13 嫉妬

 せっかく念願の芹沢くんとの、待ち合わせた初回デート中。私はどうしたものかと、ぐるぐると頭を悩ませていた。


 ちなみにデート相手の芹沢くんは、何もしてないし何も悪くない。


 彼の顔身体仕草声などなどすべてが私を虜としてしまうという点では、確かに悪い男なのかもしれない。でも、そこはもう完全にこちらの勝手な言い分ではあるんだけど。


 なんで、推しとのデート中で幸せ一杯のはずの今、何を思い悩んでいるのかというと、バイト先のケーキ屋さんにかっちゃんが現れるようになってしまったからだ。


 けど、彼はあくまで自分はお客さんであるという姿勢を崩さない。けど、昨日の今日で朝昼晩の一日三回も来ているとなれば、正直こわい。


 ちなみにバイト先のケーキ屋さんは、彼の通う大学からもそこそこ離れている。だから、住んでいる場所も離れているはずなのに、その間の時間は何をしてるんだろうっていう素朴な疑問だってある。


 これは、ストーカー案件なのではと思ったりもするけど、今のところは何の実害もない。


 商品であるケーキは確かに買っていくし、私が多少気持ち悪さを我慢すれば良い問題なので、優しい店長にはそのことはまだ言えてないまま。


 一応、私のバイトは来週の金曜日までの予定だし……後、数日。そこまでだから。また来られても、若干の気持ち悪さを我慢したら良いだけだし。


「瀬さん……水無瀬さん。どうしたの?」


「うっ……ううん! なんでもないよ。大丈夫。ここのおでん、美味しいね」


 私は考え事をしたまま黙々とお箸でつついていた味の沁み込んだ大根を、ようやく口の中に入れた。


 昨夜、飲み会で酔った勢いでゆうくんが口を滑らせてしまい、芹沢くんは彼の誕生日のためにせっせと私がバイトを頑張っていることを知ってしまったらしい。


 ゆうくん。サプライズしたら、きっと喜ぶよって自分が言ったくせに……明るい彼は特に悪びれる事もなくうっかりしてたからごめんねーってさらっと謝ったので、こっちも良いよ良いよって流れるように許してしまった。


 社交術のレベルが天元突破した陽キャの対応、まったく何も間違ってない。謝られる相手の私も、明るく言われたので別に悪い気はしなかった。


 あれもこれもすべてが計算済みの行動なのかな、コミュ力がカンストしている陽キャのゆうくん恐るべし。


 そんなこんなで、私は既に入っているバイトのシフトなんかを芹沢くんに洗いざらい吐かされた。そして、現在バイト終わりの金曜の夜に、彼チョイスのおでん屋さんにまで来ている。


 提灯のある昭和っぽい店内も不思議と懐かしい感じがして雰囲気あるし、何より長年継ぎ足ししているという出汁で煮られたほくほくのおでんが美味しい。


 まだ夏と言える季節なんだけど、残暑だからこその久しぶりに食べたおでん最高。


「俺に……また、内緒のこと?」


 カウンターの隣の席に座っている私の顔を覗き込み、芹沢くんは苦笑した。


 これは、彼に内緒にするべきことなのではないかもしれない。この前のサプライズプレゼントの件だって『嬉しいけど。正直言って、水無瀬さんの謎の行動が多くて不安だった』と、愛しい推しに言わせてしまったのだ。


 そして、私ももし付き合っている芹沢くんがこういう事になっていたら、多分すぐに知りたいと思うし……うん。言い難いけど、元彼のかっちゃんのことを言うしかない。


「あの……バイト先に、元彼が……来てて……」


「……え? 何それ? どういうこと?」


 まさかそんな話になると思っていなかった様子の芹沢くんは、当たり前だけど驚き顔で寝耳に水な様子だ。


「最初会ったのは、本当に偶然だったみたいなんだけど。昨日いきなり復縁したいって言われて、今は付き合っている人が居るからって断ったの。けど、今日朝昼晩の三回、来店してて……それはあくまでお客さんとしてだし、プライベートな話もその時にされてはいないから。ただ一日三回来てるだけで、普通のお客さんだし……」


 芹沢くんは眉根を寄せて、見る間に渋い表情になった。


「確かに。店に一日三回客として来るだけでは、何も言えないね……そいつって、どんな奴?」


「えっと……かっちゃんは、今は藤大生で。私の幼馴染だったんだ。高校の時に、一年くらい付き合ってたんだけど……浮気されて、別れたの」


「……そっか。俺は……優鷹法学部は……法律の解釈とか、教授陣とかで選んだ。尊敬してる教授のゼミに、絶対入りたかったし。自分が司法試験合格を目指すのに、一番良い環境だと思って」


「え……うん?」


 待って……待って。芹沢くんが、今めちゃくちゃ気に入らないって表情になってる。


 え。なんで? かっちゃんが、藤大生だったから……? 張り合ってるのかな。藤大生も確かにすごいけど、芹沢くんだって優鷹の首席合格で、入学生代表なのに……? 藤大だって、受ければ入れていたけど、自分なりの理由があってこっちを選んだだけだよね?


 私の元彼が藤大だということが頭の良い彼のどこか、プライドに障ったのかもしれない。


 ちょっと……ちょっと、待って。待って待って待って。これって、もしかして……これって芹沢くんが、私の元彼のかっちゃんに対して嫉妬してる? 嘘。


「え。待って。芹沢くんの方が……えっと、うん。絶対、イケメンだけど。それは、絶対。だって、ミスター優鷹だし……」


「止めて。外見なんかで、比較されたくない」


 いやいやいや、外見なんかっていうか……むしろ、何もかもが私の中ですべて、芹沢くんの圧勝だけど。


 こんなこと言ってしまうのも、なんだけど……かっちゃんの話を聞いてむっとした表情で、とても気に入らない様子になってしまった芹沢くん。


 可愛い可愛い可愛いかわいぃぃぃぃぃ。むってして拗ねてぷりぷりしてるの、萌えしんじゃう。やばいやばい。推しの嫉妬が尊い。もうダメ。キュンキュンが止まらな過ぎて、甘すぎる気持ちが身体中を全速力で駆け抜けていった。


「え……私……芹沢くんが、好きなんだけど」


 ついつい、頭の中からぽろっと口から出てしまった言葉に、芹沢くんは大袈裟なくらい大きな反応をした。ぱっと勢い良く顔を上げて、身体全体をこちらに近付けて囁いた。


「じゃあ、なんで……いつも、水無瀬さん俺に対して素っ気ないの?」


「私が、いつも素っ気ない? どういうこと?」


 常に芹沢くん大好きな空気を醸し出しているという自覚のある私が首を傾げたら、芹沢くんは不思議そうに言った。


「水無瀬さん、自覚ないの? メッセージとか? いつも、開始は俺からだし。返信だって、短くて素っ気ない……」


「え……嘘。そんなこと、思ってたの? 芹沢くんは、大変な法学部だし。司法試験の勉強で、忙しいと思って……私。それに、友達から付き合った人とは、頻度とか返信の長さは相手に合わせるものだって、聞いてたし……」


 芹沢くんは私が言っていることが、良くわからないという顔になった。


 え。なんで……これは、恋愛マスターによる、付き合いはじめた男性に対しての完璧な対応方法のはずなのに。だからこそ、私だって彼と延々と時間をかけて連絡を取り合うのを、とても我慢していたのだ。


「何それ……その、良く出来た恋愛テクニック……結果的に、的は射てる。誰から、聞いたの?」


「えっと、友達の美穂ちゃん。芹沢くんは彼女のことを知らないと思うけど、ずっとモテモテなんだよ。恋愛上手な恋愛マスターなの」


 ゆうくんは美穂ちゃんのことを知っていたけど、多分あれは彼氏の高橋くんが同じ学部だし、彼ら二人は実はそこそこ親しいらしい。


 なので、ゆうくんは私のことを知っていてもおかしくないだろうとは、美穂ちゃん談。


 けど、芹沢くんは、絶対に知らないと思う。あまり他人に興味なさそうだし。ただのファンだった私の名前と顔を覚えててくれていたのも、ただの奇跡だし。


 美穂ちゃんの存在を明かした私の話を聞いて、芹沢くんは大きくはーっと息をついた。


 そして、おもむろにジョッキの半分くらい残っていたビールを一気飲みしてから、大将に二つの空のジョッキを差し出しておかわりと言った。


「うん。それは確かに、手強い恋愛マスターだね。俺はその美穂さんの作戦に、まんまと引っ掛かった。初心な水無瀬さん本人が、そんなことを考えたりする訳がないと思い込んでいたら。背後に、作戦を考える参謀が居たんだ。完全に、してやられた……」


 がっくりした様子をしつつも、目の下が赤い。そして、それを見ている私の頬も赤い。


「ごめんなさい。ダメだった……?」


「ううん。そういう作戦なら、もう既に大成功をしているから。この後は、もう水無瀬さんぽく普通にして。俺も司法試験の勉強は確かに大変だけど、勉強中は流石にスマホは見ないし。手が空いてる時に確認するから。連絡しても時間も食わないし、問題ないから」


 ……成功? 成功。何が成功しているのかは、わからないけど。私は彼の言葉に、何度かうんうんと頷いた。


「じゃあ、普通に私から連絡しても良いの?」


「良いよ……ていうか、別にこれまでも普通で、良かったのに。なんで俺からしか連絡しないんだろうって、今までずっと不思議だった。けど、今日ようやく理由がわかって納得出来た」


「そっか……私も連絡するの、我慢してたの。嬉しい!」


 いっぱい連絡出来るのが嬉しくて思わず微笑んだら、芹沢くんはなんとも言えない顔で頷いた。


「そっか……水無瀬さんは、今まで我慢してたんだ……うん。そうだよな。水無瀬さんは、そういう子だった。だから、ずっとおかしいと思ってた。あ、バイト先は俺が送り迎えするから。朝、家で待ってて。下まで迎えに行く。明日も、早くからバイトだよね?」


 私が新しくきた生ビールを飲みつつ頷いて、ジョッキを下げたら途端に芹沢くんは楽しそうに笑った。


「ははっ……水無瀬さん、泡が髭になってるよ。可愛い」


「えっ……ちょっと、見ないで!」


 慌てておしぼりで拭いたら、白髭はもうないはずなのにまた笑われた。なんでなの。納得いかない。


 そして、私たちは楽しいおでん屋デートを満喫し、帰路につき明日は朝早いからと部屋には戻ったけど、ベッドの中で寝入りつつ、ふとした時に芹沢くんの言っていた大成功の意味を考えてしまった。


 あれに至るまでの文脈からすると、芹沢くんも私のことを好きになったから、そういう駆け引きはもう良いよって言いたいのかなと思うんだけど。


 私の推しの彼に対する好きベクトルが強すぎて、双方が釣り合うまでには相当な駆け引きが必要そう。


 うん……絶対に、そうなんだよね。

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