第13話

ハルナとカナは自分を驚かせようとして、あんなことをしているのかもしれない。



そう思い込もうとしたが、何度休憩時間になっても2人が「ドッキリでした!」と、言ってくることはなかった。



しばらく一人ぼっちで教室で過ごすことのなかったセイコにとって、誰もいない休憩時間は拷問のように辛かった。



特に長い休みのお昼は、自分がどう過ごしていたのか思い出そうと必死だった。



そして、トイレの個室にこもっていたことを思い出す。



当時の様子を思い出したセイコは青ざめた。



もう1度あんな場所に戻るなんて絶対に嫌だ。



なにがあっても、あんなことはしない。



セイコは足元をふらつかせながらユウキの元へ向かった。



ユウキならきっと一緒にいてくれる。



あれだけ優しい人なんだ。



私を一人になんてするわけがない。



ふらふらとした足取りでユウキへ近づき、笑顔を浮かべた。



「ユウキ、次の休みなんだけど、なにする?」



必死で明るい声を上げる。



私は孤独なんかじゃない。



寂しくなんてないし、可哀想でもない。



そう、クラスメートたちにアピールするために。


ユウキは困ったように眉を下げてセイコを見ると、大きく息を吸い込んだ。



「ごめん!」



頭を下げて言うユウキにセイコは微笑んだまま硬直してしまった。



「え、どうしたの? なんで謝っているの?」



聞きながらも嫌な予感が胸をよぎっていた。



これ以上突っ込んだ質問はしない方がいいと、もうひとりの自分が言っている。



「俺と別れてほしい!」



鈍器でガツンッ! と頭を殴られた気分だった。



周囲の喧騒がかき消えて、みなながこちらを見ているのがわかる。



「どう……して?」



さっきよりも声が震えて、聞き取れたかどうかも怪しかった。



「やっぱり俺、セイコよりトオコの方が好きなんだ」



ユウキの言葉に心臓が止まってしまうかと思った。



セイコより、トオコが好き。



そんな、どうしてこんなことになるの?



「ごめんね。私もユウキのことは譲れない」



いつの間にかトオコがやってきていて、ユウキの手を握りしめていた。



ユウキもトオコの手を握り返している。



その手のぬくもりは私だけのものだったはずなのに!!



愕然として近くの机に手をついた。



もう立っているのがやっとだ



「でも、サッカーは続けるよ。サンキュな」



そんな風に感謝されたくなかった。



ずっとずっとユウキの一番近くにいて、サッカーの応援をしたかった。



「あの2人、長く続くとは思わなかったよね」



「だよね。やっぱりトオコとの方がお似合いだもんねぇ」



そんな声が聞こえてきたので振り向いて睨みつけた。



会話はピタリと止まる。



だけどセイコは納得していなかった。



こんなのおかしい。



ハルナもカナもユウキも突然私から離れていくなんて、こんなことありえない。



醜くなった顔を見られたくなくてトイレに駆け込み、個室に鍵をかけた。



心臓は早鐘を打って、体中に嫌な汗をかいている。



汗でぬれた手でスマホを操作する。



みんなの態度が急変したのはきっとあの接着剤のせいだ。



効果が切れる期限があったとか、量が少なかったとか、そういうことのせいだ。



じゃないと納得できないことばかりだ。



人間接着剤を購入するキッカケになったSNSを探し出し、購入サイトへ飛ぶ。



そこで説明を再度読み直した。



《人間接着剤


この商品は人の心と心をくっつけることのできる商品です。



まず自分の手に接着剤をつけます。



その手で、仲良くなりたい相手と握手をします。



そうすればあなたの心と相手の心はしっかりとくっつくことになるでしょう》



ここまでは説明書に書かれていたのと同じものだ。



これ以外になにか情報がないだろうか?



そう思って読み進めてみても、1度くっつけた関係が離れることはないと書かれているだけだった。



使用量や効果のある期限については書かれていない。



だけどそんなことはないはずだ。



じゃないと突然効果が切れた理由がわからない。



血走った目で画面を凝視していると、類似商品の中に気になるものを見つけた。



「引き剥がし剤……?」



口に出して呟いた瞬間背筋がゾクリと寒くなった。



すぐにタップしてその商品を表示する。



《引き剥がし剤


この商品は人間接着剤でくっつけた人間関係を引き剥がすことができます。



人間接着剤を使って友達や恋人を取られてしまい、取り返したい時に有効です。



使い方は、この液を手に塗って人間接着剤を使った人と握手をするだけ》



「なによこれ!」



思わず悲鳴のような声を張り上げて、トイレ内に響き渡る。



スマホを持つ手が小刻みに震えて呼吸が苦しくなってきた。



そして昨日の放課後目の前でこけたトオコを助け起こしたことを思い出す。



あの時わざと私の前でこけたんだ!!



その手には引き剥がし剤が塗られていたに違いない!!



セイコは下唇を強く噛み締めた。

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