第11話 どうやってやるんだよ!

「は? 『ウルギボンバー』ってなんだよ! 毎度毎度意味不明なことを言って俺を困惑させんなや」


 突然そんなこと言われて。俺はどうしろって言うんだよ。この世界初めてなんだからもう少し順序立てて説明してくれ、頼むから。


 俺がクラッサに説明を求めると、クラッサは満足そうに頷いて話し始めた。


「女神によって召喚された勇者ウルギが放つ禁断の必殺技よ。窮地に追い込まれた勇者ウルギが、女神の祝福を受けて覚醒し繰り出すの」


 それ絶対ついさっき考えた設定だろ。知るわけねーだろ『ウルギボンバー』なんて技。なんだよその設定、クラッサの脳内小説の話か? どんだけお前の脳内で勇者ウルギが活躍してるんだよ。出せるわけねーよ、知りもしねえ魔法技なんて。


「ちょっと、その目は疑ってるわね! 『ウルギボンバーなんて技、あるわけねーだろ』って言いたそうな顔してる!」

「そこまで察せる力があるなら今後から訳の分からない発言は控えてくれ、マジで。なんだよ『ウルギボンバー』っていうバカみてぇにダサい技。俺が頑張れば出せるのか?」


 一体どういう顔をすればいいのか分からなくなってきたぞ。こんなの『女神の力で勇者覚醒イベント』じゃねえよ。ただの無茶振りだぞ。


 そんな気持ちで疑問を呈すると、クラッサは「そうよ!」と踵を返し更に続けた。


「聞いてウルギ。東町の魔法は誰でも出来る簡単なものなの。『魔法ってこんな感じかな』って『それっぽく』振る舞えば、ウルギも魔法を使えるわ!」

「はーあ?」


 なんて適当な教示なんだよ。女神のアドバイス全然使えねーじゃねーか。何言ってるか全然分からねえぞ。何だよ、『魔法ってこんな感じかなってそれっぽく振る舞う』って。難しすぎるだろ…… 一番大事なところを曖昧にされたら困るぞ……


 いや、マジで『それっぽく』の定義が未知すぎる。あれか? 火の魔法を念じながら『ファイア!』って唱えれば勝手に火が出てくれるのか? クラッサを見た感じそのようだけど、その部分を自力で考えろってことなのか!?


「だから『ウルギボンバー』って何だよ! そこ重要じゃねえか!」

「それは世界を救うために女神によって召喚された勇者ウルギが──」


「そこはもういい! 魔法の内容の方だ! どんな魔法なんだよ!」

「えっとね、『ウルギボンバー』は……えっと、えっと」


 詰めて聞けば、クラッサが目を回しながら頭を抱え始めた。クラッサが適当に考えた魔法だからそこまで設定を用意していなかったんだろうな。


「あ、そうだ! ウルギを中心に半径五千キロ程を焼き尽くす威力を持った爆破攻撃でね、勇者ウルギが『俺がクラッサを護るんだあ!!』って怒りながら放つの!」

「そんなバカ高い威力の魔法を、こんなところで放てるわけねーだろ! 東町を消し炭にする気かお前は!」


 クラッサの使う東町の魔法から随分とインフレしてるじゃねーか! 辺り一面更地になるだろ、『ウルギボンバー』なんて使ったらよぉ。それに、俺がそんなに高い魔力を持っているわけねーだろ。どんなチート主人公だよ。



「あ、確かにウルギのいう通りね。じゃあ、もう少し弱いかも。まぁ、とりあえず使ってみてよ、せっかくなんだから」

「はぁ……」


 んな適当な設定の魔法があるのかよ。コロコロ変わるものなのか?


 もう、クラッサに付き合っていると時間ばっかり食うので、一旦『それっぽく』やってみるか。すまねえな敵ども、待たせてしまって。


 ひとまず俺は『ウルギボンバー』という魔法名だけで推測した魔法のイメージを頭の中で適当に思い浮かべて──もうこの時点で結構無茶だと思うのだけど──、その後両手を広げてみることに。


「くらえっ! ウルギボンバー!」


 俺が唱えてすぐ、俺の身体に異変が現れ始めた。シュウっという音を立てながら、身体中から白い煙がモクモクと出てきたのだ。これも魔法なのか?


 凄い量の煙だぞ。この勢いだとすぐに広がるんじゃねえか?


「うわっ! なんか煙が出てきたぞ! なんだこれ!」

「こ、これは……!?」


 その様子を側で見ていたクラッサが「やったわ!」っと声を上げながら手を叩いた。


「魔法の成功よ! 流石勇者ウルギ! こ、これで『勇者が覚醒』したわ!」

「恍惚な表情するのはいいから、この煙なんとかならねーのか! 止まらねえぞ!」


「はぁ、女神である私が、ついに勇者の力を引き出したのね。苦節一兆一年、ようやく!」

「おい聞いてるのか! 喜んでねえで俺を助けろ!」


 もたもたしているから、隣にいたクラッサまでもが見えないくらいになっちまったじゃねーか! どうするんだよこれ!!


「おい、クラッサ! なんとかしてくれ!」

「ってウルギ!? どこにいるの? 辺りが真っ白で何も見えないわ」


「すぐ隣にいただろーが!! さっきの場所から一歩も動いてねーよ! 探すまでもねーだろ!」

「えっ、そっち?」


 小走りするクラッサの足音が聞こえてくるぞ。アイツ、俺がいるところとは違う別の方向へ走って行きやがったぞ。


 なんでアイツあっちの方向へ走っていくんだよ! 余計に俺の居場所がわかんなくなるだろーが! 声を辿ればすぐだろ!


「そっちじゃねえ! こっちだ!」

「あ? そっちね。もうすぐウルギの元まで辿り着けるわ」


 ただその場を往復しているだけだろ。なんなら、走らない方が俺に近かったと言うのに……


 全然当てにならないクラッサの言葉とともに、またも早い足音が耳に入ってきた。

 おいおいおい、そんな勢い良く走ってくるな! 激突したらどうすんだよ!


「待っててねウルギ、今そっちに行くから!」

「おい! 走ってこっちにくるな! 危ねえ……ぐふっ!」


 俺の忠告が終わる前に、俺の身体が何者かによって吹き飛ばされてしまった。言うまでもなくクソ女神クラッサのせいだ。煙だらけで何も見えない中走ってきたらそりゃそうなるだろ。


 クラッサの突進を受けた俺は衝撃により、その場で尻餅をついてしまった。


 けれど、俺の尻は全く痛くなかった。俺の尻は何故だかこんにゃくみたいな感触をした緩衝材のようなものに受け止められていたのだ。


「うん? なんだこの感触?」


「だ、大丈夫ウルギ!? はわわわわ、ウルギを吹き飛ばしちゃった! ウルギ死んだら終わりなのに、死んじゃったらどうしよう!?」


 いつの間にか俺の身体から噴出していた煙は止まっていた。煙が徐々に晴れてゆけば、目の前であたふたしているクラッサの姿が一番初めに目に映った。


「そんなに青ざめるんだったら、もう少し落ち着いて行動してくれ頼むからよ。なんか、俺の尻に柔らかいものが敷かれていたから、尻の形も変形せずになんとかなったからよかったけど」


 これが無かったら痔になってたかもしれねえな。


「それにしても、なんだこのクッションは……」


 俺は尻の方まで視線を落とすと、黄緑色をした柔らかな物体がペシャンコになっていた。


「それ、もしかしたらスライムかしら? ウルギのお尻で潰されちゃってるけど……」

「あー、みてぇだな。いつの間に足元にいたんだ? 俺、全然気づかなかったぞ」


 このスライムのおかげで俺の怪我は防げたのか。なんというか、そういうこともあるんだな。


 俺は「どっこいしょ」と立ち上がり、潰されたスライムの方を見やると、スライムは力無く液状化してしまった。命が尽きてしまったということだ。


「あっ、殺しちゃったぞ。マジか……」


 相手がモンスターとはいえ、なんだか可哀想だな。結果的に身を挺して俺を守ってくれたようになったからちょっと気の毒だぞ。


「やったわ! ウルギ、スライムを倒したわよ!」

「まぁ、一応そうことになっちまったけど…… こんなのアリか?」


「いいのよ! 勝てばいいのよ、勝てば! 私達の大勝利よ!」


 身体全体で喜びを表現するクラッサ。何を食えばこの程度であんなに喜べるのだろうか、謎で仕方がねえぜ。

 ひとまず、形としては俺たちの勝ちということになったけど、随分と先が思いやられる展開だよなぁ。


「にしても、なんださっきの魔法? 結局煙しか出なかったじゃねーか。なんだったんだあれ?」

「私もよく分からないわ。でもあれじゃ『ウルギボンバー』じゃなくて『ウルギスモーク』ね」


 簡単に『よく分からない』とか言わないでくれ、心配になってくるから。俺の思い描いていた『ウルギボンバー』と全く違うものだったぞ。


「ウルギスモークじゃ目隠しぐらいにしかならねーな。ウルギスモークといえば……なんか、煙たくねえか?」


 ウルギスモークとはまた違う煙たい香りが、さっきから俺の鼻を刺激するんだけど……何の臭いだこれ? しかもパチパチといった音も聞こえてくるし、どこか燃えてねーか?  


「そういえば、確かにそうね。どこかがバーベキューでもやってるんじゃないかしら?」

「こんな早朝からバーベキューやっている奴なんているのかよ。しかも、これバーベキューじゃなくねーか?」


 匂いを頼りに辺りを見渡してみると、なんか見ちゃいけねえものが見えてしまったぞ!


「って、あー!! あそこ見ろクラッサ! 草が燃えてるぞ!」

「え? って嘘っ! 本当じゃない!!」


 庭の隅に固めてあった干し草の山が煙を立てて燃えているじゃねーか! やべえ、ボヤ騒ぎみたいになってるぞ、家主にバレたら絶対怒られる!


「あれ、絶対お前のクソエイム魔法が引火したやつだろ!!」

「あわわわわ、どうしよどうしよ!」


「消すしかねーだろ! 家主に見つかる前になんとかするぞ!」

「わ、分かったわ!」


 クラッサが急いで干し草まで走って行き、白いドレススカートを両手で持ちながら揉み消し始めた。俺もそれに続いて、足で揉み消すことに。


 まずいぞ、ここの家含む東町の建造物の殆どが木造だから、燃え広がったら洒落にもならねえぞ。


「くそ、結構燃えてるな。クラッサ、何か水属性の魔法とかねーのかよ!?」

「あ、あるわ! 『クラッサ・バブルストライク』と『クラッサ・アクアローリングサンダー』とか、他にも──」


「どっちでも良いからこの火をなんとかしてくれ!」

「ふぇーん! こんな強い火なんて無理だよぉ!」


 強い火って、ただ干し草が燃えてるだけじゃねーか! そんなのも消火できないなんて水属性魔法失格だろ!


 あぁ、もう! ダメダメだなこの女神。 どこかにジョウロとか、バケツとかねーのかよ! このままじゃ……



『ちょっと、何の騒ぎかね?』


 慌てふためく俺達の背後から、女性の声が聞こえてきた。


「げっ! 家主……じゃなくてババア! これは、その……」


 眠そうな顔をした眼鏡の老婆が、いつの間にか後ろに立っていた。お手伝いを依頼したこの庭の家主だ。


「ば、ババア! 違うんだ、何も放火をしようと企んだ訳じゃねーんだ。信じてくれよ!」

「そうよ、おばあちゃん! 私達はここでソーセージでも焼こうかと思ってただけよ」


 俺とクラッサ、二人して家主に言い訳をしてみるが、絶対キツいだろうな。こんな状況、どう足掻いても言い逃れが出来ねえだろ。だって、庭が勝手に燃やされているんだぜ。


 俺達の言葉が届いたのか分からないが、家主は不思議そうにその場を見渡した後、こう言った。


「あんた達、もしかしてあのスライムを倒してくれたのかね?」


「ま、まぁ、そうだけど……」


「なんと! 助かるわぁ! あのスライム、長い間私の庭を荒らすから凄く迷惑していたのよ」


 おぉぉ。な、なるほどねぇ…… そう来たか……


 ラッキー? なのか?

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