新聞部活動記録~廃病院の真相~

若取キエフ

とある学生たちの日常

 

 ここはとある高校の新聞部の部室。

 毎月生徒達の目を引くようなネタを仕入れ、驚愕、感動、笑いを提供するエンターティナー集団である。


 そして今回も面白い記事を作成する為の会議が行われていた。


「え~それじゃあ、今月号の紙面を飾る記事を決めようと思います。何か案のある人」


 と、新聞部の部長は皆に声をかける。


「三島先生が可愛がってる愛犬のコラムはどうかな?」


「何で三島? 動物好きじゃなきゃ需要ねえだろ」


「たしかに、紙面を飾るにはインパクトが弱いかな……」


「何よ! じゃああんた達は何かあるの?」


「え、じゃあ、俺がなんか、赤裸々に綴ったエッセイでも書くよ!」


「それこそ需要ねえだろ!」


 様々な意見が飛び交うが、部員達のディスカッションは一向にまとまらず苦戦していた。


 そんな中、部員の一人が意見を出そうか出すまいか悩んでいる素振りが見えた。


桐生きりゅうさん、君は何かあるかな?」


 その様子を見ていた部長は、さり気なく彼女に振ってみた。


「あの、最近生徒達の間で話題に挙がっている噂……というか都市伝説みたいなものなんですけど……」


 自信がないのか、控えめな口調で彼女は答えた。


「都市伝説? 心霊現象みたいな?」


「はい。学校からわりと近い場所なんですけど、河川敷のほうに何年も前に使われなくなった廃病院があるんです」


「ああ、市役所の方面のね。うん、僕も知っているよ」


 部長は桐生の話に興味を示した。


「そこで夜な夜な近くを通ると、何処からともなく呻き声が聞こえてくるらしいです。噂では以前、とある医師が医療ミスをして亡くなった患者さんがいたそうなんですけど、もしかしたら夜中に響く呻き声はその患者の幽霊ではないかという話です」


 それを聞いた部員達は、先程までの熱い意見交換が一転、青ざめたような表情をしながら静まり返った。


「いや、桐生、急にホラー出してくるのやめろよ……」


「そうよ、アタシ今晩絶対思い出しちゃうじゃん!」


「す、すみません。ちょっと気になっただけで……」


 桐生の発言によって冷え切った部室。空気を悪くしてしまった気まずさで桐生は何度も謝罪を繰り返す。


 そんな中、部長はしばし考え込んだ。


「あそこはたしか……」


 と、呟いた後、部長は桐生に尋ねる。


「桐生さん、君、もしかしてオカルト好きだったりする?」


 意外な反応に桐生は戸惑った。


「いえ、その、得意ではないですけど……怖い物見たさというか、少しだけ興味があるだけです。……なので全然、私の意見は気にしないで下さい。言ってみただけなので」


 桐生の返答に再び考え込み、そして。


「それじゃあ、取材行ってみようか」


「えっ……」


 一同は固まった。


「いやいや、部長何言ってんの?」


「そ、そうよ。それに取材って言っても、立ち入り禁止でしょ? 不法侵入する気?」


 などと、他の部員達は慌てて部長の発言を非難するが。


「大丈夫、あそこ、昔父の知り合いが経営していた個人病院でね。親経由で所有者に取材許可を頼んでみるよ」


 完全にその気になってしまった部長によって、その案は可決された。








 そして後日、肝試しさながらの取材が始まった。


「あの、部長、本当に行くんですか?」


「ああ、しっかりアポは取ったからね。それに今更記事を変更する時間もないだろう」


「そうですけど……本当に私達二人だけで行かなきゃダメですか?」


 今回の取材にあたって、部長に同行したのは桐生一人だけだった。

 他の部員は取材決行日が近くなるにつれ、じわじわと込み上げる恐怖に堪えかね辞退したのだ。


「まあ強制ではないからね、こればかりは仕方ないさ」


 言いながら、部長は依然淡々とした口調で敷地内へ入った。

 震えながら桐生もその後に続く。


「しかし桐生さん、怖いのは得意ではないと言っていたのに、よくついて来たね」


「言い出しっぺですから、せめて私は部長に同行しないと」


「律儀だね」


 などと会話をしながら、部長は管理者から借りた鍵で入り口を開ける。

 夜の廃病院は薄暗く、廊下の先はライトがなければ何も見えない。


 その状況の中でも部長は躊躇する事無く歩を進めた。


「というか、部長は平気なんですか?」


 と、あまりにも胆の据わった部長を見ながら問う。


「そりゃあ僕も怖いよ。心霊現象なんてものは基本信じていないけれど、暗闇から何か出るかもしれない恐怖は拭い去れないからね」


「そのわりに冷静ですね……」


「まあ幽霊なんかより、もっと怖いものなんて幾らでもあるからね。あれ、見てみなよ」


 と言って、部長は部屋の一室に散らばる物をライトで照らした。


「……カップラーメン? それにお酒の空き缶も」


 続けて部長は部屋の窓を照らすと、


「割れてる……いや、人為的に割られたの?」


 割られた窓に散乱するゴミ。それも結構な数だ。

 おそらく何者かが不法侵入し、汚して行ったものと思われる。


「心理的恐怖を与える実体のない者より、モラルが欠如した人間のほうがよっぽど怖い」


 そう言いながら、部長は再び先へと進む。







 一通り病院内を探索した二人は入り口付近まで戻ってきた。

 今の所何も怪奇現象は起きない。


 それよりも、薬品の匂いに紛れて吐き気を催すような腐乱臭が気がかりだった。


「何か腐ったような臭いがするね」


「やっぱりそうですよね。ここら辺からすごい異臭が……」


 と、桐生が話していた時だった。



『うう、ああああ……』



 何処からか、唸るような声が聞こえてきた。


「ひっ……ぶ、部長っ! 聞きましたか?」


 咄嗟に桐生は部長にしがみついた。


「ああ、奥のほうからだ」


 と言って、部長は通路の先をライトで照らすと、


「あっ、ああ、ぶ、部長!」


 顔面が砕け、全身血まみれの女性のような姿があった。


 桐生はあまりの恐怖に悲鳴を上げる事も忘れ、ただ部長の腕を強く抱きしめる。


 そんな時、さらに二人の後ろ側からも。



『おお……グア……』



 呻き声を上げながら、前方にいる女性と同じく全身ボロボロになった男の姿が近づいてくる。


「もうイヤ、助けて……助けて」


 絶体絶命のピンチに、ついに桐生は泣き出してしまう。

 そんな時、部長は怯える桐生の肩にそっと手を置いた。


「大丈夫、怖くないよ。それに万が一に備えて防霊対策もしてきたんだ」


 桐生を落ち着かせると、部長は持っていた鞄から袋を一つ取り出した。


「部長、それなんです?」

「塩だ」


 と、得意げに部長は語る。


「元来、塩は邪気を祓うと言われているからね。料理研究部から分けてもらったんだ」


「食塩じゃないですか! そんなの効くわけないでしょ!」


「それだけじゃない。酒も身体を清めるとされているから理科室から借りて来た」


「エタノールでしょ! 消毒という意味では清められるけど、今は無意味ですよ!」


 事前に準備した道具をことごとく否定され「……そうか」と、若干落ち込む部長。


 そんなやり取りをしている最中にも、ゆっくりと二つの亡霊は近づいてきていた。


「あああもうダメだあああ!」


 桐生はもう終わりだと嘆いた。

 そんな時。


 死の恐怖に陥る桐生を自分の背中に寄せると、部長は異形の者にコンタクトを図った。


「僕はあなた達に危害を加えるつもりはない。勝手に踏み入った事については謝る。だから、これ以上近づかないでくれないか? 僕の連れが怖がっているんだ」


 と、人外の者に交渉する。

 すると、女性の姿をしたそれは、すぐそばの部屋に視線を向け小さく声にした。


『へやの……ゆかした……』


 さらに男性の姿をした者も。


『たのむ……おれたちを……』


 それだけ言うと、二つの亡霊は忽然と姿を消した。


 突然の事に呆然とする二人。


「いなく、なったんでしょうか?」


 桐生の言葉には答えず、部長は亡霊が視線を向けていた部屋に入った。


「部長、置いてかないで!」


 続けて桐生も部屋に入ると、そこは今までで一番強い腐乱臭が辺りに充満していた。


 その臭いを辿りながら、部長は周囲をくまなく探す。

 病室の棚やベッドを一つずつずらして手がかりを……。


 すると。


「この床だけ剥げかけてる」


 ベッドをずらした際に見つけた、一度剥がして再び付け直したような長尺シート。

 シートを剥がすと、雑に埋め込まれたベニヤ板が出てきた。


 部長は鞄から護身用に持って来たバールを取り出し、板の隙間に差し込んだ。


「あの……何を?」


 不思議そうに見つめる桐生に部長は言った。


「桐生さん、生徒達が噂していた話だと、ここに出る幽霊は医者による医療ミスが原因で亡くなったとされているんだよね?」


「え、はい、そう言ってました」


 と、会話をしながらも、部長は手を休める事無く床板を剝がしてゆく。


「だけどね、親から聞いた話だと、この病院で医療ミスが原因で患者が亡くなったという事例は無いそうなんだ」


「それって……」


「真意は分からないが、少なくとも先程現れた者達は、もっと別の理由があったと僕は思うね」


 そして、部長が思い切り床板を剥がすと。

 その下から蛆にまみれたブルーシートが現れた。


「ひっ……、何これ?」


 それは丁度人間サイズの大きさで、二つ埋めてあった。

 間違いなくこれが臭いの発生源である。

 この現状を見て、部長は呟くように口にした。


「そういえば思い出したんだけど、三カ月くらい前に、隣町で突然男女のカップルが行方不明になったニュースがあったよね」


「部長……まさか」


 桐生は背筋が凍った。

 もしかするとここに埋まっている物は……。

 身震いする桐生の横で、部長は静かにケータイを取り出した。


「警察に連絡しよう」






 後日、新聞部の紙面に大々的に例の廃病院の記事が載った。

 それだけではなく、メディアをも騒がせる大事件となったのだ。


「いや~びっくりしたな、あのニュース」


「まさか部長達が取材に行った場所で死体が埋まってるなんてね」


 新聞部員達は声を揃えて事件の話をしている。



 当時行方不明になっていた男女の二人が遺体となって発見された事により、迷宮入りになっていた捜査が再び動き出した。


 遺体遺棄のやり口や廃病院内をくまなく調べた結果、程なくして犯人は捕まった。


 容疑者は、証拠不十分で不起訴処分となっていた、当時大学生グループの四人。


 男女二人との接点はなく、容疑の内容は、脇見運転で二人を撥ねてしまい、警察に捕まるのを恐れたから。


そこで四人は、普段たまり場に使っていたとされる廃病院の床下に埋めたのだと供述している。


 そして、現場の目撃者となった部長と桐生は重要参考人として取り調べを受け、二人は一躍学校中で話題となっていた。


「大変だったんですよ! 私も部長も長い事取り調べを受けて、もしかして私達が犯人と疑われるんじゃないかってヒヤヒヤしましたもん!」


 部員の煽りに、桐生は顔を膨らませながら必死に弁明する。

 ちなみにあの日、二人が目撃した人ならざる者の話だが。


 部長は他の人には話さないようにと、桐生に他言無用の約束を交わした。


 たとえあの心霊現象が現実に起きた事だとして、それを信じる者はそうそういないだろうという考えに至ったからだ。


「いやホント桐生も災難だったな。都市伝説の謎を解明する為に行った取材が、まさか犯行現場だったなんて」


 そんな事実など露知らず、部員達は軽い口調で桐生をなだめる。


「部長も大変だったね。トラウマになっちゃった?」


 そして他の部員も部長に気を遣うが、


「いや、事件現場に遭遇する事なんてなかなか無いからね。いい経験になったよ」


 当の部長は特に変わりなく、いつも通り作業をこなしていた。

 何故部長は平然としていられのだろうと、桐生は不思議に思いながら。







 事件のほとぼりも冷めたある日の放課後。


「今日はこれくらいにするか。桐生さんももう帰っていいよ」


 たまたま部長と二人で作業をしていた桐生は、部長が帰り支度を始めたのを見て自分も机の物を片付ける。


 そんな時、桐生は部長に尋ねた。


「あの、部長」


「なんだい?」


「部長はその、平気なんですか? 本物の死体も、それに本物の幽霊も見ちゃったわけですけど……」


 部長は考える素振りを見せる。


「部長、私は正直今も怖いです。幽霊の存在もですけど……自分勝手な都合で、関係のない人の命を奪う人間も」


 俯きながら話す桐生に、部長は言った。


「前にも言ったけど、心理的恐怖を与える実体のない者より、モラルが欠如した人間のほうがよっぽど怖い。今回の件でより一層確信したよ」


 それはいつも通りの淡々とした口調で。


「それにね、怨霊、怨念、地縛霊……それらにまつわる怪異譚なんかも、全ては人から生み出されたものだ。人に恐怖や憎悪が無ければ概念自体が存在しないんだ」


「……あの日私達が見たものも、恐怖が作り出した幻覚だと?」


 部長は魑魅魍魎を信じないロジカルなタイプなのかと桐生は疑問を投げるが。


「いや、そうじゃない。あれは紛れもない怪奇的な出来事だったし、何より君と一緒に見たのだから異を唱える隙もないよ」


 彼はやけにあっさりと心霊現象を受け入れた。


「科学的に証明出来ないものが世の中にはある。それが知れただけでも良い経験になった」


「良い……ですか?」


「ああ、それも踏まえて、やっぱり人間の闇は狂気的だと再認識出来たからね。良くも悪くも、自分の知識として活かされるよ」


 恨みつらみが怨霊を生みだし。


 恐怖があるから人はそれを恐れる。


 怪談も、物の怪も、都市伝説も、全ては人から生じる内面的恐怖の具現化。


 それは時に人にトラウマを植え付け、また時には商業の一部としてメディアに貢献する。


 結局のところ恐怖とは、善にも悪にもなるのだと。


 部長は桐生にそう語った。




 そんな話をしながら、彼は後始末を終えいつでも帰宅出来る準備が整った。

 だが、桐生は震えながらその場を動こうとしない。


「桐生さん、そろそろ鍵、閉めようと思うんだけど」


「す、すみません! すぐに出ますから!」


 部長の言葉で、慌てて桐生は支度を済ませる。


「…………」


 その様子を見ながら、


「桐生さん、一緒に帰ろうか」


 部長は桐生を気にかける。


「え、でも、部長家の方向私と逆……」


「大した距離じゃないし、その、震えてるから」


 桐生の手元を見ながらそう言った。






 部長の提案に甘え、二人は桐生の家までゆっくり歩く。

 そんな時、ふと、部長は言った。


「僕はね、将来新聞記者になりたいんだ」


「新聞記者……」


「うん。虚実を暴いて、闇に葬られた真実をメディアに伝える仕事がしたい。新聞部に入ったのも、正確な情報を皆に届ける為さ」


 相変わらず淡々と話すが、その言葉は桐生には決意に満ちた力強い言葉に感じた。


「その仕事を続けていくと、きっと知りたくない情報や目を背けたくなる事件も扱わなくちゃいけなくなるだろう。綺麗事だけじゃ続けられない職業だ。それでも世の中に訴え続ける事で、間接的に誰かを守れる事もあるんじゃないかと、僕は思う」


 そして桐生は感じた。

 この人は恐怖がないわけではない。それを心に隠して、それでも現実と向き合おうとしているのだと。


「だから僕はこれからも新聞部を通して様々な情報を伝えたい。無理強いはしないけど、また取材に協力してくれると助かるよ」


 この人といると、不思議と安心する。

 この人とならどんな場所でも行ける気がする。

 そう思いながら、桐生は答えた。


「もちろんです」


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