第8話 秘密の友達

 私がホッと胸をなで下ろして部屋を出ると、部屋の前には腕組みをして怖い顔をしたリザさんが立っていた。


「あなた、リリー先生に変なこと言わなかったでしょうね」


 すごい剣幕で問い詰めるリザさん。


「変なことって……私はただ、授業内容を相談しただけで……」


 私がたじたじになりながら答えると、リザさんは目を更に吊り上げた。


「なんですって!? 王都から来た偉い先生に、よくもまあそんなことを。先生もさぞお怒りになったでしょうね!」


「いえ、リリーローズ先生は寛大なかたでしたから、私のようなただのメイドの意見も快く聞いてくださいました」


「そんなバカな!」


「疑うのならばリリーローズ先生に直接聞いてみてください」


 リザさんはさらに何か言おうどしたみたいだけど、私の落ち着いた態度を見て、どうやら本当のことだと理解したようだ。


「……まあいいわ。今後はくれぐれも出しゃばらないで! そうでないと、教育係である私が叔母様に怒られてしまうわ!」


 と、ここまで言い、リザさんは胸を反らせてふんぞり返った。


「あ、叔母様って言うのはメイド長のマチルド叔母様のことね。執事長より勤めも長くて、この家の使用人の中じゃ一番偉いんだから!」


「……はあ」


 つまり叔母様の権力を傘に威張ってるってことね。


 私が気のない返事をすると、リザさんはさらに語気を強めた。


「とにかく、今後は私の言うことをよく聞くのよ!」


 そう捨て台詞を吐くと、リザさんはドスドス足音を立てて去っていった。


「ふぅ」


 どうやら、嵐は去ったみたい。


「お疲れ様」


 やってきたのは、大量のシーツを抱えたアリスだ。


「隣の部屋でシーツを変えながら聞いてたよ。大変だったみたいね」


「あはは、まあね。でもシャルロット様のことは上手くいったから」


 私が答えると、後ろから声がした。

 

「へえ、さすがだな」


 ――この声はルイくんだ!


「ル……」


 私が声をかけようとすると、隣にいたアリスが血相を変え、ガバリと頭を下げた。


「……ルイ様!? どうしてこんなところに!」


 ん?


 ルイ……様?


 私がチラリとルイくんを見ると、ルイくんは飄々とした顔で答えた。


「暇だからさ」


 私は縮こまったままのアリスに尋ねた。


「ねぇアリス、この人って……」


 アリスは声を潜め、私の耳元で囁いた。


「何言ってるの、クロエ。この方はこのお屋敷の次男、ルイ様じゃない」


「えっ!」


 ってことは、シャルロット様のお兄様!?


「ええっ、お屋敷のお坊ちゃまなの?」


 驚く私を見て、ルイくん……じゃなくてルイ様がプッと笑う。


「そうだよ。お前、そんなことも知らないで、よくここでメイドやってたな」


「だって来たばっかりだし……それにそんな汚い格好してるし……」


 私はルイくんの汚いつなぎ姿を指さした。


「ああ、これ? これは裏の森で作業するためだよ。俺、実家の家業を手伝いながら色々実験しててさ。今は川の水を汲み上げるための装置の研究中」


「そう……だったの」


 それでこんなに汚れた格好だったんだ!


「それじゃあ私、行くから。坊っちゃまに謝っておくのよ」


 アリスが慌てて廊下を走り去る。


「あ、アリス!」


 二人っきりにしないでよ!


 アリスが去った後で、私はルイくん……じゃなくてルイ様の顔をチラリと見た。


「す……すみませんっ! ルイ様のことも知らず、失礼なことばかり!」


 頭を下げると、ルイ様はケロリとした顔で笑う。


「良いって良いって。俺さ、嬉しかったんだよね。同じ歳くらいの友達っていなかったし、学校でもお坊ちゃまお坊ちゃまってみんなに気を使われてたしさ、『ルイくん』なんて気安く呼んでくれて、嬉しかった」


 そうか。シャルロット様だけでなく、ルイ……様も寂しい思いをしていたんだ。


 私は、自分が賢者になった後、急に周りがよそよそしくなった時のことを思い出した。


「でも私はメイドで、ルイ様のご学友ではありません。ご無礼を働く訳には」


「そっか。じゃあこうしよう。あんたはメイドで俺の言うことは聞かなきゃならない。そうだろ?」


「はい」


「なら、命令する。クロエは今日から俺の友達になれ。二人きりの時だけでいいから呼び捨てにしろ。いいな?」


 そんなのあり?


 そう思ったけど、私は使用人だし、言うことを聞くしかない。


「は、はい」


「よろしい」


 満足そうにうなずくルイくん。


「俺のことも『ルイくん』でいいから」


「……はい」


 私は渋々うなずいた。


 ま、いっか。誰にも見られてない時なら。


 こうして私とルイ様――じゃなくてルイくんの、秘密の友達関係は始まったの。

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