第12話 よりにもよってそれかよ

「まぁ、結果オーライというわけか……。こればかりは運が良かったとしか言えねえな」


 朝の東町を歩きながら、俺は五千ピョコ紙幣を掲げて呟いた。


 ほぼボヤ騒ぎのようなものを起こしてしまった俺達だが、なんとお駄賃が当初予定の三千ピョコから五千ピョコに値上がりしたのだ! なんでも、俺達の倒したスライムがあの家主にとっての相当な厄介者だったらしく、駆除してくれたお礼でサービスしてくれたとのことだ。燃えた干し草について尋ねてみても「燃やしてくれてありがとう」と逆にお礼を言われたし、こんなこともあるんだな。


「まさか、お駄賃を上げてくれるなんてね! これほど幸先の良い展開はないわよ。まさに、女神である私の力のおかげと思わない?」

「何言ってるんだおめー。クラッサがパチンコに行かなきゃそもそもこんなことにはならなかっただろーが。もう忘れたのか?」


「うぐっ。そんな過去の事なんて忘れてよ! どこかで挽回するからさあ!」


 そんな臨時収入を得た俺達が、次に向かう先は何か飯が食える食堂だ。昨日から、回復魔法で凌ぎ続きの俺達はとにかくお腹がペコペコだからな。何か食わねえと話も始まらねえだろう。


 とまあ、そんな感じで金を握りしめた俺達は空腹を満たすべく朝の東町を歩いていると言うことだ。クラッサ曰く『東町でオススメのご飯屋さんを案内してあげる!』とのことで、今付いて行ってる最中だ。ちなみに、お金の管理は全部俺がすることにした。理由は言わずもがな、こいつに預けると碌なことがねえからな。


「せめて飯屋ぐらいまともな所を案内してくれよ。過去の実績から推測するに、不安でしょうがねえからな」

「任せてウルギ! 私、こう見えても東町のグルメには精通しているのよ。東町のレストランマスターと呼んで欲しいくらいにね」


 一兆一年も生きているんだから、グルメぐらいは網羅してくれって感じだぞ。期待はしてねえけど、不味いもの食わされなきゃ別にどこでも構わねえぞ。五千ピョコもあればとりあえず何でも食えるだろ。


「あんまり高いところはよせよ。手持ち資金で食える店を頼むぜ」

「分かってる分かってる! 地元で人気の大衆食堂があるの、今向かっているところはそこよ」


 ってことで、少しすれば木造で出来たおもむきのある建物が見えてきた。看板には『東町フードサービス』と書かれており、どうやらあれが飯屋らしいな。


「おぉ!? 朝だから空いてそうね。あれは『東町フードサービス』。東町で長年代々に渡って営業している老舗しにせの飲食店なの。メニューがとても豊富なのが特徴よ」


 店の名前はなんか微妙だけど、店自体はなかなか雰囲気のある店だぞ。こういう店を求めていたんだ、やるじゃねえかクラッサ。


「おぉ、良いじゃねえか。見た感じ悪くなさそうだし」

「でしょ!? 入りましょ、入りましょ!」


 中に入るとまた更に雰囲気がグッと増してくるなぁ。まさにギルドの冒険者が利用しそうなザ・異世界ってな感じの食堂だ。すでに多くの客が来ているところを見ても、地元からの信頼も厚そうだしな。クラッサが言うには「これでもまだ空いている方」とのことで、繁忙期には外で行列もできるらしい。こういう無難な店が一番だよな。


『いらっしゃいませー』


 店員から奥にある木のテーブルに案内され、俺とクラッサは向かい合う形で座ることに。着席するとお冷とおしぼりを渡され、『注文が決まりましたらお呼びください』と店員が立ち去っていった。


 そしてすぐ、クラッサが……


「ハァ〜、ちかれたちかれた…… あぁ〜、もう疲れたなぁ〜」


 おしぼりを手にとり、顔を拭き始めたぞ。なんてじじくせえ奴なんだよ。確かにおしぼりで顔を拭くのは気持ちがいいけど、もう少し静かにやってくれよ。まぁ、俺も拭くけどさぁ……


「ハァ〜、ようやく休憩ができるな。ったく、どれだけ時間がかかったことやら……」


 冷たいおしぼりで顔を拭くと本当に爽快感マックスだ。目の前で伸びているクラッサのことを悪くいえねえな。


「さてさて、何か頼むか……」


 お冷を口にしながら、テーブルの横にあるメニュー表まで手を伸ばした。


「言っておくけど、流石の『東町フードサービス』でもゲロッグの『コーンフロマイティ』は出せないわよ」

「んなこと言わんでもわかってるぞ。異世界から『コーンフロマイティ』が簡単に出るような都合の良いことなんて考えてねえぞ」


 俺の大好物である『コーンフロマイティ』が出てくれればそれはそれで最高なんだけど、そんなのありえねえだろうなあ。


「さてと、何を食おうかな……」


 メニュー表を開いてみると、見たことのない料理ばかりが並べられている。ここも異世界ならではということか。でも、俺の舌に合うか分からねえから、下手なのは選べねえな。なるべく前の世界で食っていたものと近いものにしねえと…… 何かねえかなあ。


「ちなみに私はもう決まっているわ!」

「えっ、お前メニュー表見てねえのに、もう決まってるのかよ!」


「ええ、ここの店に来たらこれを注文するってあらかじめ心の中で決まっていたの!」

「早いなクラッサ…… ちなみに何を食うんだ? ちゃんと予算考えて選んでるか一旦確認させろ」


 一旦聞いてみると、クラッサは「こほん」とひとつ咳払いをし、更に続けた。



「私、チーズ牛丼が食べたいわ!」


「……は!? チーズ牛丼!? え、この店チーズ牛丼が出るのかよ!?」

「そうよ。チーズ牛丼は私の大好物なの! とろとろのチーズをいっぱいかけてぐっちゃぐちゃに混ぜながら食べるのがとても美味しいのよ〜! カロリーちょっと高いけど、でもこの店のチーズ牛丼は絶品なんだから!」


「えぇ……」


 恍惚とした眼差しを浮かべるクラッサを前に俺は言葉を失ってしまった。なんでよりにもよってチーズ牛丼なんだよ…… チーズ牛丼自体に罪はねえ、それは分かってるけどそれでもなんか…… ねぇ、まさかのチーズ牛丼だぞ。普通の牛丼じゃねえのかよ!? いや、それでも女神の好物と考えればちょっと変か。


「マジかよ。こんなギルドの食堂みたいな異世界の店にチーズ牛丼なんて品が出るのかよ。俺びっくりだぜ。もっとこう……『ドラゴンの尻尾の丸焼き』とか『スライムの雑煮』とか、そういうゲテモノ料理ばっかり揃ってるものかと思ってたのに……」

「そんな料理もあるわよ。でも、私はあまり好きじゃないわね。好きな人は好きみたいだけど……」


 た、確かに。メニューをしっかり見てみるとそんな料理もあるぞ。ちょっと気になるけど、値段が高ぇ……


「ウルギもチーズ牛丼を頼んだら? 一緒にチーズ牛丼を食べましょうよ! 美味しいわよ!」

「俺は…… 今回はパスだ。なんか…… 気分じゃねえ」


「じゃあ何頼むの? 早くしてよ、私もうお腹と背中がくっつきそう!」

「ちょ、ちょっと待て、急かすな急かすな!」


 待つのが嫌いなのか、クラッサがソワソワし始めたぞ。まったく、せっかちな奴なんだから……

 テンポ早めでメニュー表に目を通していると、あるものに目が留まった。


「お、こんなのがあるのか。よし、俺はこれに決めた」

「決まったわね!」


 クラッサが手を挙げると男性の店員がすぐこちらへ来てくれた。


「ご注文をお願いします」


「えっと、私はチーズ牛丼大盛!! それと……生一つ!」

「は!? お前、ビール頼むのかよ!!」


 聞いてねえぞ! ちゃっかりビール頼むなや! ただでさえ金がねえんだから、ちょっとは節約してくれよ!


「なんか…… 欲しくなっちゃった。ねぇ〜 いいでしょ、ウルギ! 一杯、一杯だけお願い!」

「はーあ!? なんで朝からビール飲むんだよ、ってか店員大丈夫かよ!? 朝からビールなんて提供できるのか!?」


「当店は別に構いませんよ」


 なんだよ、もう! ビールもタダじゃねえんだぞ!


「お願いウルギ! ビールが飲みたいの! この先頑張るから、ビール頂戴!」

「はーあ!? んなこと言われても困るぞ」


「あげたらどうですか? こんなに飲みたがってますし」


 店員、お前は黙ってろよ。そうやって味方するとまたクラッサが調子に乗るだろーが!


「ねえ、お願いお願いお願いお願い!!」 


「もう、店員の前で恥ずかしいから頭なんて下げるなや。ったく、一杯だけだぞ…… 二杯目はねえからな」

「やったーーー!!」


「よかったですねぇ! お嬢さん!!」


 んだから、店員は静かにしてくれよ。もしかしたらこれが客単価を上げる手口なのか? もうこれ以上は出せねえぞ。どいつもコイツも俺から搾り取ろうとしてくるな。


「では、チーズ牛丼大盛りに生ビール一つと…… お客様は?」


 店員の目がこちらに向けられた。


「あ、俺か。俺は…… 」


 チーズ牛丼に続いて、こんなものが異世界にあるなんて思いもよらなかったぞ。


「──油そばをひとつ」

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