第三章 リザさんのたくらみ

第9話 無理難題のお仕事

「クロエーっ、こっちこっち!」


 お屋敷の裏庭の隅で、シャルロット様が手を振る。


「何でしょうか、シャルロット様」


「ねぇクロエ、これ何の妖精?」


 シャルロット様が指さすのはスコップを持った小さな茶色い小人型の妖精。


「これは土妖精ですね。警戒心が強いので、こんなに人前にでてくるのは珍しいですよ」


「へぇ、そうなんだ」


「この土妖精、体格も良いし肌ツヤも良いわ。きっとこの辺りの土壌が良いせいね。興味深いわ」


 私が教えると、シャルロット様はノートに妖精のスケッチをし始めた。


「これは、リリーローズ先生の宿題ですか?」


「うん、お庭や裏山で妖精を見つけて報告してきてって」


 嬉しそうに話すシャルロット様。


「そうですか。この辺りは自然が多いので、妖精観察にはうってつけですね」


 私はにっこりとシャルロット様に微笑み返した。


 あれからリリーローズと私は二人でシャルロット様の教育計画を作り直した。


 計算や書き取りをひたすらやらせる、それまでの教育をやめて、外での実験や観察、それから実践魔法に関する科目を増やしたの。


 勉強のやり方を変えたせいか、シャルロット様も、前よりずっと勉強に身が入るようになったみたい。


「おーい、こんなところで何やってるんだ?」


 そこへ手を振りながらやってきたのはルイ様だ。


「ルイ様!」


 ついそう読んでしまった私のおでこを、ルイ様が笑いながら小突いた。


「ルイ様じゃなくて、二人きりの時はルイって呼べって言ったろ?」


「そ、そうだけどさ」


 お屋敷のおぼっちゃまだと知りながら、ため口だなんて何だか妙な感じ。


「それより、これから時間ある? 一緒に森の奥に行ってみないか? クロエに見せたいものがあるんだ」


 綺麗なエメラルドの瞳が私の顔をのぞきこむ。


「時間は空いてますが」


「よし、じゃあ決まり」


 私が連れてこられたのは森の中にある小さな川だった。


「これは――水車ですか?」


 私は川の水を受けてカラカラと回る水車を指さした。


「当たり。これ、俺が作ったんだ。これで小麦を引いたりできるんだよ。そのうち魔法と組みあわせて色々できるようにしたいと思ってる」


「ええっ、そうなの? 凄い」


 私が水車を見つめていると、シャルロット様が教えてくれる。


「お兄様は昔から手先が器用なのよ。壊れた機械を直したりよくしていたもの」


「そうだったんですね……」


 なんだか凄いな。

 私、魔法のことには詳しいけど、機械に関してはさっぱりだもの。


「私に見せたいものって、これのこと?」


「いや、それだけじゃない。こっちに来て」


 ルイくんの後についていくと、急に道が開け、青く光る小さな池が見えてきた。


「わあ、綺麗」


「だろ? 今日みたいに晴れていて風が少ない日には、ここは宝石みたいに青く見えるんだ。今日はちょうど綺麗に見える日だったから、どうしてもクロエに見せたくて」


「本当? ありがとう」


 お屋敷の近くにこんなに綺麗なところがあっただなんて、自分の故郷なのに全然知らなかった。


 青く透き通った水を見ていると、自分の心まで濁りが取れて透き通っていくような気持ちになった。


「今日はいいものを見せてくれてありがとう」


 お屋敷に戻り、ルイくんに頭を下げる。

 ルイくんは照れたように笑った。


「いや、大したことないよ。それより、また今度クロエの魔法見せてくれよ」


「いえ、私の魔法はそんな大したものでは……」


 私とルイくんがそんな話をしていると、いきなり怒号が飛んできた。


「クロエ! こんなところで何してるの!」


 振り返ると、怖い顔をしたリザさんが立っていた。


「何考えてるの、お屋敷の人たちと気安く話をするだなんて!」


「すみません、でも……」


「リザさん、俺の方から話しかけたんだよ」


 ルイくんが私とリザさんの間に割って入る。


 リザさんはコホンと咳払いをして冷静な口調に戻った。


「そうでしたか。でもこの子はあくまでメイド。住む世界が違いますので、あまり気安く話しかけないようにしてください」


「ああ、分かってる」


 ルイくんが返事をすると、リザさんは私の腕をぐいっと引っ張った。


「さ、クロエはこっちに来なさい」


「どこへ行くんですか?」


「着いてくればわかるわ」


 リザさんに連れてこられたのは、洗濯物置き場だった。


 そこには、一体何日貯めたのだろうというほどの山盛りのシーツや衣類があった。


「昼までに、このシーツを全部洗濯して!」


 ええっ、これ全部!? 

 この量だと、どう考えても一日かかると思うけど……。


 そう思ったけど、これ以上リザさんの機嫌を損ねてもいけないので、私は笑って返事をした。


「分かりました」


「それじゃ、頑張ってね」


 リザさんがせせら笑いながら去っていく。

 私はその後ろ姿を見送り、ため息をついた。


「――さて」


 山盛りのシーツを見て腕組みをする。

 どうすればこんなに汚れるのだろう。シーツの上で泥遊びでもしたのだろうか?


 いや……ここにあるのは犬の足跡?


 ってことはこれはあの可愛いワンちゃんのしわざね。


「……ふう」


 私は小さく息を吐いた。

 これを誰の手も借りずに、一人で午前中に全て洗うとなると――方法は一つしかない。


 私は裏庭に出ると、小さく呪文スペルを唱えた。


「不可視禁域!」


 キュイン、と音がして、自分の体とシーツが透明になる。


 自分のことが見えなくなった確認すると、私は次の呪文スペルを唱えた。


「時空結界!」


 目の前に、紫色に光るドアが現れる。

 私はそのドアに、シーツを全部放り込んだ。


「――水精霊!」


 現れたのは、水色に光る小さな手乗り龍。


「このシーツを洗ってほしいの!」


 私が言うと、龍は小さく頷き、瞬く間に大きな水流となった。


 ザブザブザブと大きな音を立てて現れていくシーツ。泥も水流でみるみるうちに落ちていく。


 そして使い終わった水を時空魔法で海に流し、取り切れなかった汚れを光魔法で浄化し、風魔法で乾かし畳むと、シーツの洗濯は完了した。


 ふう。魔法のおかげで何とかなったみたい。

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