第4話 そのメイド『演技』

 神仕いは、その名の通り「神に仕える者」だ。立場は違えど、閻魔大王に仕える冥界人もまた「神に仕える者」である。神の仕い者同士であるミカコの答えは、決まっていた。ロザンナと剣を交差させながら、ミカコは声を張り上げた。

「私は、あなたと戦いたくはありません!」

「あなたが、天神に仕える立場だからですか?そのような考えでは、たちまち命を奪われてしまいますよ」

 そう、冷めた笑みを浮かべて言い放ったロザンナは手厳しい。

「あなたに殺される動機なんて、なにひとつありませんから!ヴィアトリカお嬢様の命令がなければ、あなただってそうしなかった筈です!」

「そうですね。お嬢様の命令がなければ、私はあなたの命を奪おうとは思わなかったでしょう。ですが……お嬢様から命令が下された以上、私はそれに従うまでです」

 ロザンナは辛辣にそう言うと、ミカコの剣を弾き飛ばす。そして……

 光の速さで突いたロザンナのサーベルが、ミカコの胸に刺さった。一滴の血液が、うつろな目つきになったミカコの口から滴り落ちる。

「これも、お嬢様のため……大人しく死んで下さい」

 残酷な笑みを浮かべて、ロザンナはミカコにそう言い放ったのだった。

「死体を処理してきます。お嬢様はこのまま、この部屋でお待ち下さい」

 血糊のついたサーベルを床に突き刺し、背にしているヴィアトリカを一瞥したロザンナは静かに告げると、

「ラグ、ミカコをお願いします。では、行きますよ」

 恐怖とショックで引きずった顔をしているラグにロザンナはそう言って、指示に従い、顔を引きずらせたまま、ミカコの死体を抱き抱えたラグを連れて部屋を後にした。

「よくやった、ロザンナよ」

 勝ち誇ったように、冷酷な笑みを浮かべて返事をしたヴィアトリカはそう、労いの言葉をかけて部屋から出て行くロザンナを見送る。その目には、大粒の涙が溢れ出ていた。


 ロザンナと一緒に屋敷の地下倉庫内に移動したラグが、抱き抱えていたミカコを石畳の床上に寝かす。

「ご苦労様です。後は私が処理しますので、ラグはもう下がって結構ですよ」

 いつものように、平然と労いの言葉をかけたロザンナは最後にそう言ってラグを下がらせた。

「上出来です。ミカコ・スギウラ」

 ラグが階段を上って地下倉庫から出て行ったのを見計らい、気取ったように微笑みながら、ロザンナがミカコを褒め称える。その声に反応し、ミカコはそっと閉じていたまぶたを開けた。

「……冗談じゃないわよ、本当に……殺されるかと思ったんですからね!」

 上半身を起こし、ミカコがロザンナにクレームをつける。

 ミカコの言い分はこうだ。先ほど、互いに剣を交差させていた時、不意に笑みを浮かべたロザンナがミカコにしか聞こえないくらいの小声でこう告げたのだ。

「私がサーベルを向けたら、死んだふりをしてください」と。

 半信半疑で指示に従い、ロザンナがサーベルの先端をミカコに向けたのを合図に、ミカコは死んだふりをしたのである。にこっりと笑って、ロザンナはミカコを賞賛する。

「あなたが死んだふりをするのと同時に神霊しんれいの力を発動させ、あたかも、私があなたを殺したように見せかけたのですが……見事な演技でしたよ」

「意外でした。お嬢様から命令を受けたあなたが、私を生かすなんて」

「あなたが死んだら、誰が悪魔を封印するのです?」

 その、ロザンナからの鋭い指摘に、はっとしたミカコが視線を投げかける。

「まさか……そのために、お嬢様の命令を無視して、私を生かしたって言うの?」

 気取った含み笑いが浮かぶロザンナの目を見詰めながら、ミカコはショックを受けた。

「悪魔からお嬢様を奪還するためには、悪魔を封じることの出来るあなたの力が必要なのです。お嬢様を救うためにも、協力してくれませんか?」

 ロザンナは姿勢正しくひざまづき、片手を胸に添えて頭を下げた。そのさまはまるで、上質な執事バトラーが、自身が仕える主人の前で跪くかのようだった。

「そんなことされたら……断れないじゃないですか」

 ハウスメイドとして働くミカコにとっては上司に当たる家政婦長ハウスキーパーなのに、何故か気品漂う執事バトラーを彷彿させたロザンナから漂う恭しい雰囲気に負けて、断るに断れなくなったミカコは、困惑の表情をしながらもそう返事をしたのだった。



 白色のエプロンドレスに黒のロングドレス、首にかかるくらいの、ゆるふわにウェーブした桜色の髪にホワイトブリムを付けたメイドが一人、バタバタと忙しく屋敷の階段を駆け下りた。

「やぁ、エマ。そんなに慌ててどこへ行くんだい?」

 玄関ホールにて、たまたまエマに遭遇した庭師のラグが陽気に声をかける。

「ラグ!ちょうどいいところに……」

 エマはラグの方へとに駆け寄ると、

「ルシウスを捜してるんだけど……見なかった?」

 開口一番そう尋ねた。

「ルシウスなら……さっきたばこを吸いに、中庭に出て行ったけど」

「そう、ありがとう!」

 エマは手短に返事をすると、中庭の方へ駆けて行く。一体何なんだ?と言いたげな表情をして、呆気に取られたラグはエマを見送った。

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