31 記念日ケーキ(side 由香)

「こんにちはー! 店長。今日はホワイトデー用のお菓子の包装を手伝って欲しいって、ゆうくんから聞いて来たんですけど……?」


「あ! 初音ちゃん。ごめんねー! 色々、忙しかったんじゃない?」


「大丈夫です! すぐに着替えて来ますねー!」


 何度かアルバイトをお願いした初音ちゃんは慣れた様子で店のバッグヤードへと進んで、着替えへと向かった。


 私は趣味でケーキ屋を営んでいる店長……と言うことになっている、佐久間由香。アラフォー。大学生の息子と高校生の娘、二人の子どもが居る。


 大学生の息子の方悠一の紹介で、たまに働きに来てくれる水無瀬初音ちゃんは悠一の彼女候補かと思いきや、仲の良い友人司くんの彼女らしい。


 可愛くて素直そうな良い子だから、それを聞いて正直に言えばガッカリした。


 なんでうちの息子が付き合う女の子は、揃って将来誰かと結婚して家庭を築くことなど考えたことがあるのかと疑ってしまうような派手派手しい女の子ばかりなのかしら。


 私の夫で悠一の父親も、若い頃は相当遊んでいたから、悪い遺伝をしたのかもしれない。いつかは家庭の良さに気がつき落ち着いてくれることを、ただ祈るしかない。


「店長。支度終わりました」


「あ。これを一個ずつ袋に入れて、包んでいって欲しいの。明日には一気に発送するから、本当に急ぎなのよ。娘が手伝ってくれる予定だったんだけど、あの子デート優先しちゃって……本当に、呼び出してごめんね」


「あ。全然、良いですよー! 高校生だと、どうしても恋愛最優先になっちゃいますよね」


 可愛らしいエプロンを身に付けた初音ちゃんは、愛想良く微笑んでから私の手元にあったハート型のクッキーを見た。


「出来れば、勉強優先にして欲しいけどね。娘は悠一と初音ちゃんの居る大学には、とても入れそうもないもの」


「けど、私も……将来の目的なく、ただ大学名だけで選んだんです。幸いやりたいことも見つかって、楽しい大学生活になっていますけど、もし……娘さんが将来したいことがあるなら、それに合わせた大学に行くのが一番良いと思います!」


「ふふ。確かに、そうねえ……ねえ。初音ちゃん。司くんとは、上手くいってるの?」


「えへへ。もう、芹沢くんって本当に最高の彼氏です。私たち、卒業したらすぐに結婚する予定なんで、親にそろそろ挨拶に行きたいって言ってくれてて……」


 照れ笑いする初音ちゃん。私は息子の友人たちの将来設計を聞いて、驚いていた。最近の子は晩婚化が進んでいるって聞いていたけど、こういう子たちも居るのね。


「え! まあ。すごいわ。けど司くんならわかる気がする。司くんって、しっかりしてるものねえ……うちの悠一なんて、いつまでも遊び歩いて……男は四十までに結婚したら良いんだとか、よく分からないことを言っているのよ。真面目な司くんと仲良しなのに、少しは考えに影響されないかしらねえ」


 悠一は大学入学してからというもの、いつも派手な格好をして夜な夜な遊び回っている。


 将来に向けての人脈作りだなんてあの子は言っているけど、結局は自分がそれを楽しんでいるのだと思う。続けることが苦痛だと本人が思うなら、何年も続けることは難しい。


「あ。そういえば、ゆうくんってすごくモテるのに最近は彼女作らないんですよー。何か、心境の変化ですかね?」


 初音ちゃんは、不思議そうな表情でそう言った。


 思い返すと放蕩息子は夏あたりからやけに外泊が少ないと思っていたら、付き合っている彼女が居ないから、ただ真っ直ぐ家に帰って来ていただけだったらしい。


「まあ……そろそろ真剣に付き合う女の子でも、見つけるつもりかしら。親としては、早く落ち着いて欲しいわ……あの子って、本当にいつも夢みたいなことばっかり言っているのよ。親の目から見ても、地に足が着いてないもの」


「ふふ。ゆうくんだったら、大丈夫ですよ。頭が良いししっかりした考えを持ってますし、良い友達だってたくさん居ますし」


「そう? 大学でのあの子を知っている初音ちゃんにそう言って貰えると、嬉しいわ。そうそう。今日帰る時にクッキーの余りを持って帰ってくれる? お迎えに来てくれる司くんと、食べると良いわ」


「わー! ありがとうございます! 嬉しいです!」


 手を叩いて喜ぶ、可愛い初音ちゃん。こういう明るくて裏がない女の子は、本当に珍しい。結婚市場ではこういう子から早々に優しい彼氏を見つけて、さっさと結婚してしまうものだ。


 派手好きを公言して憚らない息子の悠一にも、こんな日々の疲れを癒してくれるような女の子が早く見つかると良いのに。



◇◆◇



「……あ。お迎えも来たみたいね。初音ちゃん、急に呼び出してごめんね。お疲れ様。早く着替えて来て」


 私たちは二時間ほどの作業を終えて、お茶をしていると初音ちゃんの彼氏司くんが店の自動ドアを開けて彼女を迎えに来た。


 悠一の友達は何故かやたらと顔が良い子が多いんだけど、この子は特別で良く目立つ。もっと言うと私の好きなドラマに出ている俳優さんにも、良く似ている。


「はい! ありがとうございます! あ……芹沢くん。私着替えて来るから。ちょっとだけ、待っててね!」


「うん。急がなくて良いから、ゆっくりして来て」


 バックヤードに入る彼女に軽く手を振ってから、礼儀正しい司くんは私に頭を下げた。


「由香さん……すみません。急なお願いを聞いて貰って、本当にありがとうございます」


「可愛い司くんの頼みだったら、おばさんいくらでも頑張っちゃう……! ケーキはこの紙袋の下に入れてるからね。初音ちゃんには余りもののクッキーを持って帰ってもらうって言っといたから、彼女もきっとそれだと思うから……」


 アラフォーの私がイケメンの男の子とナイショ話が出来るなんて、役得だった。可愛い彼女の初音ちゃんに感謝。


「ありがとうございます。さすが、由香さん」


 一人息子の友人連中は私のことをおばさんではなく、由香さんと呼ぶ。


 どうせ、変に気の回る性格の悠一が入れ知恵をしているのだ。


 家に呼んで遅くまで騒いでも私が友達を気に入っていたら、なんでも許されると思っている……確かに、その通りだけど。


「それにしても、付き合って200日目記念のお祝いケーキなんて……司くんって彼女がそういうことしたら記念日なんてって嫌がるんじゃないかと勝手に思ってたけど、初音ちゃんのこと……本当に大好きなのねえ」


「あ。はい……」


 私の言葉に顔を真っ赤にして頷いた司くんは、完全に初音ちゃんに恋をしている男の子だった。


 年甲斐もなく、胸がときめいてしまった。なんて、可愛いの。


「……芹沢くん! お待たせ! あれ? 店長と、何話してたの?」


「これ。余り物のクッキー貰った。由香さんの作るスイーツ、美味しいから。俺も食べるの楽しみ」


「私も袋に詰めてた時から、ずっと美味しそうって思ってたの! 店長。また何かお手伝い出来ることがあったら、呼んでくださいね!」


「はい。ありがとう。帰り道気をつけてね」


 私に手を振った初音ちゃんはニコニコしながら、司くんと寄り添って帰って行った。


 記念日のケーキを照れながら頼んで来た時の司くんも本当に可愛かったけど、さっき初音ちゃんを本当に好きだと認めた時の顔も可愛かった。


 はー……可愛い。恋って、本当に良いものね。うちの悠一も、ああいう可愛い女の子を見つけて早く落ち着いてくれますように。

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