人類滅亡の日

@monochros

人類滅亡の日

日直として頼まれた資料のまとめ作業を教室でしていると、今世間で騒がれている話が耳に入ってきた。どこかの有名な予言者の話だ。その予言者が、人類の滅亡を1週間後に予言しているらしい。正直ばかばかしい話だ。だいたい、今まで何人もそういう予言をして外してきているんだから、今回も外すに決まっている。預言者の話をしている人たちも同じような考えのようで、「最期に何する?」だとか、「最期に食べるなら?」といったような遊び半分の会話をしている。まあ普通はそんなもんだろう。天下のメディア様だって、バラエティーとして囃し立てているのだから。


僕はそんな会話を作業用BGM代わりにして、作業を進めた。もうすぐ終わる、というところで、資料が足りないことに気づいた。雪森さんの分が足りない。早く帰りたいのに、これでは終わらせられないじゃないか。でもこれは僕の落ち度じゃないし。そのままにしておけばいいか…。ということにしておきたかったが、先生は許してくれなかった。多分まだ学校にいるはずだから、明日持ってくるように連絡してほしいとのこと。運が悪いなぁ。どうしてこんな仕事があるときに日直になってしまったのか。



文芸部ということなので部室を訪れたが、雪森さんは本をもってどこかに行ってしまったらしい。なんでも、静かすぎるところは嫌いなのだとか。学校中を探さないといけないのか…。しかも、一人でいるっぽい。周りに人がいるならまだ話しかけやすいけど、一人でいるところに話しかけるのはハードル高いなぁ。いや、会話を遮って話しかけるのもハードル高いけど。



色々探し回った結果、雪森さんは校庭のベンチに座り本を読んでいた。静かすぎるのが嫌いらしいが、ここは運動部の掛け声が騒がしすぎないだろうか。おかげで見つけるのに時間がかかってしまった。さっさと書類を渡して帰ろう。


「雪森さん、少しいいかな?」


「…何?」


「クラス資料が雪森さんの分だけ出てなくて。明日もってきて欲しいって」


そう言って僕は資料を差し出した。


「…ああ、そう言えばそうだったわね。ごめんなさい。もっとわかりやすい場所にいればよかったわね」


雪森さんは座ったまま、資料を受け取る。あまり話したことはなかったけど、結構気のまわる優しい人だな。わかりやすい場所にいれば、なんてなかなか配慮できることではない。それに、印象と違って人と話をするのが嫌いというわけでもなさそうだ。これも何かの縁だし、今度また話しかけてみようか。



とりあえず。今日のところは早く帰ろう。資料を受け取った雪森さんは本を読むわけでもなく、資料を確認するでもなく、どこかぼんやり考え事をしているようで、こちらに話しかけてくる気配はない。


「それじゃあ、僕はこれで」


「あ…、ちょっと待って」


「うん?」


突然話しかけられて素っ頓狂な声をあげ振り返る。しかし、言葉は続かず、雪森さんは黙ったままだった。

「どうしたの?」


「…いえ。多分もう大丈夫よ、ごめんなさいね」


大丈夫の意味が分からなかったが、もう大丈夫ということなので雪森さんに背を向けた。すると、野球ボールが勢いよく飛んできて、壁に跳ね返っていた。野球部の人が目の前でボールを拾い、グラウンドに投げ返す。その人はこちらに軽く会釈をし走っていった。その様子をぼんやり眺める。


そこでふと気が付いた。もし雪森さんに話しかけられなかったら、足を止めなかったら、先ほどのボールは僕にあたっていたのではないだろうか。当たらないにしても、ヒヤッとする程度にはすぐ近くをボールが通ったはずだ。


もしかして雪森さんは、ボールが飛んでくることをわかっていたのだろうか。だから僕を呼び止めた…いや、それならばボールが来ると、一言いえばいいじゃないか。そもそも、雪森さんはグラウンドの方を見ていただろうか?地面か僕の方を向いていて、どちらかと言えば背を向けていたはずだ。わかるはずがない。


思わず雪森さんの方を振り向く。雪森さんは再び本に視線を移していたが、しばらくするとこちらの視線に気づいたようだ。


「何か用?」


「いや…さっき呼び止めたのは、ボールが飛んでくるのを知らせるためだったんだよね?ありがとう」


「…どういたしまして」


「それで…ちょっと気になったんだけど、雪森さんはどうやってボールが飛んでくることに気づいたの?」


帰るつもりだったが、気になって聞いてしまった。それに、何か確信めいたものが胸に湧いて出てきていた。


「どうって・・・」


「いや、雪森さん、グラウンドの方を見ている感じじゃなかったし。よく考えたら、僕を呼び止めるタイミングが早すぎた気もするし。もしかして、知ってたの?ボールが飛んでくることを」


そうだ。間違いない。雪森さんは知っていたんだ。ボールが飛んでくることを。そんなこと普通じゃないことはわかる。でも、これが真実な気がしてしょうがない。何も根拠はないけど、確信できる。


「…そもそも、私はボールが飛んできたことを教えたつもりはないのだけれど」


「じゃあ、さっきどういたしましてって言ったのは何だったのさ」


「…」


雪森さんはしまったというような表情をした。怪しい。怪しすぎる。


「いや、ごめん。問い詰めるようなことをしたいわけじゃないんだ。ただ、ちょっと気になって。それで・・・本当に知ってたの?」


雪森さんは黙ってうつむいていたが、やがて諦めたように口を開いた。


「あなた、明日の記憶はある?」


「え?」


「かなり面倒な話になるわよ。それでもいいなら話すわ」


「う、うん」


雪森さんは何と言った?明日の記憶?よくわからないが、とにかく気になる。

とりあえず僕は、△△さんと並んでベンチに座った。


「それで…明日の記憶って何のこと?」


「…わからないのね。それなのに、ボールが飛んでくるって私が予知したって思ったの?」


「いや、予知というまでは…。でも、何となく雪森さんは知ってたんだろうなって確信はあったかな」


「なるほど…。全く記憶に残ってないってわけじゃないのね」


何やらぶつぶつとつぶやいているが、話が全く見えてこない。


「それで結局、本当に知っていたの?」


「確かに私はボールが飛んでくることを知っていたわ。さらに言うなら、あなたが今日ここに来ることも知っていた。」


「そ、それはどうして?」


「私が…未来から来たから」


何やら突拍子もない話になってきた。もしかして、雪森さんはアブナイ子なのか?だけど、それが本当なら納得がいくのも事実だ。普通に考えたら、『わかりやすい場所にいれば』なんて気配りはしない。だけど、僕が探していることを知っていたなら、そういう考えになってもおかしくはない。


「…ばかにしないのね」


「いや、確かにバカみたいな話だけど、しっくり来たから…。本当に未来から来たとして、どうして戻ってきたの?やり直したいことがあったとか?」


そう聞くと、雪森さんは何やら暗い顔をした。もしかして聞いてはまずい話だった?


「初めに聞きたいんだけど、あなた、人類滅亡の予言、どう思ってる?」


「それはまた突然だね。それこそばかばかしいと思っているけど。何の関係が?」


「私は、その予言の日、つまり1週間後の世界から来たわ。…いいえ、正確には、1週間後から毎日さかのぼっている。」


さらに突拍子もない話になってきた。単にボールが飛んでくることを知っていたような態度が気になっただけなのに、何やら壮大な話になってきている。


「それはつまり、滅亡を止めようとタイムリープしているってこと?」


「そうじゃないわ。おそらくこれが人類の滅亡ってことなのよ。あの日起きたのは、大洪水でも、大噴火でも、隕石の衝突でもない。1日時間が戻るという現象よ。…いえ、22日の深夜から21日の早朝に戻る感じだから、正味2日戻るというべきかしら」


「…つまり、どういうこと?」


何やら難しい話になってきた。理解が追い付かない。雪森さんは少しあきれたような表情をしている。こんな突拍子もない話をしているのだから、多少理解できなくても勘弁してほしい。


「人類は9月28日より先に行けないのよ。その日から1日ずつ逆行しているから。9月29日以降に文明を築くことができず、私たちに明日は来ない。こう考えれば、滅亡したのと同じようなものでしょ?今グラウンドで必死に練習している野球部員たちは絶対に甲子園に行くことはないし、受験に向けて勉強している人たちが合格することもない。その日がやってこないんだから。」


「…」


だんだん雪森さんの言いたいことが分かってきた。確かに、本当に人類全員に明日が来ないのなら、滅亡したのと同じかもしれない。バカみたいな話だけどすんなり受け入れられるのは、きっとそれが事実だからなんだろう。


「でも、どうしてそんなことに?こんな超常現象を予言してたってこと?」


「さあ…。いくら詳細な滅亡方法が予言されていないからと言って、こんなこと予知していたとは思えないけど…」


そう言ったあと、黙ってしまった。何やら考え事をしているらしい。


「どうかした?」


「いいえ。なんでもないわ…どうせ考えたってどうしようもないことだし」


「そんなこと言われたら余計に気になるんだけど…そういえば、この後どうすればいいんだろう。何とかして、その現象は止められないのかな」


「こんな超常現象、止めるなんてことできるわけないでしょ?」


「でもこんな話を聞いて、何もしないで過ごすのも気分が悪いよ」


「大丈夫でしょ。あなたには明日の記憶がないんだから。日を跨げばこの話もきれいさっぱり忘れるわよ」


そう言われると、何か少し怖い。


「……雪森さんはこれからどうするの?」


「別にどうもしないわ。このまま状況が変わらなければ逆行を繰り返して、中学生・小学生をまた経験して、最終的に生まれてこないという形で死を迎える、というところかしら」


「…雪森さんはそれでいいの?」


そう聞くと、雪森さんは明らかに不機嫌そうになった。


「あなた、私の立場で同じこと言われたらどう思うか考えなさいよ。私だってこの現象について色々調べてみたけど、全く情報が出てこないんだから。SNSで調べても同じ体験をしている人は見当たらないし、私が記憶を保持している理由もわからない。そんな状況で、一人で何をしろって言うの?」


そりゃそうだ。僕だって、一人でどうにかできることなんてほとんどないじゃないか。いやなことを避けるために何もしないのはどうなんだ、と思ったが、そんな規模の話じゃないのは明白じゃないか。


「ごめん。考えなしの発言をしちゃったね。本当にごめん」


「いえ、私もちょっと感情的になりすぎたわ。ごめんなさい」


少しの沈黙の後、雪森さんは続けた。


「私だってこのまま逆行するのなんて嫌よ。でも、さっきも言った通りどうしようもない。あなたは信じてくれたけど、こんな話信じてくれる人は普通いないのよ。」


そうか。雪森さんだって、このままでいいと思っているわけがなかった。きっと悩んで苦しんだ末にあきらめているんだろう。僕はますます自分のうかつさを悔やんだ。


「今日はありがとう。話ができてすっきりしたわ。もし覚えていたら、また昨日の放課後、ここで会いましょう」


かける言葉が見つからず黙っている僕の返事も待たず、雪森さんはベンチを去っていった。



時刻は23時50分。雪森さんの話が本当ならば、もうすぐ時間が巻き戻り、記憶もなくなる。本当に時間が戻るのだろうか。そもそも戻ったらこの体は、意識はどうなる?話を聞いたときは何となく流していたが、考え始めると恐怖が襲ってくる。雪森さんはこの現象を人類の滅亡だと考えているんだ。つまり今日で時間が進まなくなってしまうなら死ぬのと同じ?そういう意味では確かに人類は滅亡しているのかもしれない。考えてしまうと0時が近づくのが怖くてしょうがない。0時になった時、この体は、意識はどうなるのだろう。死ぬのと同じ?いや、こんな話ばからしい。雪森さんが嘘を言っていただけかもしれない。そうだ、こんな話あるわけがない……。



もうすぐ日付がかわる。

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