第5話 そのメイド『暗躍』

 中庭の中央には大きな噴水があり、その脇には、椅子とテーブルが複数並べられている。その一角に座り、白色のシェフコートを着たシェフのルシウスは一服していた。

「……なんか、俺に用かい?」

 向かい側の席に座ったエマの視線を感じ、灰皿の上に火の付いたたばこを置いたルシウスが無愛想に尋ねる。

「うんん、私も休憩しに来ただけよ」

 頬杖をついてルシウスを見詰めながら、エマは笑顔でそう告げた。

「そうかい」

 ルシウスが素っ気なく返事をする。

「そーいやぁ……おまえさ、ロザンナに頼まれて、市場まで買い出しに行ったよな?そこで買ってきた食材とかどうした?」

「ああ……それね」

 なにげに鋭いルシウスの問いに、ギクッとしたエマだったが、

「食材ごとに分けて、きちんとしまったわ。その際、ロザンナさんも手伝ってくれたから助かっちゃった」

 平静を装い、なんとか誤魔化した。

「おまえはよく、ドジをやらかすからなぁ……まぁ、ロザンナが手伝ってくれたんなら大丈夫だと思うが……念のため、後で確認しとくわ」

「そうしてちょうだい」

 なんとなくバツが悪くなったエマは取り繕った笑みを浮かべて返事をし、立ち上がると、

「私、まだやることがあるから、先に行くわね」

 そう言い残し、その場を後にした。

「……」

 再び、火の付いたたばこを口にくわえたルシウスは無言でエマを見送った。胡散臭そうな表情をしながら。

 残りあと一分。手持ちの懐中時計で以て、時間を確かめたエマは急いだ。残り三十秒。何かに気付き、エマは玄関ホールの階段を駆け上がる。残り十秒。階段の踊り場で追いついたエマがガシッと、前を行く誰かの左手首を掴んだ。この人から、悪魔の気配を感じる。間違いない。

「見つけた……」

 ハアハアと息を弾ませて、エマは呟いた。十分が経ち、変身が解けて、神仕かみつかいとしてのミカコの姿が露になる。

「私は神仕い。悪魔を封印する者よ。ずっとあなたを捜していたわ。執事バトラーのジャン・クリーヴィーさん」

 凜然とミカコはそう告げた。オールバックの黒髪に銀縁の眼鏡をかけ、漆黒のスーツを着用する執事のジェームズが、まるで氷のように冷めた視線をミカコに浴びせていた。

「今からあなたに術を施し、エマに変身させます。事前に私の方から、ルシウスの代わりに市場まで食材の買い出しに行くようにとエマに指示を出しましたので、屋敷の中で本物のエマに遭遇することはありません。

 タイムリミットは十分。それまでにエマを除く、この屋敷の使用人達を見つけ出してください。おそらくその中に、悪魔が紛れ込んでいる筈です」

 屋敷の地下倉庫にて、神術で以てハウスメイドのエマ・ポンフリーの姿に変身させたロザンナがミカコにそう告げた。

「エマさんを、屋敷の外に出して良かったんですか?もしかしたら、悪魔かもしれないのに……」

 そのことを訝るミカコに、ロザンナは含み笑いを浮かべて、落ち着き払った口調で返答する。

「エマは悪魔じゃありません。もしも彼女が悪魔なら……少なくとも、彼女と一緒にいる時間が長いあなたなら、とっくに気付いていたでしょう?」

 そう、穏やかな口調でロザンナに窘められたミカコはあっ……と思うのと同時に納得。ハウスメイドとして後輩に当たるミカコにとって、エマは頼れる先輩だ。仕事上の付き合いでもそれ以外でも、ミカコはエマと一緒に過ごす時間が長い。その間、エマから悪魔の気配を一度も感じたことがないのも事実。ならば、エマは除外されて当然だ。

「ヴィアトリカお嬢様は……どうするんです?」

 使用人を見つけ出すのはいいが、その間、ヴィアトリカに取り憑く悪魔に邪魔されるのではないか。と心配したミカコに、ロザンナは笑顔で返事をした。

「ご安心を。先ほど、部屋に特殊加工を施したサーベルを突き刺してきたので、うまく行けば魔除けの結界が発動している筈です。魔除けの結界は、使い方次第では頑丈な檻にもなりますので、しばらくは動けないと思いますよ」

 そして、ミカコが扮するエマは指示通り、使用人のラグ、ルシウスと接触。悪魔の気配が感じられないことから、二人は白と判定。本物のエマは現在、ロザンナに頼まれて市場へ買い出し中だ。とくれば、残るはもう、あの人しかいない。

 そのように推測したミカコは執事バトラーのジャンに絞り、玄関ホールにて、階段を上がって行くジャンの姿をたまたま発見し、接触したのだった。

「悪魔を封印する者が、私に何用です?」

 切れ長の、エメラルドグリーンの瞳が鋭くも怪しい光を放っている。ジャンから漂う悪魔の気配がより一層強くなって行く。ジャンが放つプレッシャーに耐えながらも、ミカコは平常心を保ち、尋ねる。

「あなたから、禍々まがまがしい悪魔の気配を感じる……ヴィアトリカお嬢様に悪魔を取りかせたのは、あなたね?」

「……流石は、悪魔封じの神仕いだ。そのことまで気付いているとあればもう、隠す必要はない」

 フンッと冷ややかな笑みを浮かべたジェームズが、観念したように口を開く。

「そうです。私のこの姿は仮の姿……二年前にヴィアトリカお嬢様の両親を殺害し、お嬢様までも手にかけようとした悪魔……それこそが、私の真の姿なのです」

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