第25話

☆☆☆


夢の中でできたことなんだから、現実でだってできるはずだ。



4時間目の授業が始まって、ミハルはピンク色のエプロンを付けて調理台の前に立った。



「ミハルは何を作るの?」



同じ班のマイコに聞かれて自信満々に「ケーキだよ」と、答える。



「ケーキ!?」



「うん。だって、私の夢はパティシエだよ?」



そう答えて小麦粉や砂糖の準備をすすめる。



夢で見たとおりにやれば美味しいケーキができるはずだ。



まるで魔法のようだとみんなびっくりするに違いない。



夢を沢山持ちすぎていると呆れているマイコとチアキだって、きっと私のことを見直すはずだ。



そう考えると嬉しくて、ミハルはアイドルの歌をハミングしながらケーキ作りを開始したのだった。


☆☆☆


……どうしてうまく行かないんだろう。



目の前に置かれたスポンジケーキはペタンコで、全然膨らんでいなかった。



今から作り直すにしても、もう時間がない。



他のみんなはおかずをどんどんつくって、調理実習室には美味しそうな匂いが立ち込めている。



「どうしたのミハル、大丈夫?」



卵焼きを上手に焼いたマイコが上機嫌で声をかけてくる。



ミハルは咄嗟にスポンジを隠そうとしたけれど、隠せられるような大きさではなかった。



「スポンジケーキ、少し失敗したの?」



「す、少しだけだよ。大丈夫だからほっておいて!」



ミハルはマイコを突き放して包丁を手に取った。



真ん中を横に切って間にクリームとフルーツを入れれば高さがでる。



それでどうにかごまかすしかなかった。



横にした包丁を優しくスポンジに入れる。



けれどなかなか切れなくて苦戦している間にスポンジはボロボロになってしまった。



どうにか横半分にカットできたときにはミハルの手にはじっとりと汗が滲んでいた。



カットした断面を見て愕然とする。



薄い部分があったり、分厚い部分があったり、厚さがバラバラだ。



夢の中ではあんなに簡単にできたのに……!



下唇を噛み締めて、真ん中にクリームを塗っていく。



綺麗に塗りたかったけれどこれもムラができて、見た目は悪くなってしまった。



全体に塗ったクリームも、上のトッピングも夢で見たものとは全然違う。



出来上がったケーキは不格好で、自分でも信じられなかった。



「あら、大野さんすごいじゃない。ケーキを作ったの?」



家庭科の先生が驚いた調子で言う。



しかし、ミハルは嬉しくなかった。



こんなに不格好なケーキ、全然美味しそうじゃない。



「なんだよそれ、きったねぇ!」



クラスで一番やんちゃな男子がミハルのケーキを指差して笑う。



その子と仲のいい男子たちが一斉に笑い始めて、ミハルは拳を握りしめた。



「笑わないの! 何事も挑戦することはいいことよ。大野さんは今回始めてケーキを作ったのよね? 練習すれば今よりもずっと上手になれるわよ」



練習すれば……。



先生の言葉が胸をつく。



どんな夢でも叶えるためには努力が必要。



そんなことわかっていたはずなのに、夢の中でできていたから現実にもできると思ってしまった。



夢は所詮、夢なのに。



「ミハル……」



マイコとチアキの2人が心配そうにミハルを見つけていたけれど、ミハルはそれに気がつくこともなかったのだった。


☆☆☆


「ミハル!」



放課後、ひとりで教室から出ようとしていたミハルは後から声をかけられて足を止めた。



振り向くとマイコとチアキの2人が駆け寄ってきた。



またなにか言われるかもしれないと感じたミハルは無視をして教室を出る。



頭の中にあるのは今日失敗してしまったケーキのことばかりだ。



今だって、2人に笑われるんじゃないかと思って逃げようとしている。



「待ってミハル」



追いついたマイコに手首を掴まれて、ミハルは仕方なく足を止めた。



「なに?」



「今日のミハル、頑張ってたと思うよ」



チアキの言葉にミハルは一瞬意味がわからなかった。



頑張っていたって、なんのことだろう?



「みんなのためにケーキをつくったこと」



そう言われてミハルは苦笑いを浮かべる。



「でも失敗したし」



「最初は失敗するのも当たり前でしょう?」



マイコはニコニコと笑顔だ。



「それに、見た目はちょっとあれだったかもしれないけど、ちゃんと美味しかったよ?」



チアキにそう言われても、ミハルの心は晴れなかった。



夢の中であれだけすごいケーキを作ることができたから、現実の自分も少しはまともなものが作れると思っていた。



でも、予想以上に下手くそだったんだ。



「もういいよ。気にしてくれてありがとう」



ミハルは沈んだ声でそう言うと、2人に背を向けて歩き出したのだった。

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