第2話オーマ、ロブレム

 帝国軍側__。

 イロード軍の裏切りをきっかけに、反撃に出た帝国軍は勢いづいていた。

イロード軍と対峙していた帝国軍左翼の部隊が、二手に分かれたイロード軍の間を抜けて、ゴレスト軍の後ろを通り、ポーラ軍の後ろに回ろうとしている。

帝国軍前衛は、そのまま敵中央のゴレスト軍とポーラ軍を攻め立てている。

帝国軍右翼は、連合軍の最多の8千のノーファン王国軍を抑えている。

敵軍両翼に回り込まれていた帝国軍後衛は、センテージ軍を半包囲してもらえたおかげで負担が減り、押し返し始めた。


___絶好の勝機。


 帝国軍兵士誰もが、手柄を立てようとする中、大人しい一団がいる。

帝国軍前衛の左手、ゴレスト軍と対峙していた一団だ。


「さて、どうすっかなー」


 こんな状況で、そんな呑気な声を上げるのは、その一団の団長だ。

髪は茶色で短髪を逆立てており、180㎝近い身長で、体格もしっかりしており、その上から帝国の黒い重装型レザーアーマーを身に着けているので迫力がある。

ぼんやりとした表情で呑気な声を上げなければ、強面に思う者もいただろう。


___帝国軍、北方遠征軍、第3師団所属、雷鼠戦士団、通称『サンダーラッツ』団長オーマ・ロブレム。


オーマは、戦場の前線真っただ中、ゴレスト軍を眺めながら今度は気怠そうに呟く。


「このまま行けば、ゴレストの将の首を取れるだろうけどな~、西方遠征軍の連中はどう思うだろ・・・」


 帝国軍の軍団構成は、本土と東西南北の5つに分れており、東西南北はさらに『遠征軍』『防衛軍』の2つに分れ、計9つの軍団から成り、その総数は十万を超え、世界最多だ。

 1団は各部隊の合計約1千人で編成され、団が4つで1師団、3師団と本隊(1団)の約1万3千~1万5千で1軍団の編成になる。


 西のラルス地方の攻略は、帝国軍西方遠征軍の管轄なのだが、兵数がさすがに足りなかった。

そこで、半年ほど前に、北方の大国バークランド帝国を倒し、北方のリジェース地方の攻略をほぼ完了しつつあった北方遠征軍から、第三師団が援軍として参加していた。



「やっぱ援軍の俺達に手柄を横取りされたって思うよなぁ・・・」


 理屈で考えるなら、恨むのはお門違いなのだが、現場の兵士の気持ちはそうはいかない。

帝国軍は職業軍人、戦果を挙げて出世しなければ、一生一兵卒として働くことになる。

軍事国家なので、軍人の待遇はかなり良い。

だが、戦場での働きが期待できなければ、解雇もあり得る。

 一兵卒、特に帝国軍で一番戦場に立つことが多い遠征軍に自ら志願した者は、肉体が衰えて、戦えなくなる前に出世したいのだ。

だから、自分たちの管轄で、他の管轄の者達が戦果を挙げるのを歓迎しないだろう。


「ただでさえ、先陣を任されているしなぁ」


 今回の戦で、援軍である北方遠征軍第三師団に任されたのは、前衛の先陣だった。

西方遠征軍は、オーレイ皇国攻略後の連戦であり、他の連合参加国の攻略も後に控えているからだ。

加えて、北方遠征軍の戦闘力が高いというのもある。


 リジェース地方には、帝国と同じく大陸制覇を掲げるバークランド帝国が居たため、その周辺国も軍事増強しており強国揃いだった。

それ故に北方では激戦が続き、リジェース地方の戦いを勝ち抜いてきた北方遠征軍は、帝国の9つの軍団の中でも精強であった。

 さらに、第三師団の中でもオーマの雷鼠戦士団は、帝国の数ある部隊の中でも5番以内には入り、オーマ自身も帝国で10番以内には入る強者だ。

 戦局を考えれば、北方遠征軍第三師団に、前衛を任せるのは、妥当といえるが、現場の兵士たちは納得できなかった。

犬死はごめんだろうが、自分達の管轄で、勝算のある戦いを他の者に任せたくはないだろう。


「その上、敵将の首まで取り上げたら、どんな恨みを買うか・・・」


そんな事情を知るオーマとしては、この戦に積極的にはなれないでいた。


「敵よりむしろ、味方に神経使うよ。ハァ・・・まあ、いいや、どうせやる気は無かったし、このまま足を引っ張らない程度で目立たず行くか・・・」


オーマはそう決断する。だが、戦場で武功を上げたいのは他の部隊の人間だけではない。


「団長!チャンスです!突撃命令を!」


 そう進言してきたのは、他の隊で兵士から昇格して小隊長になって、オーマの隊に入った新米の小隊長だ。

表情から、手柄を立てたくて急いているのが、ありありと分かる。

周囲の状況も、帝国軍内の空気も読まず、自分だけ手柄を立てて得できれば良い、といった感じだ。

 オーマは、ため息を吐きそうになるのをこらえて、新米に向き合う。


「イロード軍の間を抜けた友軍は、ゴレスト軍の後ろを回り、ポーラ軍の後ろをとる。ポーラはお飾りとはいえ敵軍の大将、各軍の指揮が独立しているとはいえ、戦況が逆転した今なら、ポーラの将を打ち取れば、連合は瓦解するだろう。俺達は、友軍がポーラを囲むタイミングに合わせ、ゴレスト軍がポーラに近づけないよう壁になる。」

「それじゃ我々は、何も出来ないじゃないですか!」

「俺達が突撃して、ゴレストが撤退したらどうする?友軍が回り込む邪魔になる」

「そこは何とかなるでしょ!我がサンダーラッツの強さなら、友軍の邪魔することなくゴレストを殲滅できるはずです!師団長の本隊と連携だって・・・!」


(出来ねーよ!無茶言うな!しかも、"我がサンダーラッツ"って!おまえのじゃねーし!)


出世欲を抑えられない新米に、内心イラつくも、表面上は冷静さを保つ。


「師団長の部隊は、敵右翼のノーファンの動きを警戒しなくちゃならない。連合で一番厄介なのは、一番数が多いノーファンだからな。それにゴレストに突撃したら、友軍がポーラを囲む前にポーラは撤退するだろう」

「くっ!」

「わかったか?手柄を立てたいのは分るが、焦るなよ。ついでに言っておくが、もう少し周りの事情も考えろ」

「はっ?」

「俺達は援軍なんだよ。本来、この戦は西方遠征軍の戦だ。だから、彼らは皆、手柄も自分達の物だと思っている。軍人なら、恨まれずに出世した方が良いぞ」

「なら、ポーラを囲んだ後に、ゴレストを殲滅しましょう!それなら友軍の邪魔になりませんし、ゴレストと対峙するのは我々だけです。西方遠征軍は、ポーラの将を狙うでしょうから、手柄を上げても文句は無いでしょう!」


(人の話聞かねー奴だな~。良く言えば、めげないというか・・・)


とはいえ、新米の意見は間違いではない。というより、普通はそうするだろうし、昔のオーマなら、そうしていただろう。

 ポーラを囲んだ後なら、流石にゴレストを叩いても文句を言われる筋合いはないだろうし、ゴレスト軍と雷鼠戦士団なら、数の差はあれ、戦況の勢いも味方して十分勝算がある。雷鼠戦士団はそれ位強い。

 だが今までの事情とは別に、オーマには目立ちたくない理由があった。

それを新米に話す気は無いし、恐らく言っても信じてはくれないだろう。


「とにかく、この戦いで俺達が無理をする必要は無い、安全策で行く」

「団長!?」


話は終わりと、オーマは新米を無視して、通信兵を通じて各部隊に指示を出す。


「雷鼠戦士団各部隊へ!友軍がポーラの後ろに回り込むのに合わせて、ゴレスト軍とポーラ軍の間に入って敵を分断する!砲撃隊は砲撃準備!目標はポーラとゴレストの境目!こちらからの合図を待て!」

「了解しました。砲撃隊!遠距離爆撃魔法の詠唱開始!方位1時!距離100!」

「突撃隊は、砲撃を合図に突撃し、ゴレストとポーラを分断!本隊、遊撃隊もこれに続く!・・・副長、俺の代わりに本隊の指揮を頼む」


オーマはそばに居た副長に目で合図しながら、そう指示を出す。


「いいわよ。団長はそこでゆっくりしてなさい。・・・本隊前へ!突撃隊と遊撃隊が動きやすくなるよう、敵を引き付けるわ!」

「突撃隊了解です、団長。突撃隊の皆さん!密集陣形から突撃陣形へ移行します!!」

「遊撃隊も、りょーかい。今日は、楽な役回りで助かるぜ」

「重歩兵隊は、敵を引き付けながら後退!ゴレスト軍をポーラ側に行かせるな!工兵隊はこれを援護!」

「重歩兵隊了解した。だが、難しい注文だな、奴らもイロードに裏切られて、連携したいだろうからな」

「大丈夫。他にも裏切る軍が出ないか疑心暗鬼になっているはず。それに、この混乱なら、ちょっと隙を見せれば喰いついてくる。というわけで、工兵隊も了解」


 各隊への指示を出して、再び新米の小隊長に声をかける。


「指示は出した。お前も持ち場につけ」

「何で・・・何でサンダーラッツの団長ともあろう人が、そんな弱気なのですかッ!?」

「まだ、突っかかるのか?ここは戦場だ、不満があるなら終わってからにしろ。今はもう行け。これは命令だ」

「クソッ!!」


 状況は理解しているらしく、新米は仕方なく持ち場に戻っていく。

その、不満がありありと分る背中を見送りながら、オーマはため息を吐く。

言いたい事はたくさんあるが、自分も若い頃は、彼に負けず劣らずの人間だったと思うと、何も言えない。

__いや。ただ単に、軍の現場の事情だけなら、こんな気持ちにはならない。

 あの生意気な新米に思う感情は、哀れみだ。

帝国軍の・・いや、ドネレイム帝国という国の本質を理解していない者に対する哀れみだ。


 ふと、自分が感慨にふけっていることに気付き、オーマは首を左右に振りを引き締めなおす。


「まだ、ここは戦場じゃないか・・・」


 再び戦闘モードに気持ちを切り替え、状況を見ると、友軍がゴレスト軍の後ろを通過するところだった。


「よし!砲撃開始!」

「撃てぇーーーー!」


 砲撃隊の、魔導砲撃の火球が弧を描き敵兵へと放たれ、そして着弾。

景色は焼け焦げた死体と、逃げ惑う兵士の姿へと変わった。


 そして、それとほぼ同時に、突撃隊が大地を蹴った___。


「今だ!突撃を開始して下さい!」


 そう言いながら、その女性のような声と容姿の突撃隊長が誰よりも先を走り、体勢を立て直そうとしている敵部隊へと向かう。

魔法で強化された足で、常人ではない速度で走る。

そこからさらに、身体の周囲が水色の光を纏い始める。

彼は、そのまま敵部隊の手前で勢いよく飛び上がり、その光を放った。


「アクアランス・ウェイブ!」


 突撃隊長の周囲から、槍の形状が混じった小規模の津波が発生し、敵部隊に襲い掛かる。

敵兵士数十人が、一瞬にして、水の槍で貫かれながら波にさらわれていく。

 敵陣を切り裂いた隊長の後から、突撃隊の兵士達も切り込んでいく。

それに続き、遊撃隊、そして本隊が入って行き、ゴレスト軍とポーラ軍の間の壁となる。


「よし、良いぞ!重歩兵隊も前に出ろ!」


 その指示を予想していたのか、その指示とほぼ同時に、重歩兵隊長が、身体の周囲に緋色の光を放ちながら命令を出す。


「重歩兵隊、フレイムアーマー発動!前進し反撃に出るぞ!」


 その一言で、同じ様に緋色の光を纏っていた重装兵達が魔法を発動し、身体の周囲に炎を燃え上がらせる。

その炎は、味方の炎同士、連鎖反応を起こして、さらに強く燃え上がる。

そして、重歩兵隊は、一つの巨大な炎の波となって、敵兵を焼き尽くしながら前進していく。


「何だと!?部隊を1つの属性で統一出来るのか!?」


 その姿を見たデティットは、驚愕の声を上げた___。



 この世界の住人は生まれながらに『魔力』を持っていて、筋力や知力と同じ様に向き不向きはあれ、鍛えていける。

 そしてその『魔力』を使う魔法は大きく2種類ある。

魔力によって肉体の潜在能力を引き出し、身体能力を高める『潜在魔法』。

四大神を信仰し、その神から恩恵を受けることによって行使できる『信仰魔法』だ。

 先程デティットが驚いた、重歩兵隊の魔法が信仰魔法になる。

信仰魔法の属性は、信仰する神によって違う。

火の神ファーブラを信仰すれば炎属性。

水の神ウォルスを信仰すれば水属性。

風の神ジンクウを信仰すれば風属性。

土の神マガツマを信仰すれば土属性となる。


 魔法の向き不向きだけでなく、神々と自分の相性などもあるため、部隊を1つの属性で統一するのは非常に困難なのだ。

ゆえに、デティットは、先程まで帝国軍の兵士達が、各々バラバラの属性で戦っていたことに疑問すら抱かず、帝国軍が反撃に出ると同時に、どの部隊も信仰魔法の属性を統一しだしたことに驚愕したのだ。

 信仰魔法は、修練すると他の者が扱う同じ属性の信仰魔法と連結させ、連鎖反応で威力を上げることができる。つまり、集団で同じ属性の魔法を使った方が効果的なのだ。

勇者など、個によってはそれを覆す存在もいるが、大抵の場合、同じ属性の者が1人でも多く、同じ属性の信仰魔法を、互いに息を合わせて行使したほうが、効果が高い。

だが、そうと分かっていても、百人規模の部隊で行うのは難しい。

実際、デティットの率いるゴレスト軍3千でやろうとすれば、精鋭の十数人規模になるだろう。

言い換えると、帝国軍は、並みの兵士でもゴレスト軍の精鋭クラスの魔法練度を持っているという事になる。

デティットが驚くのも無理はなかった。


 そしてもう一つ驚いた事がある。

それは、帝国軍兵士全員が、2つ以上の属性を扱えるということだ。

通常、いや、ラルス地方の国々の常識では、信仰魔法で扱える属性は1人1つだ。

 神を信仰するのだから、2つ以上信仰するのは背信行為と捉える風潮の国すらある。

デティットのゴレスト神国がそうだ。

とはいえ、禁止している訳でもないし、2つの属性を扱える者がゴレストに居ないワケではない。

複数の属性を扱えるだけでなく、基本の4属性から派生する上位属性の信仰魔法を扱える者も知っている。

驚くべきは、末端の兵士でさえ、自分の得意とする属性と、部隊で統一するための属性の2つを扱えるということ。

 それはつまり、軍でマニュアル化しているということだ。

新兵訓練に、そういうカリキュラムを導入しているのだろう。

それだけ帝国の魔法技術が発達しているのだ。



「国力が違い過ぎる・・・勝てない・・・」


 デティットは、悔しさを滲ませながら呟く。

兵士の経験、戦闘技術、装備、それに加えて魔法練度まで、帝国は連合を凌駕している。

その猛攻はすさまじく、イロード軍の裏切りなど無くても連合を圧倒できたのでは?というほどだ。

事実そうなのだろう。

 帝国の立場で考えれば、大戦とはいえ、今回の戦いは、あくまでも連合との初戦なのだ。

当然、後に控えている、各国への侵攻も見据えているはず。

なら、戦力を温存できる策があるならば、それを実行するだろう。

 イロードへの工作は、この戦い勝利するためのモノではなく、この後の侵攻作戦まで考慮した策なのだろう。

今の帝国軍の強さを前に、デティットはそう考える。


「・・・撤退する!!!!」


 デティットは、ギッと奥歯を噛み締めて号令をだした。

後の戦いの事を考え、できる限り被害を抑える方に舵を切る。

後が無いからの連合では?各個撃破されるからの連合では?そう、頭の中で警報が鳴るが、最早戦局は覆らない、この戦いの勝敗は決したのだ。


「団長!?」


悲鳴に近い声の一言で、デティットはロストが何を言いたいかを理解する。


「仕方なかろう!?」


そのデティットの一言で、ロストもデティットが何を言いたいかを理解した。


「クッ・・・!ならば、しんがりは私が!」

「馬鹿を言うな!しんがりは私だ!お前は皆を先導し、1人でも多くの兵士を逃がせ!」

「いいえ!それは将軍がやってください!話し合いは無しです!」

「お前ぇ・・・!」

「サレン様はどうするのです!?」

「ッ!?」

「ここで撤退するなら、我が国の希望は、あの方のみ。そして、あの方に必要なのは私ではなく、あなたです!」

「~~~!」

「行ってください、将軍!」

「・・・すまん!」

「ご武運を!」

「こちらのセリフだ!死ぬなよ!」


 無理とは分りつつも、そう言って、残った兵士達をまとめ上げ撤退を始める。

祖国の未来に立ち込める暗雲を感じながら、締め上げられる様な気持ちで、デティットは走り出した。





「お?撤退し始めたな」


 相変わらず、戦場に似つかわしくない態度でオーマは呟く。良く言えば、周りが見えている証拠だ。

実際、裏切ったイロード軍が、撤退するゴレスト軍に追撃しようとしているのも見えている。

サンダーラッツも、追撃に出ればゴレスト軍を壊滅させて、ゴレスト軍の将の首を獲れるだろう。

普通なら、そうするだろうが、オーマはここでも消極的で無難な指示を出す。


「サンダーラッツは、ゴレスト軍への追撃はせず、このままポーラ包囲網を維持する!」


 そんな弱気な指示が団長から飛ぶも、各隊の隊長達は、気にすることなくその指示に従う。

先程の新米の小隊長が、遠くからこっちを睨んでいるのがオーマの視界に映る。

遠くからでも、その不満はハッキリ分った。

"何で追撃して手柄を立てねーんだよ!!"・・・と。そう顔に書いてあった。


「手柄なんて立ててもしょうがないんだよ・・・この国は・・・」


ボソリと呟くオーマの声は、戦場にかき消されるのだった・・・。






「・・・帝国の方は追撃して来ないのか?」


 ゴレストへ追撃する気配が帝国軍にないことに、最初に気づいたのはロストだった。

ゴレスト軍のしんがりで、イロード軍を相手にしながらも、そのことに気付き、淡い期待が湧いてくる。


「・・・なら逃げ切れる?」


 他に策でもあるのか?と勘ぐるが、この状況で更に策あるようにも思えないし、必要もないだろう。

何故?という疑問を残すも、帝国の追撃がないと判断し、安堵する。・・・死ぬのは自分だけで済む、と。

 イロード軍とは違い、本気を出した帝国軍に追撃されたら、まず間違いなくゴレスト軍は壊滅し、デティットも打ち取られることになっていただろう。

彼女はゴレストに必要な人物だ。


「デティット将軍とあの方さえ、居てくだされば・・・」


自国の未来を背負う人物が生き残れると分り、ロストの気分は清々しささえ感じていた。


「後は、この身が朽ちるまで、戦うのみ!」


 何の憂いも無くなり、開き直ったロストは、自身の身体が動かなくなるまでイロード軍を抑え、この戦場で散るのだった___。




 デティットは、ロストの散りゆく姿を撤退しながらも振り返り、確認することができた。


「・・・すまない」


 数年間、苦楽を共にしてきた人物に、苦渋に満ちた表情を浮かべながら、そう告げる。

短い一言だが、その一言には、感謝、謝罪、後悔、名残惜しさ、色々な感情が混じっていた。

 そのまま振り返った状態で、一度だけ視線を横にずらし帝国軍の方を見る。

___敵に情けをかけられ、自分は助かった。

それは、副将ロストを失いながらも、感謝しなければならない事実なのだろう。


「・・・借りができたということか・・・」


 その事実に、更に複雑な感情を抱きつつ、帝国軍の指揮官(オーマ)の顔だけ確認すると、今度こそ振り返ることなく走り、戦線を離脱した。


西方連合軍対帝国軍の戦いは、帝国の勝利で幕を閉じた___。

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