ゴトリの心臓

 その昔。それはそれは信仰心の深い夫婦がおりました。

 夫婦は決めておりました。自分たちに子供が産まれたら、信ずるその何か・・を降臨させる儀式を行うのだと。

 そう。夫婦にとって、その子供は敬愛するそれを呼び出すための単なる代償でしかなかったのです。


 死に神とは本来。

 人の命を奪いにくる化け物ではありませんでした。

 彼らの力を崇め、歪め、悪しき怪物としてしまったのは——元を正せば人間の所業だったのです。


 夫婦の声に応え、ある死に神が命を代償に二人の願いを叶えるために呼び出されました。

 しかし、其処にいたのはまだ言葉も発せぬ、心臓の弱い赤ん坊です。

 死に神はつまらなそうに「これではダメだ、すぐに死んでしまう」と立ち去ろうとしました。

 すると夫婦は大慌てで死に神を引き止めます。「あなたさまの望む命に育てます」と。

 しかし夫婦の育て方は見てはいられぬものでした。

 仕方なしに、死に神はその赤ん坊が大きくなるまでと、傍で見守り続けたのです。死に神とは、そもそも死者の魂を運ぶ者。この子供が死ぬ運命を迎えるまで、のんびり待ってやってもいいだろうと、やがて死に神は考えるようになりました。


 しかし、子供が五つの歳を迎えようとした頃でしょうか。

 夫婦は嬉々として子供から抉り取った心臓を死に神に差し出したのです。

 其処には絶望と、死のにおいを嗅ぎつけた……この頃には死に神と呼ばれだした化け物たちが寄りついてきました。


「ああなんと。信仰とはこんなにも、悍ましく愚かなものか。もうこれらは死に神ではない、願いの為に我が子すら手にかける……貴様らも等しく、ただの化け物だ!!!」


 死に神は絶望し、自らの心臓を抉りとって子供に与えたのです。

 怒りに満ちた死に神の声と飛び散った血液が刺さり、夫婦は途端に死んでしまいました。


 子供はやがて目を覚まします。

 偽りの心臓が馴染むまで、死に神は内心気が気ではありませんでした。けれども子供は、その意思の強さでやがて死に神の心臓を我が物としたのです。





 死に神には——死に神の心臓が視える。


 そのはらはらと儚く散るような灰燼の色が、脈打つ灰色が。

 死に神の命を奪う事ができるのは、同じ死に神だけ。


 そう——彼らが「ウラギリモノ」と呼んでいたのは、同族の心臓を持つゴトリの方だったのです。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 灰狩のゴトリ、彼はその後伝説の狩人として人々を恐怖から救ったと語り継がれる事となった。

 最後の一体の死に神、そしてゴトリ自身を恐れて後をつけていた人々の目の前で、彼らに襲いかかった心臓のない死に神すら彼は撃ち抜いてみせたからだ。


 もう人々は死に神の恐怖に怯える事はなくなった。

 そして生き残った狩人達は、それぞれが故郷へと帰っていき——やがて死に神達との長い戦いの歴史はおとぎ話のように語られるだけのモノへと変化していった。


 ゴトリのその後を知るものは、何処にもいない。


 畏怖の目で見られる事の無くなった彼の消息を、誰もが躍起になって追う事もなかったからだ。







「がらん、僕の一番大事なものは……どうやらきみが既に持っていってしまったみたいだ」


 最果ての地、日が沈みゆくその丘で。ゴトリはひとり、懐かしさすら感じる仄暗さに想いを馳せる。

 傍にあった囁きが、聴こえる事など無いとわかっているのに。


 この世界に死に神はもういない。

 ただひとり、脈打つ灰色の心臓を持った人間がいる以外は。

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死神がらんと灰狩ゴトリ すきま讚魚 @Schwalbe343

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