんとか誤魔化すぞ。


「いろいろ興奮させちゃって、恥ずかしいことを言わせて申し訳ないんですけど、俺は紅紫名くしなさんの言うヒーローさんじゃありませんって」


「ふぅん、この期に及んでまだそんな事を言うんだね? 前も言ったと思うけど、そういう嘘を重ねて、もしも明日くんがヒーローくんだって確定したら、私にどれだけひどいことされても文句言えないってことだからね?」


「............まぁ、はい。いやだって俺じゃないですもん。っていうか紅紫名さん、いつもとキャラ違いすぎてびっくりしちゃいましたよ。ヒーローさんのことが好きで追いかけてるのは知ってましたけど、こんなに豹変するほどだったとは」


「えぇ、好きよ。大好き。愛してるわ。そんな彼が目の前にいてもうすぐ私の彼氏に............いえ、お婿さんになるっていうんだから、正気でいられるはずないよね?」



 うおぉぉぉ......。紅紫名さんの目が益々やばいことになってく......。

 でもいまさら退けない。ここまできてバレたら本気でヤバいっぽいし。


 このまま押し通す!


「いやいや、ですから俺は違うんですって......。その証拠っていうやつだって、ヒーローさんが現れたっぽいところにたまたま俺がいたことがあったってだけじゃないですか」


「うーん............」



 やっぱり証拠っていってもその程度で、俺の言葉に反論できないのかな?

 ふぅ、これなら今回もなんとかなる、かな?


 ここで追撃して終わりだ!

 俺がヒーローだったら言わないだろう紅紫名さんの後押しをするような甘い言葉を吐いておけば、俺への疑念は晴らせるでしょ。


「まぁ俺はその人のことについて全然全くなんにも知らないんですけど、紅紫名さんにはお世話になってますし、見つかることを願ってますよ。もし本物のヒーローさんに会えたら、ハメを外してハメてあげるといいんじゃないですかね? きっとヒーローさんも紅紫名さんと結ばれたら喜びますよ」


「んー、そうかなぁ。ほんとにそう思う?」



 おぉ、可愛い上目遣い。

 ホラーな顔じゃなく、こんな素敵な表情だけしててくれるならいいんだけどねぇ。


「え、えぇ......紅紫名さんはキレイですからね」


「そっかそっか。そしたら、もし私がヒーローさまに告白したら、私のことぐっちょんぐっちょんに喰い散らかしてくれるかな?」


「きっとそうなりますよ。知りませんけど」


「ふーん、そっかぁ」



 よし、これで話は流れたはず。











「うふふっ、そっかそっか、明日くんってば、私のこと喰い散らかしてくれるんだぁ」


「えっ? いやだから俺じゃないって......『今なら』......え?」


「今ならまだ、素直に謝ってくれたら、少しくらいなら許してあげるかもしれないよ?」



 いやいや、あんた......それ許すつもりの人間に向ける目じゃないから。

 ってか、なんでだ? 誤魔化せたんじゃないのか......?


 さっきまでよりももっとホラー味が強くなってないか?

 圧が強すぎるんだけど......。


 謝るなら早めにしといたほうが、万が一のときの心象はいい......のか?


 いや駄目だ駄目だ。なに弱気になってるんだ俺。


 もし本当に彼女が『ヒーローさま』の正体を確定できてるなら、こんな遠回しなやり方はしないで俺を拉致したり、とっくに強硬手段にでてたはず。

 今の問答は俺の反応を見て探ってきてるに違いない。


 こんなのいつもの紅紫名さんのやり口じゃないか。


 大丈夫。彼女の記憶は戻ってないはずだ。

 冷静にやり過ごせ。






「ふふふ、思い返してみたら私たちの出会いは運命だったよね」


「いやだから、紅紫名くしなさんのヒーローくんは俺じゃないんで知らないですけどね。思い返す想い出がないんで」


「あはっ、そう言えばそういう設定だったね。んー、もう詰んでるのにいつまでもそうやってのらりくらり躱したつもりになられるのはそろそろムカつくなぁ」


「間違った相手を運命の相手だって思い込んで苛立つなんてもったいないんじゃないですかね。そんな恐い顔しちゃ、美人が台無しですよ?」


「私たちが初めて会ったのは、私が中2の頃、だったよね?」


「俺たちが出会ったのは大学に入ってからですよ」


「....................................ふぅ〜〜〜。うん、しょーがない、もうちょっとだけ我慢してあげる♡」



 カマかけてきたって無駄ですよ。

 そんなヌルい手に落ちる俺じゃありません。


「そう言えば最初の頃はこんな感じでとっても不快な気持ちにさせられてたなぁ〜。私の記憶が最初に曖昧になったのは中2の夏だったね? ね? 明日あしたくぅん?」


「俺は知りませんけどね?」


「あれはそう。中2の誕生日で、前期の期末テスト最終日だったね」



*****



 ビチャッ。


「あ......。また鳥のうんち......。はぁ......今日もついてないなぁ。車にも轢かれかけたし、電車は遅延するし。今日は誕生日なのに最悪だし、その上、期末テスト最終日なのに完全に遅刻だよ......」



 ただの登校中にも関わらず、いつものように大量の不運に見舞われる一日。


 定期テスト期間だったこと以外はある意味普段と何も変わらない日、いや、誕生日だからある意味特別な日になるはずだった。

 まぁ、私の誕生日なんてあんまり祝ってもらえないわけだけどさ。


 それでも、ちょっとくらい、良い日にしてくれたっていいじゃんね?

 けど、その期待は簡単に裏切られる。


「おおおおおおおいいいいい、そこの子、避けろぉぉぉぉ!!!!!!! 上だああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「えっ?」



 道を隔てて少し離れたところから聞こえたおじさんの声に釣られて上を見上げた瞬間、私は死を覚悟した。

 巨大な鉄骨が数本、私に向かって落ちてきてたから。


 小さな頃から毎日毎日不幸な目にあってきた私だったけど。

 命に関わるような事故とかにも何度も巻き込まれかけたこともあるけど。


 それでもここまで確実に死ぬと思った経験はなかったな。


 思えば理不尽な人生だよ。


 この不幸体質のせいで友達もみんな私から離れていくし、できるだけ表には出さないようにしてくれてはいるけど、家族にも疎まれてることはわかってる。

 誕生日とかクリスマスに貰ったプレゼントもすぐに何かしらの理由で壊れる。


 別に私は何も悪いコトなんてしてないはずなのに。

 いい子にしてるはずなのに、神様は見てくれてないみたい。


 明確にいじめられてるってわけじゃないけど、それに近いくらいには無視されてる。

 先生たちも私の運の悪さは知ってるからこそお目溢ししてくれてるところもあるけど、それ以上に厄介者扱いされてることもひしひし伝わってくる。


 私のせいじゃないけど、他の誰のせいでもない。

 私がそばにいるってだけで不幸に巻き込まれるんだから、私を元凶扱いしたくなる気持ちも、そんな元凶に近づきたくないって気持ちも、わかる。

 わかるんだけどさ......。


 私にだってちょっとくらい何か良いことあったっていいじゃん。

 あーぁ、最期まで良いことなんて何もない人生だったな......。


 私、なんのために生まれてきたんだろ......。


 時間の流れがすっごくゆっくりに感じるし、昔のこともいろいろと頭に浮かんでは消えてく。

 あぁ、これが走馬灯ってやつなのかな。



*****



「ってね」


「ほぉ」



 淡々と中学生のころの想い出を語ってみる。

 明日あしたくんは「だからなに?」みたいな顔してる。


 とぼけたって無駄なのにね。

 まぁいいや、もうちょっと時間稼ぎに付き合ってあげるって言ったのは私だしね。


「このあと、私の記憶に残ってるのはその日の最後の科目のテストを受け終わってチャイムを聞いてる瞬間なんだよね。不思議だね? 絶対死んだって思ってたのに、なぜか数時間分の記憶がなくなってて、私は生きてるんだよ」


「その話、前も一度聞かされましたけど、白昼夢とかってやつなんじゃないですか? テスト勉強で疲れててストレス溜まってて変な夢でも見てたんでしょう」


「まぁそういう可能性もあるよね」



 確かにあのときは私も夢だと思ってたな。


「っていうかそれ、思い出したくない記憶なんじゃないんですか?」


「うん、そうだね。死ぬ思いをしたからかな。思い出そうとしたらすっごく嫌な気持ちになるんだよねぇ」


「じゃあもう思い出すの辞めましょうよ。そんなの思い出してもなんもいいことないですよ」



 あはっ。なんとかしてお話を終わらせようと必死なんだね。可愛いね。

 殺したいほどムカついちゃうな。


 でももうちょっと我慢だよね。

 我慢すればするほど気持ちよくなるもんね。


 チョコを注射プレゼントする前にムードを作るのもバレンタインの醍醐味だもんね。


「ううん。私と明日くんの大切なハジメテの思い出なんだもん。ちゃんと思い出していい思い出に書き換えたいじゃない?」


紅紫名くしなさんもなかなかしつこいですねぇ。俺じゃないですってば。だいたいそのとき誰かに助けてもらった記憶はないんでしょ?」


「うーん、そうなんだよね〜。ほんとに、何があったんだろうねぇ? 私も真相を知りたいんだけどね〜」


「わかりませんけど、やっぱりその事故が夢だったんでしょ? そういう夢を見ちゃうのはそんなに変なことじゃないと思いますけど?」



 あはっ、私の夢だってことにできそうで安心してきてるね。

 そうはいかないんだよね。


「いやー、あの恐怖は本物だと思うね」


「......チッ」


「あれれ、明日くん、いま舌打ちした? なにか都合が悪いことあったのかな?」


「いやぁ? 紅紫名さんの気のせいでしょ?」



 ふふふ、今すぐ手足を拘束してぶち犯してあげたいくらいムカつくけど、許してあげる。今はね。


「そうなのかなぁ〜」


「そうですよ。それよりも紅紫名さんの話。本当にそんな事故があったら、絶対もっと大きな話題になってますって。だから、そうじゃないってことはきっと何もなかったんですよ」


「ううん、多分違うよ。実際にあったんだと思うの。あの日、私も夢かもなって思って、朝に鉄骨が落ちてきた場所にテストが終わってから行ってみて工事現場の人に聞いてみたんだよね。そしたら朝確かに工事に使ってた鉄骨が落ちたのは間違いないってみんなが口を揃えて言うんだもん」


「は、はぁっ!?」



 ふふっ、動揺してるね。

 全員の記憶を消したはずなのにって思ってるのかな?


「ん? どうしたの? 何かおかしいことでもあった?」


「い......いや、なんでもないです。紅紫名さんの夢じゃなかったってことにびっくりしただけで......」



 あら珍しい。明日くんがこんなに取り乱すなんて。誤魔化せてないよ?


「その人たちの記憶は確かなんですか?」


「うん、工事現場の人、みーんな、同じこと言うんだもん。確かだと思うんだ。その後どうなったのか覚えてないって言うんだけどね?」


「そ、そうなんですね......。い、いやぁ不思議なこともあるもんですねぇ。けどまぁ、集団で同じ夢見たとかじゃないですか? ほら、駅前の・・・工事現場っていうシチュエーションのせいで、みんな似たような危ないシーンを思い描いちゃったとか、そういう無意識的な何かとか! ね、そういうのあるかもしれないでしょ? ほら、もう恐いこと思い出すのはやめましょ? 嫌な想い出は忘れちゃいましょうよ!」



 ............ふふふふふ。あっはははは!

 問うに落ちず語るに落ちたね、明日くん♡


 それに慌てちゃって、いつもと違ってとっても饒舌だね♡


「うーん、でもなぁ。その時の話でね、もーーーーーーーーーーーーっと怖いこと、あるんだよね〜」



 明日くん......。いや、私のヒーロー様。

 これで、チェックメイト、だよ?♡


「も、もっと怖いこと?」
















「私、事故に遭ったのが『駅前』だなんて話、今まで誰にもしたこと、ないんだよね〜」


「..............................前に紅紫名くしなさんが言ってたような気がしますけど..................」



 あー、明日あしたくん、いけないんだぁ。

 完全にチェックメイトなのに、この期に及んでまだ言い訳するんだ〜。


 ま、どうせもうしばらくしたら明日くんは私のお婿さんなんだし、チョコクスリでお猿さんになっちゃう前にもうちょっと一緒に遊んでもいいよね?


「言ってないんだよねぇ。私、本物のヒーローくんにとどめを刺すときのために、この情報は伏せてきたから」


「い、いやぁ。なんていうか、何でだろうね............」



 ふふふふふふふふふふふふふ。明日くんの絶望顔............かんわぁいいいいいいいいいいいいいよぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!!

 けどまだ折れてないって感じだし、本気で止め、刺しちゃお♡


「言い訳すればするほど、あとでするお仕置きを激しくしちゃうよ?」


「い、いやいやいやいや、ま、まままままぁ? 俺とは関係ないんで..................?」



 ありゃりゃ、明日くんってば、了承しちゃったね♡

 明日の朝には、ぐっちょんぐっちょんのぬっちゃぬちゃにしたげる♡


「明日くんが言わないなら私が言ってあげる。それはね? 明日くんこそが、あの日あの場所で私を助けてくれたヒーローさまで。そして、私の記憶を消した張本人だから、でしょ?♡」


「ち、ちがっ」


「何も違わない。私とヒーローさまのハジメテの記憶を奪ったのは、明日くんが自分の正体をバレないようにするため、なんだよね?」


「し、知らないんだって」



 うーん、ここまで否定するってことは......もしかして明日くん..................。












 私が本気で怒ってるって気づいてないのかな?


「私、怒ってるんだよ。明日くん。私はあなたのこと大好きだけど、その分今までヤラれてきたことが許せない気持ちもたくさんあるの」


「..................」



 黙っちゃって、ずるいんだぁ。

 私が優しくしすぎたのが、いけなかったのかなぁ。


「私が優しく言ってあげちゃってたからかな。愛情込めたバレンタインチョコをあげるからって、許してると思っちゃった? ううん、許してないよ。死ぬほど気持ちよくさせてあげるけど、その代わり死ぬまで搾り取るし」


「....................................」



 あぁもぅ。口数ゼロになっちゃった。

 私のヒーロー様はいつもいつもこういうとこでズルいんだから!


「私の......。私の大切な、大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事なあの日の記憶。不幸ばっかりだった私の人生最初の幸せの記憶を摘み取ったのは......明日くん、だよね?♡」


「ほ、ほんとに俺じゃない!」


「あの日の場所まで知ってたのに?」


「い、いや............その............。ば、場所を知ってたのだって..................そ、そう! 紅紫名さんの話から俺が勝手に駅前を想像してしまってただけで! 鉄骨が落ちてくるといえば駅前! みたいなさ! そういうセオリーあるじゃん!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁ」



 ビクッ。


 あ、明日くんビクってした。

 カワイッ♡


「まぁ、あの日のことはいいや」


「............え?」



 ふふふ。私が急に折れたから不思議そうな顔してる。

 そう、私にとって1回目の話は呼び水でしかないんだよ。


 まさかこんなにしっかりと釣れてくれるなんて思ってなかったし。

 おかげで確定しちゃったから、もうこの後はホントはいらないんだけど......せっかくだしね!


「私ねぇ、5回目のとき、つまり1年半前のあの現場の近くにあった監視カメラの映像、手に入れたんだよね」


「う、嘘だ! だったらさっき俺に見せてたはずだし......」


「さっき出した証拠が全部だと思っちゃった? あんな決定的じゃないものしかないって? そんなわけないじゃない♡」


「そんなわけない! あの辺りに監視カメラは............はっっっ!」



 愚かな明日くん。

 記憶を操作するようなヒーローさまを相手にするんだから、最大級の警戒するに決まってるじゃない。


 しかも、また語るに落ちてるし。かわいいね。


「うんうん、そうだね。あそこに監視カメラはなかったね。人のいない路地裏で。私、知らない男の人たちにレイプされるところだった。危なかったよね〜。私の不幸は命に関わるものだけと思ってたけど、まさか連続強盗強姦魔のグループにたまたま目をつけられるなんて、いよいよ不幸も極まってるよね。けどさぁ、そのことを知ってる人なんてねぇ、ほとんどいないはずなんだよねぇ」


「............ニュースで......『あのことは』......?!」


「あのことはさ、報道とかされてないんだよね。犯人グループが捕まったことだけ報道されて、それ以外は伏せられてるんだよ。だからニュースで見て知ってるはず、ないね?」


「..................」



 やっと黙った♡


「お利口さんね。まぁこうやって明日くんが無駄な抵抗すると思ってね。いきなり全部の証拠出しちゃったら、明日くんはすぐになにか対策を打つかな〜って思ってね? こうやってちょっとずつ小出しにしておけば、どんどん話に矛盾が出てくるでしょ?」


「あぁ......」



 そろそろ気づいたかな? もうチェックメイトなんだってこと。


「あの日の映像だって、監視カメラじゃないの。近くの人が気づいて通報するために撮影してくれててね。そこに一瞬だけ明日くんっぽい人影が映ってただけなの。だから証拠としては不十分。だけど、それを知らない明日くんはこうして見事に釣れてくれたってわけ」


「............................................................」



 はい、おしまいだね♡

 おとなしく私の憎しみ愛情たっぷりチョコ、受け取ってね。


「中2のときに初めて助けてもらって以来、4回、だよね。中3の誕生日、高2の誕生日。大学1年の誕生日、そして去年、大学3年の誕生日。記憶はあなたに消されて曖昧なままだけど、最近のやつはちゃーんと記録だってつけてるからね」


「..............................な、なんで気づいたんです?」



 ありゃ、認めちゃった。

 案外あっけなく降参してくれたね。


 なんで気づいたの、かぁ。


「記憶に齟齬がある状態ってね、一度ならともかく、何度も起こると結構恐いんだよ。なにかの病気かなって思っちゃうの。だから3回目からは記憶に齟齬が起こったときにはメモしようって決めてたんだ。そしたらさ? 最初の1回も含めて、記憶に齟齬があるのは5回ともが私の誕生日で、その直前の記憶は全部事故とか事件に巻き込まれてるときだった! きっと不幸な私への神様からの誕生日プレゼントなんだって思った!」


「た、誕生日だったなんて知らなかった!」


「ありゃ、そうなんだ。でも『誕生日は』知らなかっただけで、助けてくれたのは明日くんなんだよね?」


「..................」



 誕生日プレゼントじゃなかったのは残念だけど、そんなのは関係ない。


 もう終わりかな。

 俯いちゃって可愛い♡


 せっかくだから根拠は全部教えてあげちゃう♡


「他にも気づいた理由はあるよ」


「な、なんですか......?」


「今年度の最初、私たちがちゃんと対面したときだよ。私たちのボランティアサークルに明日くんが入ってきたとき。大学のサークル棟で新歓したときさ、私、明日くんを見た瞬間思ったの!」


「な、何を......?」


「この子のこと、見ただけで生理的に嫌な気持ちになるなって」


「..................へ?」



 あはっ。意外そうな顔してるね。


「うん、意外でしょ? なんかね、明日くんの顔を見ただけですっごい嫌な気持ちになったんだぁ。不思議だよね。私、あんまり人に悪感情抱かないんだけどね」


「............俺のこと、嫌いってことですか?」


「私も最初はそうなのかなぁって思ってたんだけどね。半年くらい前かな、ふと気づいたんだよ。よく知りもしないイケメン君のことを見て、ただの後輩くんのことを見て、ここまで嫌な気持ちになるなんておかしいってね」



 今思い出してもスッキリするよ。

 点と点が繋がったような、知恵の輪が解けたときみたいな快感。


「きっと、私は明日くんのことを知ってる。けど、恐い体験とか嫌な想い出と一緒にセットで知ってて、その記憶もぼんやりボヤケて混ざって覚えてるから、『明日くん=嫌な思い出』って身体に刷り込まれてるんじゃないか、ってね」


「な......るほど......?」


「もしそうだとしたら納得がいくなぁってさ。明日くんが私のヒーローさまだとしたら、全部繋がるってね」


「そう......ですか......」



 はい、これでお話はおしまい。

 明日くんもすっかり折れてるみたいだし、さっさとこの愛を明日くんの血管に注がせてもらいましょ♡


「ひっ......。そ、それでも......それでも俺じゃないんです! だからその注射は本当のヒーローくんに刺してあげてください! お願いします! それだけはやめてください!」



 チッ。いつまでも駄々こねないでよね。

 ヒーローさまならおとなしくヤラれなさいよ。


「なんでそんなに頑ななのかな? 私と一緒になるの、そんなにイヤ?」


「い、いや、そういう問題じゃ......。あー......そのー......あ、そうだ、紅紫名さんが間違った人と交配しちゃって傷つくのを避けようとしてるだけっていうね?」



 ムカッ。

 そろそろ長いなぁ。いい加減にしてほしいんだけど。


 あっ。もしかして............。


「明日くん。私とつがいになったら、束縛されて人助けの活動できなくなるって思ってる? あ、そっか、私、前に言ってたもんね。私、ヒーローさまのこと捕まえたら二度と逃さないって」


「..............................」


「でも大丈夫だよ。ちゃんと人助けはさせたげる。だってソレは明日くんの生き甲斐だもんね?」


「..................ほんとに俺の自由にさせてくれるの? ......いや、俺がそのヒーローくんってわけじゃないんですけどね? 一応聞いておこうかなって」



 もうそれ答え言ってるようなもんだよ♡


「うんっ、嘘じゃないよ。だから、全部認めて、こっちにおいで? 痛いのは最初だけだよ。あとは気持ちよーく、なれるからね♡」


「............わかりました......」



 あぁ、あぁ!

 この瞬間を何年も待ってたんだよ!


 ほら、明日くん、おとなしく過ちを認めて、私と1つになろっ!


「あはっ、いい子いい子♡」


「..................そうだよ、紅紫名さんを助けたのは俺。記憶を消してるのも......」


「自分の正体がバレないようにしてたんだよね?」


「............うん」


「私に捕まったら人助けできなくなると思ったから?」


「......はい」


「なんでそこまで人助けにこだわるの?」


「いや、なんていうか、自己実現の欲求っていうか。誰かの役に立ちたくて......あと人知れず人の役に立ってるってカッコいいなって......」



 まぁ、予想通りかな。


 けど、やばい。私、限界だ。

 早く注射ぶっ刺してお持ち帰りしょ。


「たったそれだけのつまんない理由で、私の大事な記憶、消したんだね?」


「............えっ?」



 私の幸せは、そんなどうでもいいゴミみたいな気持ちのために後回しにされてたんだ。

 許せるわけないよね。


「確かに明日くんは凄い活動いっぱいしてるよ? たくさんの人を助けてると思う。私も、何度も命助けてもらったもんね。でもさ、記憶を消された方はたまったもんじゃないんだよね。大事な大事な思い出がなくなってるの。愛するべき人の記憶がなくなる感覚、味わったことある?」


「い、いやっ、ない、けど......」



 うん、ないよね。

 記憶が一部なくなってる恐怖も、大切なはずのことを覚えてない辛さも、大好きな人に逃げ続けられる悲しさも、なにもかも、明日くんにはわからない。


 あー、あとあれもだ。


「明日くん、前に私にお友達の男の子がヒーローなんじゃないかって勧めてきたこともあったよね? あれも最悪すぎるよね」


「..................」


「危なかったよ。あぁいうことされてさ? もしも、まかり間違って私が明日くん以外の人に純潔を捧げてたら、どう責任取るつもりだったの?」


「ご、ごめんなさい......あのときは俺も必死で......」


「必死なら何をしても許される、なんてわけないよね?」


「は、はい......すみませんでした......」



 やば、シュンとしてる明日くんも可愛すぎっ!

 さっさとヤッちゃお♡


「この恨み、晴らさでおくべきか、だよ?」


「あ、あははは......紅紫名さん......怖い、ですよ?」


「怖くない怖くない。心配しなくていよ。このチョコクスリだって、脳みそがぶっ壊れて発情が止まらなくなるだけだから。この薬は私専用に調合してるから、これから明日くんは私にしか発情できない身体になれるんだよ。幸せでしょ?」


「ほ、本気でそれ、俺に注射するつもり?」


「そーだよ。でも安心して? 賢者モードの間だけは、逆にすっごく頭が冴えるみたいだから。これまで以上にたくさんの人を救えるかもよ!」


「そっ、それでもやっぱ、それを注射されるのはちょっとイヤかなって......」



 うるさいなぁ。

 黙って受け入れようよ。


 ま、抵抗するならそれはそれで、計画通り進めるだけだよ。


「受け入れて? もしここで断ったら、記憶を操作したり裏に手をまわしてやってたいろんな悪いこと、警察にリークするから。実はもう家で仕掛けてきてるんだ。えーっと、あ、あと5分以内にタイマーを止めないと、勝手にリークが送信されちゃうね。だからほら、さっさと注射を受け入れて? ね?」


「そ、そんなクスリで俺の身体を手に入れて嬉しいんですか!? 俺の心は手に入らないかもしれないんですよ!」


「いいよ別に」


「!?」


「だって明日くんだって今まで私にたくさんひどいことしてきたわけじゃない? お相子だよお相子。心なんて実体のないものより、ちゃんと実体のある明日くんの身体を手に入れておかないと。それに、明日くんだって私のこと、にくからず思ってるでしょ?」


「..................紅紫名さんがキレイだってことは認めます......」


「ほらっ♪」


「でも、今日みたいな怖いところはちょっと............」



 何口答えしてるの。そんな権利ないくせに。


「そんなの知らない。そういうとこも含めて私のこと好きになって?」


「........................わかりました......。できるだけ、痛くないように、してください......」



 ふふふふふっ、ようやくだ! ようやく私も幸せになれる!


「さ、首のとこにお注射するから、差し出して?


「っ......! はい..................」


 覚悟を決めたみたいなキリッとした顔したかと思ったら、シュンとした顔しちゃって。


 負けを認めてるフリかな?

 わかるよ、自分ならどんなピンチも乗り越えられるって信じてるんだね?


 ムダだよ。脳みそが蕩けちゃうんだから全部オワりだよ。


 でも、ちゃんと素直に首を差し出してくれたのは偉いね。

 ご褒美になでなでしながらぶっ刺してあげる。


「はい、おりこうさま♡」



 ぶすり。ちゅーーー。

 わぁ、どんどん入ってくね〜。


 ありゃりゃ、白目向いちゃって、痙攣して......泡まで吹いちゃって。可愛いなぁもぉ。

 キスしちゃお♡


 チュ〜〜〜〜〜パっ♡


「はぁい、全部入った♡」


「あ......あ......あ......くし、な......さん......お、俺......」



 ありゃ、ぶるぶる震えちゃってる。ちょっと効きすぎておかしくなっちゃったかな?

 まぁそのうち馴染んでくるよね。


「じゃ、とりあえず籍、入れに行こっか。これで私は今日から真黒紅紫名まくろくしな♪」


「あ............う............くしな......さん......すき......です......」







「私も♡ これから2人で幸せになろうね♡ 明日くん、ハッピーバレンタイン♡」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たくさん愛と恨みを込めたチョコの注射、どうか受け取ってください 赤茄子橄 @olivie_pomodoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ