エンディング
――それから数カ月後。
アンは隣に住むアリアの家を見ていた。
彼女は近ごろ、アリアが水汲みに来ないのが気になっているのだ。
一日,二日ならよくあることなので、最初は寝坊か風邪かと思っていた。
しかし、彼女を見なくなって、もうひと月になる。
アンはそれがどうにも気になり、決心すると彼女の家を訪ねることにしたのだ。
――そういえば、稀人さんの数がわぁっと増えた。
何があったか知らないが、まるで打ち寄せる波のように、どっと増えたのだ。
先月はとくにすごくって、街に出すもの全てが売れる、そんな勢いだった。
それのせいで、うちやアリアみたいな、街に商品をおろしている家業持ちの家々は、例え話ではなく本当に目が回るほど忙しくなって大変だった。
きっとアリアは、働きすぎで体調を崩したのかもしれない。
もしそうなら、元気のつく強壮ポーションを彼女につくってあげよう。
家の扉を軽く叩くと、それを開けたのはプリンセスを抱いたマリーだった。
アンはしゃがんで彼女に目線を合わせると、アリアのことを訪ねた。
「マリーちゃん、最近アリアおねーちゃんを見ないけど、どうしたのかな?」
「えっとねー、おねーちゃん、お空を飛んでるんだって!」
「――ッ!! ……そうだった……のね」
――マリーちゃん、アリアがお空にって……まさか、病気で?
ウソでしょ? ついこの間まで、あんなに元気だったのに。
色んな感情が浮かんできて、それのせいで胸がぐっと詰まってしまった。
自分の顔がそれに押されて歪むのがわかる。
駄目よアン。マリーちゃんの前でこんな顔しちゃ駄目。
私は笑顔の形を作ったが、この小さな子にかける言葉が思い浮かばない。
「あ、おねーちゃんだ!」
マリーちゃんは空を指差した。きっと空の雲にアリアの姿を見ているのね。
私は彼女の指の先を目で追う。するとその先にあったのは――
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ?!」
ゴゥンゴゥンと唸りを上げながら、空を飛ぶ何かだった。見た目は船のようだが、その形は「剣」という方がふさわしい。剣の船はその全てが金属で出来ていて、太陽の光を宝石のように織り直して
堂々と空を飛ぶその姿には、打ち震えるような美しさすら感じてしまう。
こんなものは見たことない。明らかにこの世界のものではない。
何だ、何なのだこれは?!
★★★
「ごめんねー、送り迎えまでしてもらっちゃって」
「いえいえ、良いんですよ~」
柔らかい女性の声が私に応える。彼女はこの「船」、それ自体だ。
私はあれからしばらく、この世界と別の世界を行ったり来たりしていた。
今乗っているのは、その世界でひろく
暗い夜の海のような世界が延々と広がる、そんな世界で彼女と一緒に旅をした。
けど、あんまり心細かった私は、こっそり賢狼さんたちも一緒につれていった。
その彼はというと、私の横でお気に入りのソファーを押しつぶすように寝そべっていた。舵を船に任せた私は、私は彼のお腹の毛の柔らかい部分を堪能しにいく。
「……ちょっと太った?」
「気のせいだ、といいたいが……異世界は食事が良いのでな」
「戻ったらしばらくダイエットね」
「しかし、君も名前が増えたな?」
「そうね。まず魔王ゴルモアでしょ、次が破天将軍ヒデノブでしょ、それで今回の木星大王に……あとは何だっけ?」
「多すぎて何が何だか。よく間違えないな」
「コツはね、ガハハって高笑いするの。するとね、誰かが名前を言ってくれるの」
「頭いいな」
「フッ、伊達に魔王を何役もしてないわよ!」
あれからいろんな世界を回って、それぞれの世界の稀人さんたちを相手にした。
光を放つ弓や剣、火を吹いてものすごい速さで走る機械を乗り回す世界もあれば、私たちの世界よりもずっと原始的な世界、大きなトカゲが走り回って、使える道具が木と石だけしかない。そんな世界もあった。
世界が変わっても、私の役回りは「魔王ゴルモア」に相当するものだった。
稀人さんや、その世界の人々が結束して立ち向かう脅威。
それを演じるのが私の役目だ。
どうやらそれは、上手にできているみたいだ。
今のところ、私が生まれた世界は滅ばずに保たれている。
それで今回演じたのが、木星大王。
大王は銀河を征服しようとしていたが、種族の壁や政治的対立を乗り越えた連合艦隊に破れ、乗艦の「カリバーン」ごと爆発四散した。
「大王さま……いえ、アリアさまの村が見えますよ~」
「本当だ。上から見るとこうなるんだ」
だがこのカリバーン、彼女の中にはこうして会話できる魂のようなものがある。
イベントが終わったから「はい、さようなら爆発してね」というのは、いくら私が木星大王といっても、人の心が無さすぎる。
だから彼女をこっそり持ち帰ることにしたのだ!
もちろん、いけない事とはわかっている。けど、ちょっと可哀想だし……。
私は船の「眼」から、眼下にちんまりと広がる、生まれ育った村を見る。
なんか久しぶりに帰ってきた気がする。
よく見ると、私の船を指差すようなマリーとアンが見える。
あれ? この船って「身隠し」ができるはずじゃ?
「ねえカリバーン、なんか……マリーとアンが、私達に気づいてない?」
「ステルス機能があるはずですよ~。あ、ワープしたから切れてますね~」
「えぇー?! ダメじゃないー!」
「あわわ、どうしましょう? 見られちゃってますね~」
「……ふむ、魔王ゴルモアのお話は終わったのだったか。
――なら、『新しい魔王がやってきた』というのはどうだ?」
「さすが賢狼さん。それしか無いわね……やるわ!」
まだしばらく、魔王生活は続きそうだ。
どっちにしろ稀人さんを引き付けるために、魔王は必要なのだ。
これは全く問題の無いウッカリだ。うん、きっとそう。
私は「えっへん」と咳払いをして喉を整えると、眼下に広がる世界に向かって、できるだけ低い声で語りかけた。
「私は『魔王』……この世界は私のものだ!!」
<了>
【村娘は魔王を目指す!】終末を防ぐため、サービス終了間近のMMOを盛り上げろ! ねくろん@カクヨム @nechron_kkym
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