チート勇者ろうらく作戦

脆い一人

序章:新しい任務!それは、勇者ろうらく?

第1話ファーディー大陸

 ここファーディー大陸に生きる人々は、神々に祝福されている。

火の神ファーブラ、水の神ウォルス、風の神ジンクウ、土の神マガツマの四大神によって作られしこの大地は、恵み豊かで、多種多様な生き物を生み人々を育み、『魔法』と呼ばれる神々の超常の力で、人々に繁栄をもたらしている。


 だが、この世界には、神々によって作られた、一つの戒律が存在する。


 満たされた世界では、人々はいずれ堕落し、強欲になる。

それをよしとしない神々の戒律。

人々が『魔王』と呼ぶ破壊の化身と、『勇者』と呼ぶ救世主が生まれる仕組みが存在する。


 人々が私欲で他者を虐げると、虐げられた者達の怨嗟の声が負の力となり、大陸に満ちていく。

そして、負の力が大陸中に満たされると、それが何かしらの憑代に宿り、『魔王』としてこの世に誕生する。

 『魔王』は魔界の門を開き、悪魔や魔獣といった邪悪な力をもつ『魔族』をこの世に解き放ち、大陸を蹂躙し、世界を破滅へと導く。

だが同時に、虐げられる者達を癒し助ける、慈愛と救済の正の力も何者かに宿り、世を救う『勇者』として覚醒する。

勇者となった者は、人々と共に、魔王と魔族相手に、この世の命運を懸けて戦うことになる。

人々は、この戦いを『魔王大戦』と呼び、約200年に一度の周期で、この戦いを続けていた。


 そして、ファーディー歴920年(FD.920)現在、再び魔王が誕生しようとしていた__。







 FD920 3月、雪どけして、心地よい春風が吹き始めた頃、ファーディー大陸の西方のラルス地方は、広大な草原を鮮血で染め上げていた。

怒号と悲鳴、刃の交わる金属音、そして魔法によって起こった爆発音が遠くまで鳴り響く。

かなり大きな戦だ。


 この地域で戦が起こるのは、何十年ぶりだろうか?


 この地域を治めるポーラ王国は、長年周辺国と友好的にやってきた。

このポーラ王国は、ゴレスト神国、ノーファン共和国、イロード共和国、オーレイ皇国、センテージ王国と、五つの国と隣接している。

 その外交は、あえて軍備を拡張せず、肥沃な土地を使って農業に力を入れ、豊富な食糧を周辺の5ヶ国に提供し、平和的な交流を図っていた。

これにより、どこかの国がポーラに手を出そうとすると、他国がそれを阻止するようになる。

そうやって周辺国同士を牽制させることで、平和を保ってきた。

だがその均衡は、5つの周辺国の1つ、オーレイ皇国がドネレイム帝国によって落とされたことで事態が一変する。


 ドネレイム帝国__。

約100年前に起こった魔王大戦時、魔王軍に対抗するため、時の皇帝が、他勢力をまとめ上げて建国した国である。

そして魔王大戦後は、また誕生するであろう次の魔王に備えるべく、人類統一を掲げ他国へ侵攻を始めた。

現在では、領土を大陸の半分近くまで広げており、歴史こそ浅いものの、今では大陸1の軍事大国になっている国だ。


 長年ドネレイム帝国は、ポーラ王国と帝国に挟まれた、オーレイ皇国と激戦を繰り広げてきた。

ポーラ王国はオーレイ皇国を支援し続けたが、半年前に終に決着、オーレイ皇国はドネレイム帝国の手に落ちたのだ。

その後ポーラ王国は、ドネレイム帝国に対し平和的な外交策を持ち出すも、オーレイ皇国を支援していたことを理由にこれを拒否され、帝国から宣戦布告をされてしまう。

軍事力が殆ど無いポーラ王国は、軍事増強する間もなく攻め込まれ、窮地に立たされた。

 これに対応するべく、ポーラ王国は周辺4ヶ国(ゴレスト神国、ノーファン共和国、イロード共和国、センテージ王国)に協力を要請。

友好国であり、ドネレイム帝国に脅威を感じていた各国は、これに応じた。

ポーラ王国は、追い込まれながらも西方連合を結成し、ドネレイム帝国を迎え撃ったのである。


 だが、西方連合の置かれた状況は厳しい。


 連合に参加しているイロード共和国などは、イロードの権力中枢にまで帝国のスパイが入り込んでいるという噂もある。

他の連合に参加した国々も、ポーラ王国を落とされれば、ポーラからの食糧物資が途絶える。

そうなれば、帝国相手に戦をするのは難しくなり、各個撃破されていくだろう。

 連合軍に後は無く、実質、この戦が決戦といえるかもしれない。

更に連合軍は、ポーラの豊潤な土地を奪われないよう、防衛に向かない土地で、帝国を迎え撃たなければならなかった。


 そんな背景で始まったこの地での戦は、今のところ互角だった。

連合軍は、丘の上に鶴翼の陣を敷き、敵が攻め上がってきたときを見計らい、魔法と弓矢の一斉射撃で牽制、一気に丘を下り、帝国軍の魚鱗の陣を半包囲することに成功した。


 だが、戦局はまだ動かない。

帝国軍1万6千に対して連合軍2万1千。

帝国は数で劣るとはいえ、兵士全員が職業軍人であり、長年に渡り軍事侵攻をしてきて、戦経験が豊富な者が多い。

農夫も掻き集めて構成されている連合軍とは、兵の質が違う。

 加えて装備にも差がある。

連合軍側の防具は、鉄や鋼の金属製に対し、帝国側は、魔法が付与されている防具だ。

 魔法技術が発達していきている今日、素材だけが武具の性能ではない。

帝国の莫大な予算を費やして量産された遠征用のレザーアーマーは、軽くて動き易いうえ、強度は並みの金属を上回る。

もちろん、武器においても同じ理由で、帝国の物が、連合の物より優れている。

兵の質、武具の質、ともに帝国が勝っている。


 だが、それでも数の暴力は大きいのか、戦局は徐々に連合に傾きつつあった。

帝国兵士とはいえ、この敵数の多さでは、体力と集中力の消耗が激しいようだ。加えて、帝国はオーレイ皇国を落として間髪入れずポーラ王国に攻め込んだため、遠征の疲れも残っている。

本来の帝国軍の力ならば、連合軍の陣形も崩せる突破力があるはずだが、今はそれができないほど消耗しているように見える。

 それゆえ、帝国軍は最初の突撃を止められた時点で、敗北は決していたのかもしれない。

遠征疲れで一点突破するしかなかったのか、疲れがあっても突破できると高を括っていたのか分からないが、帝国側のミスと思えた。

事実、連合側のポーラ軍と共に、中央右翼に配置されている3千のゴレスト神国軍の指揮官に、魔導通信兵から朗報が入った。


「報告!我が方両翼が、敵軍後方に廻り込めた様です!」


 伝令兵からの報告を聞き、ゴレスト軍の副将ロストは目を見開き勝利を確信する。

そして、隣にいる白銀の全身鎧で身を包み、兜の下から黒く長い髪を垂らした妙齢の女性に、興奮気味に話しかけた。


「ほぼ完全に包囲できたようですね。これで、この戦は連合の勝利です!これ以上帝国を調子付かせずに済みそうですね!デティット将軍!!」


デティットと呼ばれた女性の将は、副将とは対照的な態度で佇んでいる。


「解せん・・・」


デティット将軍は、切れ長の目を更に細め、訝しげな表情で更に呟く。


「・・・上手く行き過ぎている。これが、あの帝国の戦い方か?」

「数で劣り、遠征による連戦で疲弊した状態では長期戦は厳しく、一点突破の突撃しかありません。その突撃が失敗した以上、包囲殲滅は免れないかと」

「その突撃も、今にして思えば、わざとらしい気がする・・・」

「・・・わざとらしい?」

「突撃が失敗した後の帝国軍の密集陣形への移行が、早すぎたように思う。遠目から見ていただけだが、この戦の唯一の勝機のはずの突撃なのに、何としてでも突破しようという気概が感じられなかった。まるで最初からそうするつもりだったみたいに」


言われて、興奮気味だったロストも少し冷静に考え始める。デティットは尚も続ける。


「そもそも連合軍の我らに一点突破は有効か?数で勝る相手に一点突破の短期決戦は間違いではないだろう。敵陣を貫いて敵の陣形を崩し、敵総大将を撃破できれば理想的だ。だが、こちらは連合で、各国の軍の指揮がそれぞれ独立している。陣形を崩されるのはもちろん危険だが、全軍の指揮への影響は薄いだろう・・・こちらの立てた方針もそうだしな・・・」


 急拵えで、連携など期待できない連合軍の方針はアバウトだった。


 立場上、ポーラ軍の将が総大将になるが、数は2千と連合軍で1番少なく、他国の軍を統率する力など無い。なので、戦方針は大まかで、細かい部分は、その場の各国の軍の将が判断することとなった。

このような場当たり的な戦い方が、結果として、敵の思惑から外れる形になったことに、デティットは複雑な気持ちになりながら、言葉を続ける。


「各国とも、後がないから裏切るとも思えんし、分断されても独断で動けるのだ、やはり帝国の戦い方は賢いとは思えん」

「それしか無いからでは?帝国は、今では周辺国すべてと対立していて、この戦場に割ける戦力にも限りがあります。その限られた戦力では、この方法しかないように思えます」

「そう思わせて、まだ戦力を温存している可能性は?」

「増援ですか?この平原で周囲を見渡せる丘に陣取っているのです、気づきますよ」

「魔法などで姿を消している、などといったことは?」

「あるかもしれませんが、いくら帝国でもそんな高度な魔法が使える者を部隊規模で揃えられるはずありません、居ても数人、こんな前線の指揮官を狩るのではなく、もっと効果的に運用するでしょう。」


(・・・伏兵の可能性も無い。やはりこちらが戦いを有利に進めているだけだろうか?)


しかしデティットは、そう思えばそう思うほど不安になり疑問が湧いてくる。


「なら、なぜ帝国軍はこんなに落ち着いている、包囲が完了すれば全滅は免れないぞ?」


作戦が失敗し、後がないにも拘らず、帝国軍に慌てる様子が無いことに、デティットは不安と苛立ちを覚える。

 そこに、再び通信兵から報告が入る。


「報告!わが軍両翼が敵軍を完全に包囲了したとのこと!」


報告を聞いて、ロストは、今度こそはという顔をデティットに見せる。


「将軍!」

「・・・分かった。不安は残るが、打って出る以外の選択肢も無い」


多少不安を残しつつ、デティットは覚悟を決め、声を上げ兵士達に命令する。


「全軍前進!帝国軍を締め上げて、勝敗を決する!」


 デティットの号令の下、ゴレスト軍は前進を始めた。


 帝国軍を仕留めるため、ゴレスト軍の兵士たちが士気を上げ、動き出したその時、ゴレスト軍の右手側から悲鳴が上がった。

帝国軍と接触しているところではない場所からだった。


「何だ!?何が起きた!?」


 デティットから、押し込めていた不安が再び溢れ、悲鳴のような声が出てしまう。

そして、些細なことであってほしいという、デティットの気持ちを絶望させる報告が上がってくる。


「報告!自軍、右翼中央のイロード共和国軍が裏切った模様!イロード軍は二手に分かれ、中央右翼の我が軍と、右翼右のセンテージ王国軍を、帝国と共に挟撃!また帝国の部隊が、二手に分かれたイロード軍の間を抜け、我が軍の後方を通り、ポーラ軍の後ろに回り込もうとしています!」


デティットとロストは、その報告を聞いて驚愕の表情を見せ合ってしまう。


「う、裏切りだとっ!?イロードめ!血迷ったか!?自分たちの地位と引き換えに母国を売ったか!?」

「帝国は、いつの間にそんなことを・・・」

「議会の方か・・・クソッ!」


 デティット将軍の考えは当たっていた。

帝国は何年も前から他国へスパイ活動を行っていた。

イロードの共和体制は、工作員が権力中枢に入りやすかったのだ。

 潜入した工作員達は、今回の連合の参加と出兵をあえて反対せず、その代わり、工作員の1人である将軍を出兵に際し、最高指揮官に抜擢した。

最高指揮官に任命された工作員は、可能な限りの他の工作員の兵士を導入し、その者達と一緒に他の指揮官のみならず、末端の兵士達も懐柔した。

本々、帝国と直接戦うことになる兵士達の士気は高くなく、それは容易に行われた。

今や世界一の大国である帝国。そんな国から誘われれば、この戦いで死ぬかと思っていた兵士達がなびくのも無理はなかった・・・。




 戦い馴れている帝国軍の動きは速い。

イロード軍の裏切りで動揺した隙を突いて、瞬く間に右翼のセンテージ軍と、中央右のゴレスト軍を半包囲してみせる。


 イロード軍5千が裏切り帝国軍側2万1千、連合軍1万6千、数の上でも帝国軍が上回った___。

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