運命の贄

束白心吏

運命の贄

 ――運命の贄、と呼ばれる者がいる。

 それは私たち『鬼』と呼ばれる一族に仕える一族の、特定の『生贄いきにえ』にのみつけられる特別な呼び名。

 彼らは私たち『鬼』が持つ人並外れた才覚を十全に活かすのに必須であるとされており、『運命の贄あれば先は明るい』という格言が残るくらい重要視されている。

 なお重要視されるだけあり、殆どの『鬼』が運命の贄とは出会えない。その一族からの『生贄いきにえ』が少ないのも理由の一つだけど、その少ない『生贄』の中から更に特定の条件に合う者だけが運命の贄と呼ばれるからなのだろう。

 その条件は二つ。まず『波長が合うこと』。私たち『鬼』はヒト以上の知性を持っているけれど、その分ヒト以上に感情に左右されやすい側面がある。才覚を活かす殺すもまた感情に左右される部分が大きい為、とはどんな形であれ波長が合うとよいとされている。波長が合うと言っているが、要は私たち『鬼』が『生贄』を気に入るか気に入らないかの問題だ。その中でも好意を持つと善いらしい。

 そしてもう一つが『不死であること』だ。私たち『鬼』はヒトより八倍は長く生きる。そしてという性質をもっているため、食い殺しても死なない存在――『不死者』は私たちの贄には最適なのだ。しかし『不死者』の発生は凄く稀で、50年に1人生まれれば幸運と言われるほど。毎年生んでもそれくらいで、時には500年以上生まれなかったこともあるそうだ。

 それは『不死者』の一族からすれば万々歳だったらしいけれど……『鬼』の一族、そして政府からすれば大きすぎる損失。故に近年では『不死者』を生む技術が確立された。とはいえ『不死者』は増えることを歓迎しない。だから『鬼』の誕生したときのみ、新たな『不死者』の誕生を許す今の風習が制定された。

 誕生の時期を合わせるのは『運命の贄』が生まれる確率を増やそうという試みの一環だ。私はある意味、その実験の被験者でもあるのだ。それも成功例の。


「お初にお目にかかります。本日より貴方様の『生贄いきにえ』となりました、鳥渡ちょうど千夜せんやと申します」


■■■■


 後は若いお二人で、と使用人達と共に両親は部屋を去った。残ったのは私と、衝立を隔てて、私の『生贄いきにえ』である千夜君だけ。

 二人残されたのは、儀式を行うからに他ならない。私たち『鬼』の魂と、千夜君の『不死者』の魂を同化させる為の長い長い儀式の。

 これは数日から一ヵ月くらいかけて行われる正当な儀式であり、この行為を終えた瞬間、私と千夜君は死ぬまで一緒になる。

 私は仰々しく、「謁見を許します」と告げる。心なしか、その声は震えている気がした。

 千夜君は言葉に呼応して、静かに、されど影でわかる優雅さを以て、こちら側――すなわち私がいる衝立の向こうへと来る。

 私を一見したその顔にはありありと驚愕の表情が浮かんでいた。灯りは古めかしい蝋燭だけと非常に視界は悪いけれど、暗がりでも目の利く私はそれがわかる。

 千夜君は私を見て、深々と頭を下げた。


「先日は出過ぎた真似をしてしまいました」

「あ、え? あ、顔を上げてください!」


 突然の行動に、私は咄嗟に何のことだかわからなかった。しかし千夜君と私の中で関りのある、千夜君が話題に挙げることは中学卒業の時のことくらい。たぶん、十中八九、それに関する謝罪だろう。


「私は気にしてないし、謝る必要はないよ!」

「しかし僕が仕えるべき主を振ってしまったのは事実です」

「それは知らなかったから無効!」


 そう言っても千夜君は頭を上げる様子がない。


「か、顔を上げないと、怒るよ」

「どうぞ、罰してください」

「う、うぅ……」


 困った……何に困るかと言えば、私には千夜君の言葉が甘美な悪魔の囁きに聞こえて仕方ない。『鬼』とはいえ私だって思春期の女の子なのだ。


「そ、それじゃあ、どうしてあの時、断ったのか、教えて?」

「はい」


 千夜君はやっと顔を上げる。


「僕が『不死者』の一族であることは、僕が生贄いきにえとしてこの場にいることからおわかりでしょう。

 『不死者』の一生は普通の人間と一生を共にするには長すぎます。そもそも『鬼』の為に生まれた『不死者』が、主以外と付き合うのにも抵抗があったのです」

「それじゃあ、せ、センヤが告白を断ったのは、生贄になるから、なんだね」

「はい」

「私の生贄になるのは知らなかったんだ」

「はい。ヒメヒ様が『鬼』の一族に連なるお方とは存じておりましたが、誰の贄になるかは、詳しく聞かされていませんでしたので」

「そっか……」


 安堵が過る。千夜君は私を嫌ってるわけじゃない。寧ろと知って、強い歓喜と安堵を感じている自分がいることに気づいた。


「それじゃあ、私が今、卒業式の日と同じように告白したら、付き合ってくれるのかな」

「はい。それは僕としても嬉しいことです」

「それは私が『鬼』だから?」


 意地の悪い質問に、千夜君は静かに首を横に振る。


「……確かに、それもあります。ですが、それと同様かそれ以上に、僕はヒメヒ様に個人的な好意を抱いているのです」

「――千夜君っ」


 私は思わず彼に抱き着いた。

 だって、こんな夢みたいなことがあっていいのだろうか。好きな人から、一度振られたとはいえ、私の為に振ってくれて、しかも私を好きだなんて! 幸福で心臓が破裂しそうだ。

 千夜君に抱き着いていると、私のお腹が自己主張をした。


「千夜君」

「――ええ。お好きな場所から、どうぞ」

「それじゃあ」


 私は躊躇いなく千夜君の首元に食らいつく。千夜君の血液の風味が口いっぱいに広がった。噛み応えのある筋肉は非常に美味しい。これからこれを毎日食べられると思うと、多幸感すら感じた。

 更に私は千夜君を食む。血も肉も、内臓や骨までも。気づけば全身を一通り食べ終えており、部屋の中は千夜君の香りで満たされていた。


「どうでした?」

「とっても美味しかったよ」

「そうですか」


 そう言いながら、千夜君は修復された右手で私の口元を拭う。食べている時に着いた血を拭いてくれたのだろう。私は千夜君の手を持って、血を拭った指だけを食む。

 指は食感が楽しくて好きだ。少し血が多めだと風味も楽しめるらしい。


「今度はシながら食べていい?」

「はい。ヒメヒ様の仰せのままに」



 ――運命の贄、という者がいる。

 それは鬼と一生を共にする、鬼の原動力となり得る、不死者の生贄いきにえのこと。

 つまり、私にとって千夜君は運命の贄である。ということだ。

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